第三章

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 人工的に作られた空といえど、宇宙空間の暗さよりは開放感がある。
 様々な運搬船が集まるスペースポートは出入りが激しく、人も宇宙船も、その他にもいろいろな機能を持った乗り物が忙しく動き回っている。
 それらを観察するようにクレートは静かに眺めていた。
 クレートの背丈の後ではキャムはすっぽりと隠れてしまう。
 自分より大きいのは当たり前だが、きりっとした無駄のない引き締まった体、肩幅は広く、足もすらっとして、バランスもいい。
 あまり異性との付き合いはなかったが、自分とは対照的なクレートのその姿は型にはまったきっちりとした美しさに魅了されていた。
 それが普通ではかっこいいと位置づけることなのに、キャムはまだその感じた思いをどう表現していいのか分からなかった。
 今まで感じたことのない感情に戸惑い、それと一緒に心臓がドキドキとしては見つめているうちに体温が上がっていくようだった。
 そしてのぼせてぼーっとしてしまい、それに連なって足元がふわふわしていく不安定さがあった。
「ところで、キャム」
 そんな時に、クレートがいきなり振り向いて声を掛けてきたので、キャムは思いっきりふいをつかれて、驚いた猫のようにぴょんと後に跳ねては体が強張っていた。
「どうした、大丈夫か?」
 クレートもそんなリアクションを取られるとは思わず、面食らっていた。
 いつもなら無感情で表情を極端に変えることはないのに、キャムの驚きがおかしく、少しツボに嵌って笑うのを堪えている様子だった。
「あっ、すみません。ちょっとぼーっとしていたので、急に声を掛けられてびっくりしました」
「そ、そっか……」
 クレートも困りながら、喉をコホンと鳴らすことでなんとか自分を保った。
「あの、一体なんでしょう」
「いや、さっき上手く行きそうな予感がすると言ったから、もしかしたらそれは四葉のクローバーのせいかなと思ったんだが、違うか」
「えっ、あっ、それもあるかもしれません」
 キャムは首にかけてあったペンダントを宇宙スーツの内から取り出した。
 クレートはそれをじっと見ていた。
「僕、時々なんだかふと感じるものがあるんです。それでつい口に出てしまって。でもなんの根拠もないんです。あの荷物の時もそうでした……」
 自分の失敗を少し恥ずかしそうにキャムは言った。
「そっか、まあいい。何か無意識に感じるというのは、誰にでもあることだ。キャムは一度に色々とあったことだし、少し過敏になってるのかもしれない。とにかく気晴らしにここでは羽を伸ばせばいい。気が紛れることもあるだろう」
 クレートはシロのことや失ったコロニーの悲しみのことを示唆していた。
「僕、大丈夫です。クレートたちに助けて貰ったし、それにこうやってメンバーに加えてもらったことがとても嬉しいんです。ジッロもマイキーもとても面白い人たちですし、クローバーも僕をいつも助けてくれて、本当に助かってます」
「わかった。だが無理をするな」
 少し荷が下りたほっとする気持ちが、クレートの表情を和らげた。
「はい」
 元気良く返事がでる。
 自然と顔が綻び、クレートに笑顔を向けると、クレートも同じように笑みを返してくれることがキャムには嬉しくてたまらなかった。

「おーい、マイキー、グッドニュースだ」
 ジッロが喜び勇んで操縦室に飛び込むと、マイキーも興奮して手元のモニターを食い入るようにみていた。
「あっ、ジッロ、こっちもグッドニュースだ。まずはこれを見てみろよ」
 ジッロが覗き込むと同時に、目を丸くして一気に血圧を上げていた。
 そこには際どい下着姿や、ほぼ裸体の女性が、セクシーにポーズしている画像が連なって出ていた。
「な、何見てんだよ」
「なっ、すごいだろ。しかも皆美人揃いだぜ。これなんかボッキュボン」
 垂涎するくらいに口をあけ、マイキーはすっかりのぼせている。
 その隣でクローバーは首を横に振って呆れていた。
「ジッロ、後でここに行こうよ。ここは男の天国だぜ。いい女が選り取り緑」
「マイキー、あのさ、そう言うのヤバイとかまず思わないのか」
「なに、かまととぶってんのよ。ヤバイって恥ずかしがる年頃かよ」
「だから、そういうことじゃなくて、こういう性的な魅力を商売にしている女がいるところなんて、甘い罠ってことさ。クレートも注意事項で言ってただろ。ここは治安が悪くて無法者が集まってるって。絶対そういうのは裏で悪い奴らが絡んでるんだって」
「ちょっと、ジッロ、まさかあんたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。一緒になって喜んでくれると思ったのに。こんなの遊びじゃん。適当に楽 しめばいいだけじゃないのさ。そんで最後は後腐れなくさようならでしょ。だったらチャンスだよ。ほんとは興味あるくせに、こういうときだけちょっと優等生 ぶりなの? やだな、そういうの。もっと素直にならないと。ねぇ、ねぇ」
 マイキーには欲望の方が大きく、先のことなど考えられそうにもなかった。
 クローバーもすっかり黙り込んでいるところをみると、人間の欲望というものを理解しきれてない様子だった。
「とにかくだ、そういうのはクレートには黙っておけ。どうせ行くなって反対されるが落ちだ。カジノへ行く許可貰うだけでも大変だったんだぞ」
「えっ、カジノ? そこに遊びに行くの?」
「ああ、俺とキャムが行くって賛成したから、クレートも渋々同意した。まあ、キャムに楽しませてやりたいっていう気持ちがあったからなんだろうけど、ああいう辛い事があったあとは、少し羽目を外した方がいいからな」
「じゃあ、カジノの後、キャムもつれてここへ行こうよ。もちろんクレートには内緒で。キャムも目覚めて喜ぶんじゃないかな」
「あのな、キャムに変なこと教えるな。あいつはまだいたいけで、純粋な少年なんだぞ。変な道歩ませてどうすんだよ」
「ジッロって案外、頭固いんだね。俺は荒治療でそういう純粋さを卒業させてやった方がキャムのためになりそうとは思うんだけど」
 ジッロは目の前の画像とマイキーを見て、ため息を吐いていた。
 全く嫌いではないだけに、その誘惑を拭いきれてはいない。
 マイキーほど欲望を素直に表せないでいるのは、慣れてないだけにオープンに語る事が恥ずかしいと思っていたからだった。
 マイキーの方が女性に対しては積極的で、ジッロは晩熟(おくて)ということだった。
「わかったわかった。とりあえずその話はまた後でだ。とにかく遊びに行く許可をもらったんだから、早く行こうぜ」
「そうこなくっちゃ」
 マイキーはクローバーに向かい「このことはクレートには内緒だから」とウインクして伝えていた。
 クローバーは「はあ」と形式で返事するも、あまり事の重要性をわかってなさそうだった。
 マイキーの様子から一騒動の予感を感じ、ジッロはどこか浮かない顔になっていた。
 この調子で街に繰り出せば何事もなく無事で終わる訳がなかった。
 実際その通りになってしまうのだが、それはジッロにとっても予期せぬ展開だった。
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