第三章


 暇があればふざけあうはずのジッロとマイキーの表情はこの時硬く、艦内の機械音がやけに耳につく。
 神経を一層尖らせたクレートのぴりぴりした感覚も、機械の振動と共に伝播するようで、操縦室の重力制御装置がいつもの倍に強められた重苦しさが漂っていた。
 安全に配達を行うための心構えの現われだった。
 ジッロとマイキーも仕事になれば、その態度が自然に切り替えられ、もしものときに備えての責任感が強まるのだろう。
 ただでさえ慣れないキャムには、充分重圧を感じていたが、そこに賊による敵の襲来がないかレーダーでチェックする仕事を任されたために失敗したくない責任感と不安が交じり合っていた。
 それと、もう一つ心重苦しくするものがあり、自信なく背中が丸まっていた。
 仕事初日からクレートに注意を受けてしまったことを気にしていた。
 そのせいで、送り主のあの男と話した会話や受け取った荷物に対する違和感を伝えられずに悶悶としている。
 時折、後を気にしてクレートを見ようとするも、目が合ったらきっとすくんでしまう自分が想像できて、首すら動かない。
 ジッロとマイキーは遠慮がなく、キャムに対しては歯に衣着せない態度で接してくるが、それはそれで却って心許してもらえる自然なものを感じ、もし二人から怒られたとしても気が楽なところがあった。
 本音でぶつかってきてくれるだけに、二人の性格や気質というものが良く見え、その分すぐに好感が持てたくらいだった。
 しかし、クレートに対しては、まだ打ち解け難い部分を感じ、どこかで警戒している部分がある。
 それは少し怖さを備えているようで、キャムはクレートを目の前にすると緊張してしまう。
 ジッロとマイキーにとっては男同士ということもあって、クレートの事をよく理解しているために気にならないだろうが、女の子であるキャムには妙にそういう部分に敏感になり、ジッロとマイキーのような訳にはいかなかった。
 そこには時折見せる厳しい目つきが、自分の正体を見破るのではという恐れがあったのかもしれない。
 もし自分が女とばれてしまったら、クレートはこの船に自分を置いてくれるだろうか。
 例えお情けで置いてもらえたとしても、自分が女であるとなれば、男同士で繋がっていたバランスが崩れてしまうのが容易に想像できる。
 そんな気遣いをされるのも嫌だった。
 今のところ何も言ってこないだけに、自分が女であるということはばれてないはずである。
 戻る場所も身よりもなく、一人でネオアースを目指せる度胸もなく、今ここを追い出されるのがキャムには辛いものがあった。
 嘘をついているのは後ろめたいが、切羽詰った状態では割り切れた。
 何がなんでも男として乗り切らなくてはならない。
 また仕事もジッロやマイキーと同等にやらなくてはいけないプレッシャーも感じているが、成り行きで側にいるクローバーが自分を気遣ってくれることで、それはなんとかなりそうな気になっていた。
 何かが自分に味方している。
 事は必ず上手く行く。
 その言葉を何度も繰り返しては男として振舞う気力を手にしていた。
 またこの船に乗ってから徐々に強く、幸運そのものが体に浸透してきているようにさえ感じてきた。
 『お前は守られている。だから怖がるんじゃないぞ。ネオアースへはきっと何かが導いてくれるはずじゃ。自分の運と勘を信じて迷わずに目指しなさい』
 カザキ博士が最後に言っていた言葉からもそれは確信へと変わって行く。
 キャムは自分を奮い起こそうと、気持ちを入れ替え背筋を伸ばした。
 クレートは怖い人ではない。
 コールドスリープカプセルに眠る自分を見つけ保護してくれ、そして死んでしまったシロの変わりにと、その時見つけた四葉のクローバーを加工して自分に渡してくれたときのクレートのあの澄んだ瞳を思い出す。
 自分が提案したチーム名をあっさりと承諾してくれたとき、不意に優しい笑みを浮かべていたあの表情も思い出した。
 厳しいのは責任感が強いキャプテンとしての使命であり、それは彼の本当の姿ではないことも分かっているつもりだった。
 荷物を積み上げた後、叱られたのは自分がぐずぐずしていたのが悪い。
 しかし自分の粗相が原因で、クレートが気分を害したようになるのは、キャムにとっては最も嫌なものだった。
 なぜそんなに嫌なのか考えたとき、キャムははっとした。
 嫌われたくないから、それで顔色をつい窺ってしまう。
 そう思うと、ふーっと肩の力が抜けた。
 結局はクレートのこともすでに好きになっており、キャムはこのチームが大いに気に入っていることに気がついた。
 自分で筋道を立てることで充分納得し、次第に落ち着いていく。
 首から掲げてある、四つ葉のクローバー。
 それは宇宙スーツの下で直接触れることはできないが、ちょうど胸の辺りを無意識に手で押さえていた。
 そこで呪縛が解けたようにやっと首を動かせる事ができ、キャムはクレートの名前を呼んだ。
「どうした、キャム」
「はい、あのちょっといいですか」
 キャムはチェアーから立ち上がり、クレートの指令台へと近づいた。
 クローバーが一番強く反応したところを見ると心配している様子だったが、ジッロとマイキーも何事だと振り返っていた。
 クレートを見上げれば、表情は厳しく神々しいものがあったが、クレートの瞳はやはりとても澄んだ淡い水色で、それは優しい眼差しに思えた。
 しっかりとキャムを見つめている。
 キャムはその瞳がとても好きだと思えた。
 その瞳の中までも覗く思いでキャムはしっかりと見つめ返していた。
「あの、今運んでいる荷物ですけど、あの中身は確かめなくていいのでしょうか」
「どういう意味だ?」
「一体何を運んでいるのかわかってるんでしょうか?」
「ああ、一応、リサイクル資源とは聞いているが、それはウィゾーが確認して契約を取っているはずだ。我々は請け負っただけなので、詳しくは知らない」
「僕、依頼主であるあの男の人と話しましたが、なんだかあの荷物は訳ありで、あの男は何かを隠している様子でした」
 クレートの眉根が顰められた。
「僕、あの荷物の中身を確かめた方がいいと思うんです。何か危険なものが入ってそうな気がするんです」
「それはできない。依頼主との契約違反になる。配達する中身を調べれば、今後の仕事にも影響する。依頼主との信用と安全に目的地まで配達することが我々の使命だ。中身のことは依頼者に事前に充分確認してから仕事を受けているので、危険かどうかは受ける前に判断することだ」
「もし、依頼主が何か嘘をついていて、それが危険なものだったらどうするんですか? 僕、あの依頼主は偽った中身を言ったと思います」
「嘘? なぜそれが嘘だと思ったんだ?」
「えっ、その、なぜって言われても、あのおじさんを見たとき何か葛藤している感じがしたんです」
 クレートが無視できないと眉根を寄せた。
「その葛藤とはなんだ?」
「えっと、良心の呵責とでもいうような罪深いような気持ち……」
「私にはそんな風には見えなかったが。どこまでも図太く強かな感じだった」
「俺もそんな風に感じたぜ」
 ジッロが同意すると、マイキーも「そうそう」と相槌を打っていた。
 キャムも見かけだけなら同じ印象を抱いていたが、勘というものが肌を刺激して、体で何かを感じ取ったために、うまく言い表せないもどかしさを感じていた。
「なぜだかわからないんですけど、時々ふと感じるんです。その人の懸念や心配ごとが伝わるというのか……」
 信じて貰えない自分だけが感じ取れることに、キャムはどんどん自信がなくなって意気消沈していった。
 クレートは暫く考え込んでいた。
「わかった。中身は開けることはできないが、探知機で危険なものがないかは確認できる。調べてみよう」
 クレートは立ち上がり、キャムだけについてこいと命令し、残りのものには配達中の安全を怠らないようにと指示をした。
 キャムはクレートの後に続き、すらっと伸びた身長と肩幅の広い後姿を見つめながら歩いていった。
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