第三章


 慣れない男同士の会話にトイレと咄嗟に誤魔化して退出してきたが、いつもその手が使えるとは限らない。
 男として振舞うのなら、徹底的になりきり、男同士の会話に恥ずかしさというものを持ち込んではならないと、きっと口元を引き締める。
 キャムはトイレの中で覚悟を新たに気合を入れていた。
 だが、ふーと息が漏れ、メタリックの冷たい便器の上にへたる様に座り込んだ。
「やっていけるんだろうか」
 弱気になりながらも、今更本当のことも言えず、ましてや、この船を降りたくないという感情まで出てきてしまった。
 キャムが元気でいられるのも、ジッロとマイキーが何かとちょっかい出してきたり、クレートが厳しい中で時折見せる優しさが心地いいからだった。
 そして気遣って世話を焼いてくれるクローバーも心強い。
 もし一人だったら、何もかも失った今、心細くて路頭に迷っていたともいえる。
 どれだけこの船の皆が有難いか、キャムはその辺のことはよく分かっていた。
 皆と暮らすためにも、嘘は突き通すしかない。
 トイレの壁に掲げていた鏡に自分の顔を映し出し、キャムは髪を無造作にかき上げて表情を作っていた。
 海賊の襲来で慌ててたために、無茶に切った髪の毛を改めてみると、かなり短く、不ぞろいな雑さが却って女としてみられるものではなかった。
 色白でひ弱なところが中世的で、まだ男性ホルモンが少ない子供っぽい少年に見える。
 できるだけ憎たらしい雰囲気が出せるように眉毛に力を込め、目を凝らして自分を睨んだ。
 クレートのように厳しい目つきを意識する。
 しかし、その数秒後顔の筋肉が弛緩した。
 その時、なぜかクレートの笑った表情を思い出したからだった。
 鏡の中の自分の顔が女になっていた。
 はっとして、キャムは鏡に映った自分の顔を驚いて見つめていた。
 
 キャムが再び操縦室に戻った頃、マイキーは自動操縦に切り替え、リラックスした様子で手元のデバイスを操っていた。
 スペースウルフ艦隊を示したマークがレーダーから遠ざかり、完全にすれ違った安心感から、マイキーはゲームをして遊んでいた。
 ジッロは鼻歌交じりに自分の銃を手に取り、メンテナンスをしているようだった。
 クレートはコンピューターとにらめっこをして、忙しく指先を動かしていた。
 依頼主から荷物を受け入れた直後は後をつける者や情報漏れで襲ってくる輩にもっとも狙われやすいが、その心配がないと判断されれば、幾分緊張も解けた。
 目的地に着くまで油断は禁物だが、この時はかなり自由に過ごせていた。
「キャム、大丈夫ですか?」
 キャムがアシスタント席に座るとクローバーが小声で語りかけてきた。
「うん。大丈夫」
 首を縦に大きく一度振り、クローバーに答えるも、ふとなぜかクローバーに対してだけは敬語を使わずに話している自分に気がついた。
「どうしましたか?」
「ううん、なんでもない。心配してくれてありがとう」
「いいんですよ。私はキャムに仕えるって決めましたから、いつでも頼って下さい」
 そしてクローバーはさらに小声でキャムの耳元で囁く。
「もし、あの三人に言えない事や困った事があれば、私に相談して下さいね。秘密は守りますし、必ずお力になりますから」
 それは確かに有難い言葉だった。
 だが、キャムははっとした。
 クローバーはもしかしたら自分が女である事に気がついているのじゃないだろうか。
 そしてクローバーこそカザキ博士の事を知っていて、何か自分の知らない情報を隠しているんじゃないだろうか。
 キャムは、クローバーの顔を見つめた。
 相変わらずそれは無表情だったが、ふと優しい感じが自分に伝わってくる。
 キャムは考えを巡らし、クローバーの識別番号を思い出そうとしていた。
 あの時に感じた感覚に少し違和感を持っていた。
「クローバー、腕見せて」
 クローバーはすっと自分の腕を差し出した。
「鋏に変えられる?」
 クローバーの手先が流動して鋏の形となった。
「うわぁ、すごいね。アクアロイドって。僕の髪の毛かなりバラツキがあってはねてるからそれで整えることができる?」
「もちろんできますよ。ここではなんですので、また後でお切りしましょう」
「ありがとう。そうだ、前はここに名前が出てたんだよね。もう一度見せて」
 形を変えるリクエストは前フリだが、クローバーはキャムの言う通りにしていた。
 再び腕の部分にCL-OVER-4Cと現れ、キャムは指でその文字と数字に触れてみた。
 すると、文字が突然に変化し、キャムは目を疑った。
 それは自分へのメッセージの何ものでもなかった。
 驚いてクローバーを見つめるも、クローバーは何の反応も見せてくれなかった。
「さて、そろそろ食事の準備でもしましょうか。目的地に着くまでに腹ごしらえしておいた方が良さそうですし」
「おっ、それいいアイデア。また美味しいの頼むよ」
 ゲームのパネルから目を離さずにマイキーは言った。
 ジッロも銃の調整の手を休めずに口笛を一吹きして返事の変わりにしていた。
 クローバーは立ち上がり、クレートを一瞥すれば、クレートも軽く頭を振った。
「ぼ、僕も何か手伝うよ」
 キャムも慌てて立ち上がった。
「そうですか。それじゃお願いします。もしもの時、一人で自炊できた方がいいですから、私がお教えしましょう」
「それもグッドアイデア。キャムもこの船のキッチンに慣れた方がいいからね」
 とマイキーが言えば、
「そうそう、俺も最初慣れなくて戸惑ったからな。宇宙で料理するのって結構大変だからな」
 と、ジッロも同調していた。
 クローバーの後を小走りでキャムは追いかけた。
 キャムはどうしてもクローバーと二人っきりになりたかった。
 そしてあの時一瞬に浮かんだ文字の事を訊きたかった。
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