第四章 幸運と誘惑
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スペースポートに停泊した船は、水や燃料の補給、ごみ処理や船のメンテナンスといった、必要なサービスを有料ではあるが受けられ、またリクエストすれば臨機応変に大概の要望に応えられる設備が周りに整っていた。
滞在期間中は、IDを発行され、それを使うことでショッピングも通信機能が繋がって、わざわざ外に出ることなく、モニター画面で注文したものをなんでも届けてもらえる。
長旅で疲れた宇宙船は、このスペースポートで休養することが多く、輸送業者関係者が特に多く集まるので、情報交換やコミュニケーションスポットとしても活用されていた。
クレートはカードのようなデバイスを取り出し、早速このコロニーで発行されたIDを打ち込んでいた。
操作が終わると、それをジッロに向けていた。
「アクティベイトしておいた。これで使えるはずだ」
見かけはカードだが、そこには支払いや通話機能、その他映像を記録したりといわゆるスマート携帯お財布電話である。
ジッロはそれを受け取り、角度を変えて見つめていた。
「いいか、無駄遣いはするな。必要なものだけのために使え。まあ制限があるから無茶には使えないが、とにかく失くすんじゃないぞ」
「それじゃまるで父親みたいじゃないか。ガキじゃあるまいし、まあ許可して貰えただけ文句はいえねぇけどさ。だけど、クレートは観光に行かないのか?」
「ああ、私はここで必要なものを買い揃えて、船の面倒を見ておく」
それを聞いてマイキーは自分の計画が滞ると隠れて喜んでいた。
「ジッロ、マイキー、くれぐれも気をつけろ。ここでは我々が思うような法律など全く通用しない。酒も飲みたい奴が飲め、ギャンブルもしたい奴が出来る。警
察や治安部隊がいても所詮気休め程度のもので、まともに機能してるはずがない。多少の息抜きは許すが、トラブルは絶対に起こすな」
「ラジャ」
いつもより、喜び勇んだ返事だったのはマイキーのせいだったかもしれない。
「キャムも迷子にならずに、この二人から離れるな」
「あ、あの、僕、そんなに子供でしょうか」
なんだか不服そうだった。
「私もお供してお守りしますから、大丈夫ですよ」
クローバーが横から口を挟んだ。
「いや、クローバーは私と一緒に船に残ってくれ」
「えっ、どうしてですか?」
「ここでは、アクアロイドは憎悪の対象になる可能性がある。いくらガス抜きでこんな場所を作っても、やはりネオアースに不満を持っている輩は沢山いるし、
また悪い奴らもそのしかり。
表上はネオアースから優遇されているので、ここの住民はずる賢く感謝のフリはしているだろうが、陰では何をしているか全く分からない。それに危険分子とい
うのはいつも 奥底に潜り込んで、密かに動くものだ。クローバーにとってはここはとても危険な場所になりかねん」
「あーあ、クローバーちゃん、ちょっとお気の毒。でも安心しな。キャムは俺たちが守るから。な、ジッロ」
「ああ、俺たちがいたら大丈夫だぜ」
「だから、僕は子守が必要なくらいの子供じゃありません。自分のことは自分でなんとかできます!」
ついムキになってしまった。
それを押さえ込むようにマイキーに頭をくしゃっとされると、キャムの頬はぷくっと膨れていた。
その仕草はやはりまだ子供みたいで、クレートの口元がいわんこっちゃないと言いたげに少し上向いていた。
「いいか、あまり遅くなるなよ。ちゃんと今日のうちに戻って来い。これはキャプテン命令だ」
「ラジャ」
三人は条件反射的に背筋を伸ばして返事していた。
三人はスペースポートから随時出ているシャトルバスに乗り込み、都心へと向かった。
メインとなる都心部は真ん中に構えていて、その周りにいくつものコロニーが枝分かれて、複合体の巨大コロニー都市となっている。
都市がまず作られ、後からどんどん増えていった様子だった。
クレート達の船はそのメインのコロニーのスペースポートから入り込んだので、都市まで行くのにそんなに時間はかからなかった。
そのシャトルバスは空を飛び、サービスの一環として、まず見所を大まかに紹介してぐるりと都市を回っていた。
ジッロは窓ガラスに近づいて、賑やかな光や娯楽施設に釘浸けになり、その隣でマイキーは可愛い女の子達との出会いに期待して色々妄想していていた。
キャムは二人の後ろに静かに座っていた。
最新技術が整った建物よりも、所々に憩いの場として作られている公園の自然を見つめていた。
あそこに鳥がいるのだろうか。
ふとそう思ったとき、ベルトに備え付けていた小さなポシェットに鳥笛がある事を思い出した。
あの荷物の送り主が何かを思ってキャムに渡した代物である。
自分が不信を感じて問い詰めたことで、気まずくなった状況を誤魔化すために渡したのかもしれないが、なぜ鳥笛を貰ったのだろうと考えていた。
シャトルバスは一番賑やかなメインストリート近くで降ろしてくれた。
周りは人で溢れ、地上用の車が地面から浮いて忙しく行き交っていた。
そんな光景に慣れてない三人は、圧倒されてあちこち見渡し、気が緩みっぱなしだった。
「すっげー都会だな。ネオアースもこんな感じなんだろうか」
ジッロの口から無意識にでてしまう。
「おいおい、時間が勿体無いから、早く事をすませようぜ」
マイキーはそわそわと落ち着かない。
「ぼく、まずは自然のある公園で鳥を……」
キャムがいい終わらないうちに、マイキーはジッロとキャムの腕を掴んで無理やり引っ張って行く。
「マイキー、落ち着けよ」
「落ち着いてられっかよ。かわいこちゃんが待ってるんだぜ」
「えっ、かわいこちゃん? 何のことですか?」
ジッロとキャムが嫌がろうとも、マイキーはお構いなしだった。
通りには、ちかちかとしたネオンが灯るサインや、案内情報が至る所で飛び交っていた。
人が集まる広場に設置された大きなパネルからは、色々な広告や画像が目まぐるしく映し出されている。
その時突然、激しい音楽が突然鳴り出し、道行くものの注目を集めた。
そしてぱっと美しい女性の顔が映し出されると歌が始まり、周りの者達はたちまちその声に魅了されてしまう。
それはとても透明感をもった美しい歌声で、一度聞いたら忘れられない印象を植え付けたからだった。
三人も動きを止めじっと見つめていた。
キャムの心の中で何かかがパチパチと革命を起こすように弾けて行く。
初めて味わう感覚にキャムは暫く心囚われ聴き入っていた。
刺激が引き金となって、キャムの感性が強く敏感になっていった。
それは自然に自らも外部からの刺激をもっと取り入れたいと求める形になっている。
「キャム……」
その時誰かが自分の名前を呼んでいる声を聞いたような気がした。
周りを咄嗟に確かめてもジッロもマイキーもパネルを見たまま、誰もキャムの方を見ていなかった。
歌声だけが自分に向かってきていた。