第四章


  目の前にはとても大きな電子ルーレットが、派手な電光飾と共にちかちかとしながら壁に掛けられていた。
 それを取り囲むようにアーチ型になったテーブルが前に置かれていた。
 そこにはルーレットに書かれた数字がちりばめられ、好きな数字にお金を賭けるシンプルなゲームだった。
 店番をするように、そこにはカラフルでクレージーな衣装を身に纏い、顔には真っ白い仮面をつけている者がいた。
 目の部分に黄色い星が二つついてるだけで、全く表情がない不気味さがあった。
 男か女かすら分からない道化師だが、邪悪な雰囲気がして悪魔にも見える。
 怪しさと不思議さに酔うように、キャムは好奇心からその道化師から目が離せないでいた。
 そして目があって道化師から声を掛けられた。
「さて、君も挑戦するかい? ルールは簡単。そこにあるボードの数字を選んで、後はこのルーレットが運命を決めてくれるのさ」
「でも、ぼ、僕、今、お金持ってないです」
「そっか、残念だな」
 あっさりとキャムを切り捨て、道化師は他に誰かいないか客を募る。
 パフォーマンスに飛び跳ねたり、バクテンしたりと派手な動きを見せていると、次第に人が集まってきた。
 巧みに声を掛け、運試しをそそのかせば、楽しい道化師の雰囲気に飲まれた客がゲームに挑戦する。
「それじゃ、行くよ」
 道化師がルーレットのボタンを押せば、ルーレットが勢い良く回った。
 それと同時に、キャムの頭の中では『55』という数字が浮かんでいた。
 強大なルーレットは電飾の光でさらに派手さを増して回っている。
 賭けた人も、傍観者も一緒くたになって気が高まっていた。
 そしてルーレットが止まったとき、道化師の声が高らかに響いた。
「ナンバー55」
 キャムはその時、はっとした。
 自分が思っていた数字だった。
 1から99ある数字の99分の1の確率なら偶然も起こりうる。
 その時はたまたまだと思っていたが、その次のゲームが始まってもまた同じ事が起こった。
 キャムが予想した数字が、また来たのである。
 キャムは自分の予感が二度も的中して、訳がわからなくなって完全に我を忘れてフラフラと立っていた。
「おや、なんだか君、顔色悪いけど、大丈夫かい? あまりルーレット見つめない方がいいよ。目が回ったんだろ? アハハハハハ」
 道化師はからかう様に笑っていた。
 でもキャムは何も言えずに、ただその場に釘を打ち込んだように立っていた。
 そして次も、またその次も、自分が予測した数字が必ず来て、とうとう、その予感の的中率に自分の冴えた勘があることを自分でも認めないわけにはいかなかった。
 もしお金を持っていて、それらの数字に掛けたなら、儲けが出ていたのに。
 そう思うとなんだか勿体無いような気になっていく。
 あまりにもそのルーレットの前から動かなかったので、そこで見ていた少しふくよかな紳士が声をかけた。
「さっきから、ずっと顔を青ざめて見てるけど、君、ほんとに大丈夫なのかい?」
「えっ、あっ、はい」
「ここへは一人で来ているの?」
「いいえ、その、知り合いと一緒に……」
 その時になって、そばにジッロとマイキーがいないことに気がつき、キャムは重大な問題に直面したような不安さを覚えた。
「なんだかそのルーレットのゲームが気に入ってるようだね。よかったら一度遊んでみるかい? このチップを一枚あげよう」
「えっ、でもいいです」
「遠慮することない。わしにとったらはした金にすぎん。どうせ負け続きだ。これをなくしたってそう対してかわらん。気にせんでもいいよ」
 キャムは少し後ずさりした。
 どうしても意味もなく人から差し出されたお金は受け取れなかった。
「だったら僕のいう数字に、おじさんが賭けて下さい。そしたら、それはおじさんのものだから」
「あはっはっ。もう当たってお金が増えて戻ってくるような言い草だね。気に入ったね、その心意気。面白い。分かった分かった。君のいう数字に賭けてあげよう」
 キャムはほっとするも、なんだか急に怖気ついてしまった。
 さっきまで予言した数字が今度もまた来るとは思えない。
 でも大した額じゃないのなら、間違っても許されるだろうと思うと、また楽になった。
「それじゃ……」
 頭に数字を浮かべようとしたとき、ふと変なものが浮かんだ。
「あ、あの、00ってありですか?」
「おお、00か。いきなり勝負にでたな。面白い子だ。それはすごい確立で起こる現象でな。1から99の数字に00が割り込んで入ってくるんじゃ」
「割り込んで入ってくる?」
「元々、00という数字はこのルーレットにはない。だが、ルーレットが回ったあと、稀に00という数字がルーレットの中に新たに加わるんだ。あのルーレッ トは電子の数字だからボードが別のものに書き換えられることがあるんだ。滅多にそういう事が起きないだけに、そのボードが出てくる確立は非常に低い。しか もその時00が出るとも限らん。しかし、それを当てたらジャックポットになる。まあ過去にも当てた奴はいないからな。でもあんたがそういうのなら、わしは 喜んで賭けてやろう」
 この紳士はとても陽気にキャムの言った通りの00に賭けた。
 だが、チップ一枚だと思ったその時、ポケットからあるだけのチップをそこに乗せた。
「おじさん、そんなに賭けちゃうの?」
「まあな。なんだか面白そうだから、君の言葉を信じてみたくなってしまったよ」
「僕、責任とれません」
 キャムはとても怖くなり、とんでもない事をしでかしそうに震えた。
 そしてルーレットは回りだした。
 もう後には引けない。
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