第四章
7
「そ、そんなの、僕、絶対嫌です!」
キャムの目はとても厳しくマイキーを蔑んで見ていた。
「ジッロ、キャムになんて説明したんだよ」
「俺はただ正直に、お金払って女とセックスしに行くって」
「お前な、そんな露骨に説明してどうすんだよ」
「だって、実際、マイキーがそれを望んでんだからどう言ったところで同じだろ」
マイキーは嫌悪感を持ったキャムの顔を見つめてため息を吐いていた。
近寄ろうとすると、キャムは後ずさる。
「あのな、男なんだから仕方ないじゃないか。キャムだってわかるだろ」
「ぼ、僕、そんなの……」
キャムは言葉に困ってしまった。
男のフリをしている以上、ここは肯定すべきなのか、それとも健全じゃない部分を否定すべきなのか、考えたら考えるほど分からなくなり、頭の中がぐるぐるしてくると、どんどん神経が高ぶって頭に血が上って行く。
しかし、実際女の子であるキャムにはこの話題は刺激が強すぎた。
突然のパニックは極度のストレスを起こし、キャムの意識がすーっと遠のいていった。
「おい、キャム! どうした。しっかりしろ」
慌ててジッロに受け止められたものの、キャムの体がくにゃっとしだれて、意識がすでに失われていた。
「ちょっと、キャム、なんでこんなことで気絶しちゃうのさ」
「マイキーが悪いんだぞ。いたいけな子供に刺激の強いことなんか言うから」
「って、それ言ったのジッロじゃないか。もっと婉曲に言わなかったジッロが悪い」
「何、言ってんだよ、こんなことを持ち出したマイキーが悪いんだろうが」
二人は罪のなすりあいをしてこぜりあっていると、真横にリムジンが停車した。
車の窓が開き、先ほどキャムを追いかけていた男が顔を出した。
「君たち、その子は一体どうしたんだい。気を失ってるようだが、もしかして病気なのかい」
ジッロとマイキーは言い合いしている場合じゃないと、事の重大さに気がついた。
何度もキャムの名前を呼ぶが、キャムはうな垂れたままだった。
「とにかく、車に乗りなさい。病院へ連れて行こう」
キャムが意識を失くした事で動転してしまい、男の素性を確かめることもせずに二人は男の言うままに車に乗り込んでしまった。
キャムが目を覚ましたとき、ジッロとマイキーの心配そうな顔が覗き込んでいるのが目に入った。
もう一人、見たことのある顔があったが、意識が朦朧としている中では思い出せず、徐々にクリアになってくると、ピントが合うように突然はっとして身を起こした。
「僕、一体どうしたんでしょう?」
辺りを見回せば、ホテルの部屋のようで、自分がどこにいるのかがわからない。
「安心しなさい。全てはこの二人から話は聞いた。わしが勧めたルーレットゲームの事もあったし、かなりの衝撃が体の負担となったんだろう」
キャムが倒れこんでしまった以上、その理由を隠さずに話す必要に迫られ、リムジンの車の中で二人は恥ずかしながら、初対面の男に一部始終を説明していた。
男の名前はジュドー・ボルトといい、自称月出身の実業家とは言っているが、身なりもよく、でんと構えるように少し太ったその風格から貴族らしき気品が垣間見えた。
話せば話すほどスムーズな話し振りで、ジッロもマイキーもすっかり気を許して信用してしまった。
話が分かる器の大きいタイプの特有さから、柔らかな物腰で恥ずかしい話も笑って済ませようとする気遣いもあり、二人は何でも話してしまっていた。
「キャム、気分はどうだい。ここはわしの知り合いの病院でな、何も心配することはない。興奮からくる過度のストレスと宇宙疲れが出ただけで、医者も別に大したことないって言っておった。少しゆっくりすればいい」
「ありがとうございます。でもおじさん、その、僕は、あれはほんとに要りませんから」
「別に逃げることはなかったぞ。ほんとに変わった子だ。まあ、あのお金の使い道はまた後でゆっくり考えることにしようじゃないか。それよりも、わしこそ礼を言わないと、いい数字を選んでくれてありがとうな」
「いいえ、そんな」
キャムはなんだかあれでよかったのか分からなくなって俯いた。
あのカジノに居た時に明確な数字が頭に浮かぶほどの勘が冴えたのは、誰かに呼ばれて何かが繋がったからに思えてならない。
それがなんだったのか全く自分でも分からず、あの時の感覚は説明がつかない程に、今ではうやむやに雲散霧消としていた。
「キャム、まだ具合悪いの? だけど、ほんとごめん」
マイキーは殊勝になっていた。
「マイキーだけのせいじゃない。俺ももっと言葉選べばよかったんだ。すまなかった」
二人がなぜ謝っているのか考えたとき、また思い出してなんだか居心地が悪くもじもじしてしまう。
落ち着かずにシーツの端をきゅっと握っていた。
「でもさ、ジュドーが教えてくれなかったら、俺、バカな道を辿ってたわ」
「俺たちみたいなのが、カモになりやすいんだろうな。あんな事情があったら、そんなとこ行かねぇって」
キャムは二人がなんの話をしているのか分からずきょとんとしていた。
「なあに、ああいうのは騙してこそ商売が成り立つってところだ。あんがいそれが商売の基本なのかも知れない。あそこで働く者にも何かの希望があるからこそ
割り切ってできるのかもしれないしな。一概に責められるもんでもない。こういう世の中だから仕方ない部分は目をつぶるしかないのかもしれん」
キャムにはさっぱり分からなかったが、なんにせよマイキーに心の変化があったことだけは理解できた。
このことはもういいとばかりに、キャムは聞き流した。
「あの、僕、もう大丈夫ですので」
キャムがベッドから出ようとしたとき、ノックが聞こえた。
ジュドーが入るように知らせ、そしてその部屋の色を変えるくらいのまばゆい光がさしたように、一人の女性が入って来た。
マイキーとジッロがはっとする傍ら、キャムも素直にびっくりする人物がそこに立っていた。