第四章


「紹介しよう、アイシャだ」
 ジュドーはアイシャにも三人の名前を紹介した。
「初めまして」
 どこか冷たい雰囲気がするが、それは洗練された美しさからそう見えるのかもしれない。
 モニター画面に映っていたあの時の歌手が、今目の前に居ることで、三人は面食らっていた。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、その、今話題の月の歌姫と言われてる歌手の方ですよね」
 マイキーが目をぱちくりさせながら訊いた。
 アイシャは微笑を浮かべて頷く。
 それを自慢するわけでも、鼻にかけてるわけでもないが、気品高い女王様のようなイメージがあった。
「僕、歌声聞きました。とても心に響く声で、すごく心地よかったです」
「ありがとうございます」
 沢山の人にそういわれているのか、答え方が慣れていて機械的だった。
「でも、なんでジュドーとこの歌姫が一緒なんだ?」
 ジッロが素直に疑問をぶつけた。
「わしはアイシャの伯父なんだよ。わしはたまたまここにはビジネスで来ておったんじゃが、アイシャがここでコンサートする事を聞いて、知り合いの医者がな んとかここの患者にアイシャを会わせてやりたいと頼んできてな、そんで来て貰ったってことなんだ。アイシャも忙しいのに、すまなかったな」
「いいえ、いいんです。伯父様の頼みですし、それにその患者さんが元気になるなら、私も嬉しいですから」
 歌唱力に恵まれた才能、スーパースター、美貌も金も供えた自分達とは程遠い存在。
 全てにおいて圧倒され、三人は黙ったままアイシャを見ていた。
「あっ、僕、これで失礼します。色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした」
 キャムは思い出したように、ベッドから出て立ち上がる。
「何を言ってるんだ。こっちは楽しい思いをさせてもらってるのに、何も遠慮することはないんだよ。今日ほどこんな気持ちのいい思いをしたことはなかった」
「伯父様、とても生き生きとされてますね。こんな伯父様見るの久し振り。よほどそちらの方がお気に召されたのね」
 アイシャはキャムを見て微笑むも、それは心から笑ってないお飾りに見えた。
 キャムの心がざわめく。
 アイシャは心が入っていないお人形のように見えたからだった。
「そうだわ。明日コンサートがあるんですけど、皆さん宜しければ来て下さい。伯父さんのボックス席ならこの方達も入れるでしょ」
「おお、そうだった。それはいい考えだ」
「だけど、明日もここにいるかまだ分からないので、キャプテンに訊かないと」
 キャムはもじもじしながら、ジッロとマイキーの様子を伺う。
「なんじゃ、まだ他にも仲間がいるのか。だったらその人も連れてきなさい。なんならもっと連れて来てもいいぞ。ボックス席は部屋になっててなちょっとしたパーティも出来るんだ。そこでお酒を飲みながらアイシャの歌声を聴く。楽しいぞ」
 ガハハハと豪快に意味もなく笑うジュドーの声を聞くと、断る理由もなく、三人は承諾してしまった。
 場所と時間を記したビジネスカードも渡され、キャムは丁寧にお礼を言う。
 すると、ジュドーは、キャムを抱きしめずにはいられなかった。
 押しつぶされるように抱きしめられる中、キャムはなすがままにそれを受け入れた。
 マイキーは内心「うへぇ」と思いつつ、愛想笑いだけはしていたが、ジッロはすぐにでもひっぺはがして助けてやりたくなる気持ちを抑えるのに大変だった。
 なんだかわからないまま、ジュドーとアイシャとはそこで別れた。
 支払いの心配はなかったとはいえ、キャムは手続き上、病院の事務員から形式的な書類を書かされて手間取っていた。
 それが終わってやっと解放されると、ほっとした。

 病院の廊下を歩いていると、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 そちらに目を向ければ、窓から手が届きそうな位置に木が植えられていて、その枝には小鳥がとまっていた。
 すぐさま、キャムは窓の側に身を寄せ、ベルトのポシェットから鳥笛を出してつまみの部分を擦るようにまわした。
「キャム、何やってんだ」
 ジッロが側に来た。
「鳥と会話できるかなって思って、試してます」
「なんなのそれ?」
 マイキーも不思議そうに覗き込む。
 最初は慣れなかったが、何度か回しているうちに金属の擦れあいが鳥のさえずりに似た音になってきた。
 キャムは、上手くそれらしく音が出るように指の力を調整していた。
 しかし、距離があるのか、それとも警戒してるのか、鳥には中々通じず会話が始まらない。
「ちょっと、俺にもやらせろ」
 ジッロが奪って、チャレンジするも、中々いい音がでなかった。
「へたくそ。こういうのはメカに繊細な俺が上手くできるというもの。貸して」
 今度はマイキーが奪った。
 それなりに、鳥のさえずりらしく聞こえるものの、鳥にはやっぱり通じず会話はなりたたなかった。
「お兄ちゃんたち、ちょっとそれ貸してみて」
 後から声がして三人が振り返ると、あどけなく笑っている少女と目が合った。
 白いダブダブの病院着を纏い、透き通ったおかっぱのブロンドヘアーがキラキラしている。
 その少女は肌も青白く、着ているものも白かったので、体の小さいかわいらしさから、まるですずらんの花を想起させた。
 マイキーは尊いものを見るように圧倒され、恐る恐る無言でその鳥笛を少女に渡した。
「これね、このねじの部分を少し回して、摩擦の強さを調整するの」
 確かに、少女の言う通り、つまみの部分のトップにはねじが差し込んであった。
 少女が木に止まっている鳥に向かってつまみを回すと、より一層本物らしい鳥の囀りの音がでた。
 そして鳥がそれに釣られて鳴き出した。
「すごい。上手い」
 キャムは素直に喜んでいた。
「お兄ちゃんたち、よくこんなの持ってたね。これって今じゃもう手に入らない貴重なアンティークなんだよ」
 そう言って、少女は懐かしそうにその鳥笛を見ていた。
「そんな手に入らないものを、君もよく知ってるんだね。見たところ俺たちよりまだ年下なのに」
「昔、パパと一緒によくこれで鳥と会話してたの」
「えっ、パパ?」
 キャムの心に何かがひっかかった。
「チッキィ、そんなところで何をしてるの。早くベッドに戻りなさい」
 少し離れた場所にいてもその看護師の声は鋭く廊下を駆け抜けた。
 看護師に叱られたと思って、チッキィと呼ばれた女の子はペロッと舌をだした。
 鳥笛をキャムに渡して「バイバイ」と手を振って逃げるように去っていってしまった。
 看護師がその後をついていこうとしたとき、キャムは声を掛けた。
「あの、今の女の子ですけど、どこが悪いんですか?」
「少し、心臓が弱いの。まだこの病院へ移されて来たばかりで、詳しいことは私も知らないんだけど、いつかは手術が必要になるかもしれないの。でも今日はと ても気分がいい見たい。なんでも大好きな歌手と会ったらしいの。私も会いたかったわ。やっぱりネゴット社のスポンサーが付いてるっていうだけで待遇がいい わ。おっと、最後の言葉は聞かなかったことにしてね」
 粗相をしたかのように焦って、看護師は誤魔化すように去っていった。
 キャムの頭の中で何かが、繋がって行く。
 でも確信が持てず、黙って掌の上の鳥笛を見つめていた。
「アイシャが会った患者って、もしかしたらあの子のことなんじゃないの。看護師の言葉からしたら、なんだか優遇されてる患者みたいだったぜ」
 ジッロはまた身分の差を感じていた。
「でも、可愛い子だったじゃん。病気早く治るといいね。将来大きくなったら美人ちゃんになっちゃうよ、ああいう子は」
「マイキーはいつもそれだな」
「うっせい。それぐらい言ってもバチは当たんないだろう。やはり自然の美は美しい。そういう子供は大切にしなきゃ」
「あのさ、今の女の子のお父さん、もしかしたら荷物の発送を頼んだ依頼主かもしれない」
 キャムがボソッといった。
「おいおい、キャム、頭大丈夫か? あんな悪どそうなおっさんから、あんな可愛い子ができるなんて」
 これにはマイキーが反応した。
「でもこの鳥笛をくれたのは、あのおじさんなの」
 ジッロとマイキーはポカーンと口を開けて聞いていた。
inserted by FC2 system