第五章
10
給仕は会場を出て、手際よく車が集まる場所へクレート達を案内し、そこで待機していた運転手に話をつけていた。
運転手はすぐに理解をし、バンサイズの車へ乗り込む指示をだした。
「私はジュドー様がここに滞在されている間、移動のお世話を任された運転手のマグダルです」
4人は自己紹介している暇もなく、無言でさっと車に乗り込んだ。
マグダルも、一刻を争う雰囲気に飲まれて、すぐに車に乗り込んでエンジンをかけた。
車は動き出すと同時に浮かび上がり空を舞う。
マグダルは誘拐と説明を受けたことに驚いたのか、目玉がぎょろりと飛び出て食い入るように前方を見ていた。
「お子さんが誘拐されてスペースポートに連れられた可能性があるとききましたが、この辺りには街の市場と繋がって生産物を卸しいれするポートとゴミや不用
品を集めて運び出すポートがあります。どちらもこの中心部を軸にして向かいあって反対側にあります。どちらから行けばいいでしょうか」
ジッロとマイキーは「ゴミ置き場」という。
だがクレートは「市場」と言った。
マグダルは困惑して小さく空中を旋回する。
「ここは多数決でゴミ置き場だな」
ジッロが言うとマイキーも頷いた。
「いや、ここは市場の物流が集まる場所が先だ。そこへ行ってくれ」
クレートが言い切ったところで、マグダルは市場専用ポートへと進んだ。
自分達の選択も正しいという保障はないだけに、ジッロとマイキーはもどかしいと思いながらも、クレートに委ねるしかなかった。
キャムはジタバタしながら、首根っこの襟をつかまれて乱杭歯の男に引っ張られていた。
その先には宇宙船が停泊し、飛び立つ準備をしている。
先ほどまで一緒だったロビンとカナリーはあっさりと解放されたものの、車で元居た場所に送ってもらえずに、自力で帰る事を余儀なくされて、広いポートを歩いていた。
時々後を振り返りながらキャムを心配するも、自分達ではどうすることも出来ず、またそこまで義理立てするような仲でもないと、割り切って見捨てることにした。
しかしながら、良心の呵責はずっと続く。
キャムも助けてもらえないことは分かっていたし、それよりも逃げて欲しいと二人を恨むことはなかった。
寧ろ、あの人相の悪かった荷物の送り主の男は、あの子供達を助けるために仕事をしている事を知って、感動したくらいだった。
心の中は悪い人じゃないとキャム自身、あの男に対して感じていたし、男にしても必死にもがいていたことが良く分かる。
この時あの男が言っていた言葉を思い出し、その意味を考えると非常に腑に落ちた。
『世の中、理不尽なことだらけなんだ。特にこの宇宙で暮らすには力が持つものが全てだ。それに太刀打ちできないものは屈するしか方法がない』
その言葉は男の心情とストリートチルドレンのどちらのことも表していた。
キャムがこのような状態になった今、その言葉の意味が恐ろしいほどよく理解できる。
力の持つものが全て。
太刀打ちできなければ屈するしかない。
まさに首根っこをつかまれ、手には手錠、逃げる術もなく引きずるように連れて行かれるこの状態は理不尽の何ものでもない。
キャムの心の中が急に煮え立つ。
マグマが今にも爆発しそうなくらいに腹が立って仕方がなかった。
「太刀打ちできないものは屈するしかないなんて、そんなの嫌だ!」
生まれて初めて大きな声で叫んだかもしれない。
そのキャムの声に意表をつかれたのか、乱杭歯の男が立ち止まって振り向いた。
その油断した行為がチャンスだった。
キャムは今だと思い、乱杭歯の男めがけて体当たりし、よろめいた瞬間、男の顎の下で力を込めて頭を持ち上げた。
それが効いて、男の手はキャムから離れた。
キャムは手錠で両手が不自由なまま、走る。
乱杭歯の男が、怒りと痛みを交えた歪んだ顔をして、狂気じみる。
「待て、このクソガキ!」
キャムは一心不乱に走るも、手が繋がったままでは足がもたついて、躓きそうになっていた。
こけたら追いつかれてしまう。
必死にバランスを保ち、そして隠れられる場所を求めて疾走した。
こじんまりとしたポートは小さい宇宙船ばかりが停泊している。
その間に潜り込み、乱杭歯男との鬼ごっこが暫く続く。
「どこ行きやがった、あの野郎」
キャムの息が上がり、かなり苦しい。
だが、ここで摑まったらそれこそもうお終いだった。
何が一番辛いかと考えたら、クレートの顔が浮かんでくる。
クレートに会えなくなるのが一番辛い。
そう思ったとき、キャムは初めて自分の気持ちを素直に認めた。
クレートが好き。
絶対あの船に戻るんだ。
クレートの側に帰るんだ。
その執念と気力がキャムを奮い起こしていた。
息を整え、そしてまた走る。
「そこに居たのか、この野郎待て」
その時、誰かが歩いているのが目に入った。
樽のような腹を抱えたおじさんが、自分の宇宙船に向かって歩いていた。
「すみません。助けて下さい」
キャムは声を掛けて、その男の後ろに隠れた。
これで大丈夫だと思ったとき、その太ったおじさんは振り返ってキャムの首根っこを掴んだ。
「お前、ストリートチルドレンだな。また悪さしたのか。俺はお前らのような子供が大嫌いなんだよ。折角得意先に届けたものを目の前で盗みやがって」
一気に立場が逆転してしまった。
「僕はストリートチルドレンじゃありません。4-leaf-cloverデリバリーサービスのメンバーです」
そんな事を言っても全くの無駄だった。
「あっ、すみません。そうなんです。そいつとても悪いガキなんですよ。捕まえて下さって助かりました」
キャムはジタバタしていた。
また乱杭歯の男に捕まり、思いっきり頬をひっぱたかれた。
それは痛みよりも悔しさの方が強く、涙が目に一杯たまっていった。
「こら、こっちへ来い」
先ほどの手はもう使えないと、乱杭歯男の掴む手は、油断なくまるで接着剤でぴったりとくっついたようだった。
全ての希望が失われ、あまりにも悲しくてキャムは力一杯吼えた。
「クレート、助けて!」
無駄だと分かっていても、彼の名前を叫ばずにはいられなかった。