第五章


 注文していた貸衣装が届き、マイキーとクローバーが受け取ってそれを多目的ルームに運んできた。
 キャムもちょうど部屋に入ってきたとこだった。
「もう届いたんですか。早いですね」
「ああ、ここはなんでもサービスが行き届いて、多少無理なことでもリクエスト通りにやってくれるみたいよ。ところで、ジッロはどうしたの?」
 マイキーは手元の箱を開けながら訊いた。
「なんか、疲れたとか言って、今部屋で休んでます」
「昨日からなんかお疲れみたいだけど、ジッロにしては珍しいな」
 口ではそういいつつも、あまり気にかけてない様子で、箱の中から服を引っ張り出した。
「あれ、これは女性の服だ。ウィッグもついてる。もしかしてこれクローバー用?」
「そうみたいですね。私はどちらでも大丈夫ですから」
 服を着るとすれば、男性よりも女性の方が何かと誤魔化しやすいと考えたのだろう。
 マイキーはいつもの冗談でウィッグを被ってふざけていた。
「ほら、キャムも被ってみろよ」
 マイキーが無理やりキャムの頭にすぽっと被せた。
 セミロングでストレートの栗色のウィッグは違和感なくキャムの頭に落ち着く。
 キャムはリアクションに戸惑うも、自分の髪はもっと長かったと少し寂しい気持ちになってしまう。
 そんな昔の事を今更気にしても仕方がないし、髪を短く切らなければいけなかったことを考えると、感傷に浸ってる場合ではなかった。
 キャムはマイキーのノリに合わせようと、わざと笑顔を作った。
「どうですか。僕にも似合いますか?」
 だがそれは驚くほど、キャムに似合ってしまい、正真正銘の美しい少女となってマイキーの前に立っていた。
 それがマイキーのハートに直撃して、化学反応を起こすように突然体の中の血がリズムを打って騒ぎ立てる。
──か、かわいい。それも可憐に、俺好み……
 素直に感じた気持ちだった。
 マイキーが何も言えないでいると、クローバーはあまり良くないと感じて、キャムのウィッグを取り上げた。
「これは私のためのものですからね。皆さん遊ばないで下さいね」
 クローバーはそれを被って、体を女性型に変形させた。
「どうですか。これなら私も女性に見られますね。後はサングラスとマスク。そして手袋と、足はブーツで誤魔化せば完璧ですね」
 クローバーが言った一通りのものはすでに付属品として用意されていた。
 クローバーはそれを一つ一つ確認していた。
 キャムも自分が着る服はどれだろうと見ているとき、マイキーだけ時間が止まったように体が動いてなかった。
 全ては黒や灰色といった地味な色なのに、一つだけ派手な色が交じり合ったチェックの服が入っていた。
 それを取り出せば、そのサイズからキャムのものだとすぐに判断できた。
「もしかして、これを僕が着るんですか? なんで僕だけ派手なんですか?」
 マイキーは言葉を忘れたように、キャムを見るが、その目つきはまだウィッグを被った時のキャムの姿が尾を引いていた。
 その時、クレートが部屋に入って来た。
「あっ、クレート、どうして僕だけこんな派手なスーツなんですか?」
 キャムは困惑した表情で訴えた。
「キャムに合うサイズがそれしかなかったからだ」
 真顔でさらりと言われてしまうと、キャムは着られるものがあっただけでも有難いと思うほかなかった。
 確かに自分はこの船の中では一番小さく小柄である。
 本来男ではないのだから、自分のサイズに合うスーツなんてないのだろう。
 スーツといえば大人の男が着る服であり、これは子供用かヤング向けだった。
「いいじゃないですか。変に地味なものを着るより、こういう派手な色の方がキャムに似合ってかわいいですよ」
 クローバーがフォローしていると、「かわいい」という言葉にマイキーが反応した。
「かわいい?」
 キャムを見つめるマイキーの瞳孔が大きく開く。
 その瞬間から、マイキーはもう以前の様に普通にキャムを見る事ができなくなっていた。
 キャムと初めて出会ったときからの気になったキャムの表情が、頭の中で思い出される。
 子供と言われてムキになった顔、恥ずかしがって頬を赤らめる顔、それらがこの時違ったものに見えてくる。
──かわいい…… えっ?
 マイキーは自分でも信じられないと首を横に何度も振った。
──これは何かの間違い、そう、何かの間違い。
 お経のように何度も心の中で否定する。
「マイキーどうかしたんですか? やっぱりこういうスーツは恥ずかしいものなんでしょうか」
「えっ? あっ、そんなことないって。キャムになら似合って絶対かわいいと思うよ」
 なんだか落ち着かない。
「あー、また子供っぽいとかいうんでしょ。どうせ僕はまだまだ子供ですから」
 キャムは一人で解釈してしまい、また拗ねてしまって頬を膨らませてムキになっていた。
──俺、こういうの弱いんだよ。くそ、やっぱりかわいいじゃないか!
 自分でも訳がわからなくなって、力が抜けて側にあった椅子にへたりこんでいた。
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