第五章


 マイキーはジッロの服を手に持って、部屋のドアをノックした。
 ドアの向こう側からくぐもった声が聞こえると、ドアを開けて入っていく。
「ジッロ、服が届いたぜ」
 ベッドの上で寝ていたジッロに服を放り投げた。
 ばさっとお腹の上に落とされても、ジッロは手を頭の下に組んだまま動かなかった。
「どうした、ジッロ、体の具合でも悪いのか?」
「なんかちょっと疲れただけさ。そういうマイキーもどうした、なんか虚ろな顔してるぜ。いつもならこういうイベントがある日は必ずはしゃいでニヤニヤしてるくせに」
「別にジッロの前で意味もなくはしゃいでも仕方がないだろう」
「まあ、そうだけど、なんかいつもと違う感じがする」
 ジッロとマイキーはお互い見つめ合うも、最後は無理に口元を上げて乾いた笑いを見せ合った。
──ここで正直に話してどう思うか訊いてみるべきだろうか。
 二人の腹の中では自分が感じた事を言うべきか否か葛藤している。
──どうせバカにされて、そしてからかわれるのがオチだ。
 同じ事を思い、最後だけ、『ジッロのことだし』『マイキーのことだし』と語尾が違ってるだけだった。
 二人はこんな気持ちでいても仕方がないと、どちらも気力を奮い起こして、いつものように振舞おうとする。
「そしたら、早くそれ着ろよ。着替えたらこの船の前に集合だって。なんでも外で記念撮影するんだって」
「記念撮影? それ誰のアイデアだよ」
「意外な事にクレートさ」
「なんでまた写真なんか撮りたいんだよ」
「こういう機会滅多にないからね。いいんじゃない別に?」
 そういうとマイキーは自分も着替えるために部屋を出た。
 キャムに対する自分の気持ちが変化してしまったこの日、二人とも確かに記念日に相応しいと思いながら、服を着替えていた。

 キャムはクローバーと一緒に服を着替えていた。
 二人は二段ベッドのある部屋をシェアして使っている。
 自分の秘密を知っているクローバーだからこそ、一緒にいてて安心する。
 一番無防備に寝てるときに予期せぬことが起こらないとも限らない。
 部屋をクローバーとシェアすると決めたとき、みんなには、一人が怖いし、そして起きられなかったら困ると適当に理由をつけていたが、相手がアクアロイドのクローバーなので何も怪しまれることはなかった。
 クローバーも罪の意識から堂々と世話をすると言い切っている以上、キャムと一緒の部屋を使うことにおかしな部分は見受けられない。
 キャムも唯一、クローバーの前だけは自分の呪縛から解放されるので、心やすらぐ一時でもあった。
「クローバー、これおかしくないかな。僕、胸は元々そんなに大きくないけど、ある程度のふくらみとかばれないかな」
「この服はベストがついてますから、それで押さえ込んでちゃんと隠れてます」
「そう、それならよかった。いつも着ている宇宙スーツのときも違和感ないかな?」
「はい、あれも胸の部分の強化プロテクターがありますから、全くわかりません」
「なんだか、それって結局は喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないな。なんか複雑」
「大丈夫です。もう少し年を取れば、きっと胸は今より膨らむでしょうし、その時はネオアースに帰れてますよ」
「えっ、帰る? 僕、一度もネオアースに行ったことないんだけど」
「あっ、すみません。私を基準にしてしまったから、つい帰ると口がついただけです。とにかくここを脱出できることでしょう」
「でも僕、ここでの生活好きだな。まだ一緒に過ごして間もないけど、皆ほんとにいい人で、一緒にいて楽しい」
「まあ、あの三人はそれぞれ個性がありますけど、確かにいい人たちなのは間違いありません」
「僕、男のふりしちゃってるから、もしそれがばれたらやっぱり嫌われるかな」
「何も心配されることはありません。そんなこと気にせずに黙って男の子のふりをすればいいことです。いつかはどこかで別れるときがくるんですから、それまでの辛抱です」
「なんだか僕とても辛い。騙してるみたいで」
「でもそうするのが一番の策だと私は思いますよ。女の子が宇宙で逞しく生きるにはそれくらいの嘘も必要です」
「クローバー、ありがとう。愚痴を聞いてもらえるだけで、僕とても心が軽くなった」
「いいんですよ。私はキャムのために送り込まれたアクアロイドです。キャムの仰せのままに私はなんでも従います」
「でも、誰がなぜ僕にクローバーを送りこんだの? その理由はいつ教えてくれるの?」
「それは、キャムに受け入れられる準備が整ったとき、必ず全てをお話します。今はまだカザキ博士、シロ、そして生活していたコロニーを失ってしまった悲しみがまだどこかにありますから、まだ暫くはご自身をご自愛なさって下さい。そんなに慌てることはありません」
「そうだね。いくらここでの生活が楽しいといっても、時々ふと思い出すことがある。そのときはやっぱりまだ寂しい」
「時間が経てば、その悲しみも癒えるでしょうし、その前にそんな思いを抱く余裕がないくらい、あの三人が何かと絡んでくるでしょうね。そっちの方が大変かもしれません」
「でも僕、そのお陰で本当に救われたよ。あの三人には感謝しても感謝しきれないくらい」
「でも油断は禁物です。とくにジッロとマイキーは何をしでかすやらわかりませんから。クレートだけは立場をわきまえてるので安心ですが」
 クレートという名前を聞くと、キャムはどこかで胸がぴくっと撥ねるような気がしていた。
「さあ、準備は整いました。船の前に行きましょう。またサプライズがありますよ」
「サプライズ?」
 クローバーはその後は何も答えなかった。
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