第五章


「コイツは、収穫だ。顔もなかなか整って、少年好きの顧客には高く売れそうだ」
 よくやったと、狐目の男を褒め礼金を渡すと、貰うものを貰った後はさっさと車に乗り込んで去っていった。
 キャムは一部始終を見てぞっとした。
 やはり子供達は闇で売買されている。
 あの時コロニーで海賊に捕まっていたとしても、同じ結果になっていたのだろうと改めて思った。
 クレートだったから、自分は助かった事を考えると、クレート達の有難さが一層強まる。
 しかし、それも今となってはもう遅かった。
 このまま自分は売られてしまう。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 どんなきっかけであれ、宇宙には危険が一杯で油断ならないということだった。
 簡単に、些細な勘違いですら闇の隙間に見事に引き入れられて、不幸になってしまう。
 しかし、キャムは諦めはしなかった。
 ここから脱出できる方法を考えていた。

 クレートは緊急事態にあらん限りの知恵を絞る。
 目の前の男の胸倉を掴み、凄みをかけた。
「この街の知ってる闇の情報を吐け。貴様には拒否権などない事は分かってるな」
 クレートも必死だった。
 このままキャムを救えなかったらと思うと、怒りで体が震えてくる。
 目の前の男を殺しかねないくらい激昂していた。
「そ、その、噂ではストリートチルドレンを狙った誘拐があるというのは、き、聞いたことが、あ、あります」
「どこの組織が絡んでる」
「そ、そこまではわかりません。ただそれを防ごうとしているのがネゴット社であり、子供達を守るために、ヤバイ仕事を請け負って取引をしているみたいですけど。あくまでもそれは噂ですので、信憑性はわかりません」
「そのヤバイ仕事とはなんだ」
「それはムーンダストの販売とか……」
 クレートも知っているものだった。
 月の屑という名の麻薬。
 宇宙開発が盛んになった頃、月の表面にレゴリスという粉塵が覆っていた。
 とても細かいものだが、空気がないところでは周りの刺激によって角が取れることはなく、それは鋭い角を残したまま粉塵になる。
 それを吸い込めば、肺に支障をきたす。
 それを防ぐために、レゴリスの粉塵の角を取る研究がされ、特殊な液体で溶かせることに成功した。
 だが、副作用として今度はその液体で角を溶かしたレゴリスの粉塵を吸い込むと、麻薬を摂取したような症状に見舞われた。
 すでに月全体のレゴリスをその液体で処理してしまったため、所々ではまだ麻薬の症状を出すものが存在する。
 そこに目をつけてその成分を取り出して売りさばいている輩がいるのだった。
 そこで初めて、自分が運んできた荷物のことに気がついた。
 あれは汚染されたレゴリスの成分を含んだ資源に違いない。
 あの送り主の男が戸惑いながらネゴット社に発送し、キャムがあの時感じた感覚はこれに違いない。
 子供達を守りながらも一方で悪魔の薬作りの加担をする。
 良心の呵責を感じながら断れないわけだった。
 ──私とした事が、そんなカラクリにも気がつけなかったとは。
 名の知れた大きな組織向けに送る荷物。
 怪しい爆発物でもなく、リサイクル資源の活用と聞けば、誰しも疑う方が難しい。
 しかしキャムは一早く不信な要素を嗅ぎ取っていた。
 もっと徹底的にキャムの話を聞いておくべきだった。
 それなのに仕事が終われば、関係ないなどと言い切ってしまった自分が許せなかった。
 知らずと、腹いせに男の胸倉を強く締め上げてしまう。
 男は苦しみの声をあげ、「助けてくれ」と懇願している。
 そのとき、殺しかねない自分の感情にはっとしてクレートは手を離した。
 咳き込む男の事など無視をして、クレートはジュドーのいるボックス席へと向かった。
 そこにいたものは逃げるように道を明けていた。

 普通の一般席とは違うボックス席は上の階に位置して、それぞれがホテルの部屋のようにドアがついていた。
 ジュドーがいる部屋の前にきて、がっしりとした分厚いドアを開けると、派手な音が急に飛び込んでくる。
 アイシャの歌が始まっていた。
 部屋の中はキッチンとカウンターがついており、レストランのバーのようだった。
 コンサートはその部屋の向こう側がバルコニーのようになり、そこには観客席が設けられていた。
 皆、グラスを片手にカウンターの周りで出された料理をつまみながら飲んでいた。
 クローバーだけが、バルコニーで鑑賞している。
「クレートやっと来たのか。あれ? キャムはどうしたの?」
 マイキーが暢気に聞くも、クレートの表情の厳しさですぐに感知して自分の表情も強張っていた。
「おい、なんかあったのか」
 ジッロがすぐに不穏な空気を感じ取った。
「キャムが誘拐された」
 ジッロとマイキーが「嘘だろ」と叫ぶ。
 その声はアイシャの音楽で溶け込んでいたが、クローバーは異常を聞き分け振り返った。
「一体、何があったんだ」
 ジュドーがクレートに近づく。
 クローバーも側に寄って来ていた。
 皆が集まったところで、クレートは一部始終を説明した。
 その時間すらもどかしいと落ち着かず、いつもの冷静さがなくなっていた。
 クローバーは女性の姿でサングラスとマスクをしていて表情など元からない状態であるが、クレートから視線を外さないで食い入るようにみている様子から、相当動揺しているのが伝わってくる。
 歓声と拍手でにぎわっているコンサートとは対照的に、その一角だけは苦い顔つきで悪態をついていた。
 ジッロとマイキーが我を忘れそうに怒り狂っていた。
 クレートも落ち着けと命令できる立場でなく、自分自身の感情を押さえつけることも難しい。
「ジュドー、頼みがある。ネゴット社の社長と話をしてほしい。地位が高いあんたならきっと連絡がとれるだろう」
「しかしだがね、取引に関係しているとあっさりと認めるだろうか。もし認めたとしても、誘拐組織と連絡がつくのかね」
「他にどうすれば、居場所をつきとめられるんだ」
 クレートも必死で叫ぶことしかできなかった。
「分かった。とにかく、ネゴット社の社長と接触してみよう。しかし、その間にもし宇宙船に乗せられてこのコロニーを出てたらどうする」
 クレートはハッとした。
 簡単な事に気がつかなかった。
 宇宙船が集まるスペースポート。
 そこへ連れて行かれることは一番の可能性としてありえる。
「とにかくだ。このコロニー内の全てのスペースポートを探るんだ。ここには一般の宇宙船を向かえるだけの場所じゃなく、他にも小さい出入り口がある。そこも当たってみることだ。車とこの辺に詳しい運転手を手配しよう」
 ジュドーはすぐに給仕に車を手配する事を命令した。
「君のテレカードの番号を教えてくれ」
 クレートはジュドーに言われるままカードを取り出し、番号交換をする。
「とにかく、その給仕が車を用意してくれる。早く行け。わしも出来る限りの事をする。何かわかったらすぐに連絡を入れる」
 ジュドーは取り乱したクレートの代わりに指揮っていた。
 クレートは頷くだけで精一杯だった。
 そして給仕の後をつけて、その場を去って行く。
 ジッロ、マイキー、クローバーも黙ってついていった。
 ジュドーだけが一人取り残され、部屋はアイシャの歌声と人々の歓声が交じり合って響いていた。
 カウンターのスツールに座り、グラスを手に取った。
 そしてそれを一気に飲み干し、テレカードをいじって見つめていた。
「このわしが、ネゴット社に頼みごとをするために電話をするだと」
 鼻白んだ笑みが口元から漏れていた。
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