第六章 危険な展開
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市場の物流の拠点として物資が集まる巨大倉庫が構え、その脇のスペースポートには多種の宇宙船が停泊している。
一般車が入れないためクレートは入り口で素早く車から降り、一目散に中へ入って行く。
マグダルを一人車に残し、残りの皆も後に続いた。
一日の移り変わりの変化を出す人工灯は、夕方に近い柔らかな光を出して、業務が終わったスペースポートをさらにひっそりとさせていた。
ここでの業務は、朝早いうちに取引が行われるために、殆どの運搬船はすでに去っていたり、また、ポツリポツリとまばらに残っている宇宙船も業務を終えて帰り支度に入っている。
クレートがこちらのポートを先に選んだのは、混雑が少なく、積荷が降ろされ貨物スペースの空きがある船を想定し、そこを狙って、船に乗り込ませる可能性が高いと判断してのことだった。
全くの勘ではあるが、その時キャムの顔が浮かび、クレートは思いのままに従った。
ポート内をチェックし、飛び立とうとする船はないか目を光らす。
しかし、生身の人間がこのポートを走りながら調べるには限度があった。
「手分けをした方がいい。私はクローバーとこっちを見る、ジッロとマイキーはあっちを見てくれ」
それぞれバラバラになっては、手当たり次第に船を確かめていた。
──キャム、頼む、無事でいてくれ。
クレートは祈る思いだった。
エンジンが掛かった船を見つけたとき、クレートは尽かさず走り寄った。
前を立ちはだかって妨害すれば、怒号が聞こえた。
なんとか説明して、事情を話したが、誘拐にかかわっていると思われるだけでも気分を害し、それでもクレートは怪しいと思えば強引に船に進入していく。
だが、まだ手掛かりが掴めなかった。
確認後は、露骨に迷惑だといわんばかりに蔑んで見られ、クレートは丁寧に謝辞を示すしかなかった。
気にしてはいられないと、我が身を顧みず、さらに船を調べていった。
その時クローバーが声を上げた。
「クレートあそこ見て下さい。子供が二人歩いてます」
クレートは、はっとしてすぐにそこへ走って駆け寄った。
「君たち、ここで何してるんだ」
「何してるって言われてもな」
ロビンがどう説明したものかと困った顔で隣に居たカナリーに助けを求めていた。
「突然すまない。君たちぐらいの背格好の男の子を捜しているんだ。派手な色のチェックのスーツを着てるんだけど、見なかったかい?」
「あっ、それってキャムのこと?」
ロビンが答えた。
手ごたえがあったとばかりにクレートの気持ちが高まる。
「そうだ、キャムだ。彼はどこにいる」
「あっちのごみ処理場所の方だよ。早く行かないと、船に乗せられて売り飛ばされちゃうよ。俺たちも危うくそうなりかけたけど、助かったんだ」
クレートにはその理由がすぐに理解できた。
「ありがとう」
礼を言うや否や、クレートは一目散に走っていった。
その後をクローバーも追う。
「あの人、間に合うかな」
カナリーが走って行くクレートの後ろ姿を見てつぶやいた。
前方を見ればゴミ処理施設の側でエンジンが作動している船が停泊していることに気がついた。
あれに間違いないと思ったとき、自分の名前を呼ばれるのを聞いた。
「確かに今、私の名前が聞こえた。キャムだ、キャムが助けを求めている」
クレートは全速力で走るも限界があった。
「クレート、私に乗って」
ふと隣を見ればシルバーに光り輝く馬が走っている。
「クローバー!」
馬に扮したクローバーは乗りやすいように少し低く体を屈め、クレートは迷わずその背中に飛び乗った。
そして、宇宙船に近づいたとき、まさにキャムが宇宙船の入り口に続くタラップの上で引きずられているところだった。
「キャム!」
クレートが叫んだ。
振り返れば、クレートが馬に乗って助けに来ている。
その光景は夕日に照らされ、まるで映画のシーンを見てるようだった。
「クレート!」
泣きながら叫び、キャムは最後まで諦めず、必死にタラップの手すりにしがみつき踏ん張った。
「コイツ、生意気な」
乱杭歯男は、突然の邪魔に焦りを感じ、キャムをボコボコに叩いては、苛立ちをぶつけていた。
「キャムを放すんだ!」
馬を飛び降り、タラップめがけて突っ走る。
軽々とステップを登って、すぐさま乱杭歯男を蹴り上げる足が伸びた。
しかし、乱杭歯の体に当たるも、ダメージを与えるものではなかった。
上にいる分、乱杭歯男の方が戦闘体制に有利で攻撃しやすかった。
ただ応戦するためにキャムを掴んでいた手が離れた。
その隙を見逃さず、クレートはキャムを片手で抱きかかえて、乱杭歯男から離した。
「キャム、早くクローバーのところへいけ」
キャムはクレートが心配になりながらも、階段を駆け下りた。
馬から元の姿に戻っていたクローバーはキャムが走り寄ってきたところを力一杯抱擁した。
そしてキャムの手錠をはずしてやった。
これで一安心というとき、タラップの上で、クレートと乱杭歯男が格闘しているのを見てキャムの緊張はまだ解けなかった。
クレートは怒りから、許すことが出来ずに思いっきり殴る蹴るの動作を繰り返す。
乱杭歯男とクレートは狭い階段の上でもみ合うも、いざというときのために戦闘技術をつけていたクレートの方が断然強かった。
最後は腕をねじ上げ、有無を言わさずに乱杭歯男を階段の上にうつぶせにさせて押さえつけて動きを封じ込めた。
「いてててて。離せよ。俺が一体何をしたんだよ。ただ命令に従ってるだけじゃないか」
「その命令というのが、子供を誘拐することか。一体誰からの命令だ」
「そんなのあんたには関係ない。この宇宙では、弱肉強食そのものだ。そのルールを知らないあんたが無知なだけさ」
クレートは最後に思いっきり背中に蹴りを食わせた。
乱杭歯の男は咳き込んで、苦しそうにしていた。
その時、男の胸の辺りから音楽が流れ出した。
その音楽はどこか聞いた事があるようなメロディだった。
音楽を滅多に聴かないクレートにとってその曲を聞いた事があると思うのは不思議だったが、ふとコンサートでチラッとだけ聴いたアイシャの曲だと気がつく。
「電話が掛かってきてんだよ。もういいだろ。勝負はあんたの勝ちなんだから」
抵抗する気力がないと体の力を抜き、クレートは押さえつけていた手を離した。
乱杭歯男は体を起こして階段に座り、服の下から通信器具らしきものを取り出し会話を始める。
何かを言われ、不服になりながら最後は「はい。分かりました」と静かに応答し、その後は切れたようだった。
「安心しな、もうそいつには用はない。その少年も触れちゃいけない一件だったんだと。もっと早く言えよ、クソ。これじゃなぐられ損だ」
乱杭歯の男は顔を歪ませながら立ち上がった。
「誰からの電話だったんだ」
「そんなのあんたには関係ない」
その時乱杭歯男の足が上がって、最後の腹いせにクレートの顎を蹴り上げた。
クレートはキャムを救った安堵から油断しており、見事に食らってしまってよろめいて階段を踏み外してしまった。
「クレート!」
キャムは咄嗟に叫んでいた。
クレートは階段を転がって、大怪我をすると心配したのも束の間、いち早くクローバーの手が伸びてクレートを支えていた。
クレートはそのままクローバーの延びた手で抱えられて地面に降ろされた。
「けっ、アクアロイドを持ってるのかよ。お前こそネオアースの回しもんかよ」
やけにその言葉がクレートの耳についた。
乱杭歯男は「くそっ!」と唾を吐いてそして宇宙船に乗り込んでいった。
最後に振り向き、キャムに向かって叫んだ。
「今度捕まえたら、必ず売り飛ばしてやるからな。覚えておけよ」
最後の足掻きの脅しだったが、キャムも負けてなかった。
「その時は、容赦なく銃を打ち込んでやる!」
乱杭歯男は嫌味ったらしく笑って宇宙船の中に姿を消した。
そしてその宇宙船は何事もなかったようにどこかへと行ってしまった。
キャムは腹が立って仕方がなかったが、クレートが目の前にいるだけで、もうそれでよくなった。
クレートの側に走りより、そして抱きついて泣きじゃくっていた。
クレートは一瞬自分の両手の処理に困るも、一テンポ置いてからキャムの頭をくしゃっと撫ぜ、無事だったことにほっとしていた。
辺りは段々と薄暗くなっていき、偽の夜が広がっていた。