第六章


「キャム、怪我はないか」
 クレートのその声で、キャムは正気に戻り、はっとしてクレートから離れた。
 安心した後に感情が解放されて、クレートになりふり構わず抱きついてしまったことが、この時恥ずかしくなってくる。
 顔が赤くなってしまうも、夜という暗さで多少のカムフラージュとなったことが救いだった。
「はい、大丈夫です。クレートもお怪我ありませんか?」
「大丈夫だ」
 薄暗くなった中でも、クレートの微笑みはキャムの瞳にはっきりと映りこむ。
 恐怖にかられた誘拐ではあったが、このひと時で全てが帳消しになるほど、キャムは幸せだと思った。
「キャムが見つかった事を、ジッロやマイキーたちに教えてやらないと」
 クレートが歩き始めると、キャムもクローバーに支えられながら歩き出す。
 暫くして、黒い二つの影が猛スピードで走り寄ってくるのが見えた。
「キャム!」
 ジッロとマイキーの叫ぶ声がする。
 キャムが無事だと知ると、二人は歓喜して、キャムの頭や体を触り捲くっていた。
「もう心配して大変だったんだぜ」
 背中をパンパンと叩いてジッロが喜んでいた。
「冗談じゃないよ。ほんとここは危険が一杯だ。無事でよかったよ」
 マイキーが頭を何度も撫ぜていた。
 本当はどちらも抱きしめたい思いがあったが、まだどこかで自制している。
 その気持ちの裏に、自分が男なのにキャムを好きになるという困惑がどうしても拭いきれないでいた。
 キャムが本当は女の子である事を知らない二人には、男に興味を持ってしまった自分が、すんなりと受け入れられるものではなかった。
「心配かけてごめんなさい」
 キャムは改めてみんなの前で謝った。
「謝ることはない。全ては子供を誘拐する組織があるのが悪いだけだ。どれほどの子供が犠牲になってるかを考えると、あの男やその命令を下す奴らが許せない」
 クレートの怒りはもっともだった。
 キャムも同じように感じ、力を持つ者の前ではどうすることもできない理不尽さに再び激怒してしまう。
 その中で立ち向かう人たちもいると、ロビンとカナリーの話をして、あの荷物の送り主の事を持ち出した。
 あの子供達を助けようとしている部分は美談ではあるが、クレートが自分達が運んできたものがムーンダストという人間を滅ぼしてしまう麻薬と伝えると、結局は脅迫で利用され全ての解決にはならないと煮え切らない感情が残った。
 ロビンとカナリーが難を逃れたときに、首の辺りに機械を通されたこと。
 それで契約者だと言った意味。
 それらはチップを入れることで監視し、取引で安全が保障されている意味だったが、それは永遠に保障されているようには感じなかった。
 何かを常に捧げて、その都度契約が更新されて行く。
 そうじゃなければ、『金づるの元』という表現はされなかっただろう。
 キャムはどうすることも出来ない思いを抱いて、体を強張らせていた。
「悪循環だ。強い力に支配されたものが、一つの事を解決しようとすれば、どこかで何かのバランスが崩れて行く。しかし一度そのサイクルに取り入れられたら、自分のことだけで精一杯になり、後がどうなろうと目を瞑るしかない」
 ジッロが静かに言った。
「この宇宙は力を持つものだけが笑って暮らせるのさ。全てはネオアースを支配したエイリー族のせいさ。あんなのが来なければ、俺たちはきっと今頃地球で楽しくぬくぬくと暮らせてたはずだ。奴らが憎いぜ」
 マイキーも怒りを露にする。
「エイリー族?」
 キャムが首を傾げていた。
「ああ、ネオアースがまだ地球と呼ばれていた頃、異星人がやってきたのさ。それがエイリー族。あいつらの文明は地球の遥か上を越えていた。そのお陰で高度 な色んな技術を手に入れたものの、それは裏目に出て、結局人類は宇宙へ追いやられるきっかけを作ってしまったってことさ。上手い具合に乗せられて宇宙開発 が盛んになったとき、地球はエイリー族が乗っ取っていた。そして宇宙に出てしまった人間が締め出され戻れなくなってしまった」
 悲しい目をしながらジッロは語っていた。
「だけどさ、エイリー族を知らないって、キャム、どんだけ閉鎖なところで育ってたんだよ」
 マイキーに指摘され、キャムは困ってしまった。
「あの、僕、物心ついたときはカザキ博士とシロしかいなくて、時々、知らない人たちが食料や物資を運んで来てましたけどあまり外のこと知りませんでした」
「でもさ、カザキ博士はネオアースのなんかお偉いさんだったんだろ。それじゃエイリー族との交流はあったはず。何も話はしなかったの?」
「知らなければならない、最低限の教育は直接カザキ博士が教えてくれました。一般的な教養としてネオアースのことは聞いてますが、地球がエイリー族に乗っ取られたとかは言ってませんでした。博士はワンダラーと言っては宇宙からの放浪者という表現を使ってました」
「ワンダラー? 所変われば、名前も変わってくるのかもしれねぇが、元々エイリー族もエイリアンをもじったところからできたらしいからな。名前なんてどうでもいいさ。とにかく敵には間違いない」
 ジッロの言葉は重々しく聞こえた。
「敵……」
「こんな宇宙を作った張本人なだけに、俺たちにはそうとしか思えねぇんだ。キャムだってこんな酷い目にあったんだ。益々ゆるせねぇよ」
「そうだそうだ」
 ジッロとマイキーのネオアースに対しての思いは憎しみで膨れ上がって行く。
 キャムもこんな目にあっただけに、その気持ちは分かるのだが、カザキ博士から聞いた話とどこかかみ合わないところに違和感を抱いていた。
「話がどんどん膨れ上がって、矛先がずれてきてるようだぞ。キャムが無事に見つかったことで今日のところはよしとしよう。ジュドーにも連絡いれないと、折角コンサートに招待してもらっておきながらこんなことになってしまって、とても申し訳ない」
 クレートは少し離れ、テレカードを出してジュドーに連絡し出した。
「折角、お洒落したのに、俺たちなんでこうなっちゃうんだろうな。昨日も一騒動だったしさ」
「ジッロ、おい」
 マイキーに指摘されてジッロははっとした。
 前日の一騒動も自分のせいだったと、キャムは恐縮して縮こまっている。
「キャム、違う違う。昨日はマイキーが悪かったんだ。変なこと企んでたから」
「なんで俺なんだよ。ジッロがストレートに言うから引き起こしただけじゃないか」
「そのきっかけを作ったのはマイキーだろうが」
「俺だけのせいにはこの場合できないよ」
 二人はどこまでも平行線を辿っていた。
「よさないか」
 電話を切ったクレートが二人を制止した。
「全ては済んだことだ。これ以上蒸し返すな。とにかく船に戻るぞ」
「ジュドーはなんていってたんだよ」
 ジッロが聞いた。
「キャムが無事に見つかった事を喜んでいた。自分のせいで引き起こした事を謝っていたよ。キャムには借りがあるのでいつかそれを返したいが、この後はすぐに月に戻るらしく、充分に礼が出来ないことを悔やんでた。そのかわり月に来たときは必ず連絡をくれとのことだった」
「そっか、まあ、ああいう大物と知り合ったことは収穫だったんじゃないの? それはキャムのお陰ってところかな」
 マイキーは優しくキャムの肩を抱きしめていた。
 ジッロはそれを見て、なんだかもやもやしてしまう。
「まあ、月の歌姫とも知り合いになれたんだ。この先きっと何かの役に立つだろう。月だけにツキが回ってくる。キャムはやっぱり幸運をもたらすってことだぜ」
 ジッロも負けじと、キャムの頭に手をかけて自分に持たせかけるように引き寄せていた。
 自分の側にいたのにジッロに横取りされた気持ちになってマイキーはムッとしてしまった。
 それでも二人は、やはりどこかで何かがひっかかり、自分の気持ちを素直に認められない。
 その後は誤魔化すようにガハハハとわざとらしく笑い、その反動でキャムの頭や肩を軽い気持ちで叩いていた。
「あの、ちょっと痛いです」
 キャムが首をすくめて身構えていると、クローバーがジッロとマイキーの首根っこを掴んで持ち上げた。
「これ以上キャムを虐めると放りなげますよ」
「おい、待ってくれよ。誤解だぜ」
「ひえぇ、そんなんじゃないんだってば」
 その間にキャムは先を歩いていたクレートの側に寄った。
「クレート、助けてくれてありがとう。お礼いうのまだだったから」
「当たり前のことをしたまでだ。礼など及ばぬ。キャムを守るのは私の義務だ」
 少しつれないが、クレートに守られているという事がどれほど心強く嬉しいことか、キャムにはそれだけで充分だった。
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