第七章
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クレートに逃げろと指示されたマイキーは、助けたい気持ちを抑えて船を飛ばしていた。
その間、キャムが泣きじゃくって取り乱し、挙句の果てにマイキーの操縦桿を奪いにきたときは、操縦室は修羅場だった。
「クレートを助けに行くんです。このままじゃクレートが殺されてしまう」
「おい、キャム、落ち着いて。そこは触っちゃだめ。おい、ジッロ、キャムを押さえてくれ」
「もうやってるよ。キャム、ほら落ち着け」
「お願い、戻って、戻って! クレート!」
そのとき、クローバーがキャムの頬を叩いた。
パチンと音が鳴ったとき、ジッロもマイキーも驚いて動きが止まる。
一番驚いたのはキャムだった。
殴られた頬が次第に赤くなっては時が止まったように静止していた。
「おいおい、クローバー、何も叩かなくても」
「何言ってるんですが、これはジッロもよくやることじゃないですか」
「俺は直接頬はぶたないぜ。愛情表現としてだな、頭をペチッとするくらいだ」
「俺しーらないっと」
マイキーはとにかく今のうちにと操縦に専念した。
「キャム、なぜわからないんですか。クレートの事を信じなさい。あなたが取り乱せば、皆が困るのです。それは恥ずかしいことですよ」
クローバーの言葉が心に届くからこそ、キャムは大声で泣き出した。
「おいおい、キャム、泣くなよ。クローバー、キャムだって辛いことだらけなんだ。気持ちを汲んでやれよ」
「ジッロ、甘やかすことと慰めることはまた違います。この場合キャムは規律を乱したんです。キャプテンであるクレートの命令を聞けなかった。そして任務を遂行しているマイキーやジッロの邪魔をした」
突然厳しくなったクローバーに、ジッロもマイキーも面食らっていた。
アクアロイドは主人に忠実で常に仕えるというイメージだっただけに、クローバーは完全に指導する立場になっていた。
キャムの泣き方は、泣きすぎて横隔膜に入り込んでヒックヒックと体を震わせていた。
「ご、ごめんな、さい」
話すのも苦しそうに、何度も余計なところで弾けて飛び飛びな言い方だった。
「いえ、私こそいきなり叩いて申し訳ございませんでした。あの場合ああするしか、それ以外あなたを落ち着かせることができなかった」
「ううん、僕が悪いのは百も承知。でもクレートが危ない目にあってると思うと」
また涙を流して泣き出してしまった。
ジッロもマイキーも、もしこれが自分の身に起こった事だったら、キャムはこんなにも泣いてくれるのだろうかと少し考えてしまう。
「キャム、クレートは強い男だ。あいつなら必ず上手く切り抜ける。この俺が保障するぜ」
「ジッロの言う通りだ。クレートは必ず戻ってくる。信じて待っていよう」
ジッロとマイキーが笑顔を見せることで、キャムは勇気付けられる。
自分も信じれば、きっと思いは届く。
スペーススーツのジッパーをさげ、中から四葉のクローバーのペンダントを取り出し、キャムはそれを掌で包み込んで強く願った。
──クレートが無事でありますように。どうかお守り下さい。
その時の願いは本当に通じていたのかもしれない。
結局のところ、四葉のクローバーというキーワードはスペースウルフ艦隊のシドにも影響をもたらし、クレートとも繋がりを見せる結果となった。
何かの力が働くと言う点では、四葉のクローバーはまさに幸運のアイテムに相応しい。
そして、その後ヤキモキしながら、落ち着かぬ時間が流れ、誰しも重い空気で息苦しさが続いたが、クレートから連絡が入ったときは、皆割れんばかりの声で叫んでいた。
「クレート、位置を示してくれ。すぐに迎えに行く」
マイキーはうずうずしていた。
「そ、それなんだが、ちょっとまずいことになった」
「どうした。計器の故障か?」
ジッロが不安げになると、キャムも連鎖して顔を強張らす。
「幸い小型機は故障していない」
「だったらどうしたんだよ? もしかして怪我したのか」
キャムの顔色がまた変わって行く。
「いたって健康で、どこも怪我はしていない」
「ちょっと、だったらなんなのよ。さっきから聞いてたら、もどかしい。もうこれ以上俺達を心配させないでくれ、禿げるかと思うくらい俺たち心配したんだからさ。早く場所知らせて。もうエンジン噴かしてるよ」
クレートが黙り込んだ。
「クレートどうしたんですか? 何がまずいことなんですか?」
キャムの声が震えていた。
「それが、海賊が」
「まさか、海賊に追われてるのか」
ジッロが叫ぶと、皆、声にならない悲鳴を上げそうになっていた。
「いや、懐かれた」
「えっ?」
だれもが、疑問符を沢山頭につけていた。