第七章


「シド艦長、私は納得がいきません。あれだけ調査して、やっと海賊たちを捕まえたと思ったら、訳の分からないデリバリーの男に丸め込まれて、釈放するなんて、一体どうされたんですか。あなたらしくない」
 個人的に話し合いたいと申し出たガースは、シドのプライベートルームで対峙していた。
 安楽椅子に深く腰を落とし、片手で頬杖をつくようにやや崩れてシドはガースの言い分を座って聞いていた。
「私らしくないとはどういうことだ」
「シド艦長は、スペースウルフ艦隊の頂点に立つお方。そのお方が部外者の話で影響されるなんて、独立国家を築き上げたお方のすることではございません。 我々は独自の法律の下で規律を守り、それを厳守するからこそ成り立っているのです。あれは例外を作ってしまいました。部下達にも示しがつきません。この 先、必ず誰かが盲点をついて、それが脅威的になるとも限りません」
「ガースの言いたいことは分からないでもない。しかし、規則ばかりを固持しても肝心な事を見失いがちにもなる。もしそのとき間違いだったと後から気がつい て取り返しのつかないことになるよりかは、まだやり直しができる段階で留めておく方が、後に有利になるとは思わないかね」
「そ、それは、そういうこともあるかもしれませんが」
「だったら、それが今日の出来事だったってことで収まらないだろうか」
「しかしですね、それではその調査をしてきたものが納得いかないのではないでしょうか。あの海賊達がコロニーを破壊したのは揺るぎもない真実ですから」
「それはガース自身が思っていることかね」
「もちろん、私もですが、この調査にかかわった全ての者もそうです」
「そうか、それはすまなかった。それではこの調査にかかわった全てのものに伝えてくれ。特別休暇を与えると」
「艦長、そういう問題では」
「だったらどうすればいい。私の中ではもうこの問題は済んだことになっている。私にはあのクレートという男に何かを感じたんだ。あの男の判断は正しいと確信できるほどの何かが私の心に現れたんだ」
 これ以上何を話しても無理だった。
 シドが遠い目になり、心ここにあらずだった。
 ガースは腹に溜まったものを抱えながらそれ以上反論するのをやめた。
「わかりました。私も少し出すぎた真似をしたようです。申し訳ございません」
「いや、ガースには何も責任はない。こちらこそすまなかった。私の一存でよく働いてくれた。心より礼を言う」
 ガースは礼をして下がって行く。
 心の中では、やはり納得いかずにシドに対して腹が立つのと、折角苦労して捕まえた海賊を釈放したことにまだわだかまりを持っていた。
 そして何より、部外者でありながら不遜な態度のクレートが一番許せなかった。
 ガースのどこかでアラーム音が鳴り響く。
 不穏な胸騒ぎがしていた。

 再び、デブリなどのジャンクが広がるコロニー付近にやってきたとき、一同の身が引き締まった。
 いち早くクローバーは通信信号を送り、あの依頼主だった男と連絡が取れるように段取りを図っていた。
「クレート、繋がりました」
 その言葉でキャムはぐっと体に力を入れた。
 クレートは話があると伝えるも、契約が終わっている以上、何の用事もないと突っぱねられた。
 仕事も無事に終わっているだけに、その働き振りには謝辞を表明されたが、もうかかわりを持ちたくない面倒くさそうな気持ちが声から伝わってくる。
 そのやりとりがもどかしく、キャムはつい声をはりあげてしまった。
「おじさん! 伝えたい事があるの。チッキィのことで」
 その時、突然声を詰まらせたような沈黙が数秒続き、そしてゆっくりとコロニーのゲートが開かれた。
 クレート達の船がそこへ向かうと、後ろからついてきていた海賊達の船も一緒に入って行った。
 外からやってくる船の為に作られた格納庫に停泊すると、あの男がすぐに現れた。
 真っ先にキャムは走りより、その男と向かい合った。
 クローバーだけは海賊と顔を合わすことを嫌がって船に残り、残りは船から降りるも、控えめに後で固まって見守っていた。
「おじさん」
 キャムが親しみをこめた言い方をするので、男は雰囲気に飲み込まれないように姿勢を正した。
「わしにはカラクという名前がある」
「カラクさん、僕…… 全て分かったような気がします」
 キャムは鳥笛を掌に乗せそれを見せた。
「これで偶然チッキィと一緒に遊びました。チッキィは小さい頃お父さんと遊んだっていいながら、鳥と会話するところを見せてくれました。その後、ロビンとカナリーにも会う機会がありました」
 カラクは核心に迫って行くキャムの話に落ち着きをなくしていた。
「あの荷物がムーンダストということも分かりました」
 カラクはここで大きくため息をついた。
「そしてわしを責めにまた戻ってきたということか」
「いいえ、違います。僕はこの鳥笛を返しにきただけです。最後にチッキィが触れ、遊んだものです」
「最後に?」
 キャムは声を震わしながら、チッキィの事を伝えていた。
 カラクの目にも薄っすらと涙が浮かぶのが見えた。
 キャムが差し出した鳥笛を手にして、放心状態で遠い目をしていた。
「僕、カラクさんがやってること間違ってるって思いません。僕も多分同じ事をしたと思うから」
「だが、褒められたことでもないだろ。わし自身、何をやってるかわかってないんだから。ただあの子達を救いたかった。弱いものは強いものに飲み込まれてしまう。かつては自分も強いものになろうとしたが、その競争に負けてしまった」
「でもネゴット社とはお友達じゃないんですか?」
「それは違うんだ。セカンドアースであの娯楽街の建設を構想したのはわしだ」
 この話には聞いてたもの全てが驚いた。
「本来ならわしがネゴット社のような地位におってもおかしくなかった。だが、ネオアースに屈したくない思いから、なんとか独立した大きな力を得たくて各コ ロニーの支持を集めようとしたとき、ネゴットの奴が裏切ってネオアース側についてしまった。それからわしは転落の末路という訳だ。ネオアースに媚を売るネ ゴット社が大きくなるに連れて、セカンドアースは堕落してあのような悲しい子供達を作ってしまった。表上は発展しているため人々は集まってくるも、裏では 犯罪が蔓延る悪循環の街となってしまった。わしも追いやられて二度と力を持たないようにと、公にはできない仕事に係わらせ、その見返りに子供達を守るとい う弱みを握られた」
「じゃあ、ネゴット社って悪者なの?」
「あいつらは非常にずる賢くて、自分達の顔に泥を塗らない程度にいい面を見せているのさ。一応わしとの契約はあるにしろ、それはビジネスライクなだけであ り、現状をよくしようとかは一切考えてはいない。子供たちも金づるとしか思ってない。チッキィのことにしても、あの子は心臓が弱く長生きはしないことは分 かっていたが、ネゴット社が病院の費用を快く出したのも、それ以上に価値があると思ったからだ」
「まさか……」
「そのまさかさ。臓器提供者としてすでに確保されてたということさ。しかしそれは割り切るしかない。死ぬ間際までは手厚く世話をされていたはずだから」
 この話を聞けば全てが腑に落ちた。
 それでもキャムはどうすることもできない思いでわなわなと震えていた。
 そのとき後から誰かが吼えた。
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