第八章 崩れる土台


 周りがはっきりと見えない薄暗い中、淡い光に照らされている広場は、ぼやっとしては異空間のように浮き上がっている。
 人々が集まるこの場所に居る限り、危険性はないと思い込み、ジッロとマイキーも周りに寄ってきた女性たちと適当に会話していた。
 女性と会話することで、どこかキャムを好きでいる気持ちがもしかしたら間違いなのではと確かめるような気持ちもあった。
 目の前に居る女性たちは、明らかに目標をもって自分達に近づいてきている。
 どこかで男の本能を試していた。
 目の前の女性たちの濃い化粧が、ぼんやりとした光の中ではちょうどいいくらいに、顔立ちがはっきりと見える。
 それは雑誌のグラビアを飾るモデルや映画の中の女優としての美を感じるが、どんなに奇麗な色や形を整えて塗りたくっていても、それは不自然で心から美しいとはそそられなかった。
 ほんの数日前なら、また感じ方も違ったかもしれないが、キャムの素朴なかわいらしさの魅力が心に現れると醒めてしまっていた。
「マイキー、チャンスじゃねぇのか。ここではなんか俺たちモテてるぞ」
「じゃ、ジッロが誘いに乗れば? 俺はこういうの好みじゃないんだ」
「何を言ってる。あんなに求めてたくせに」
 二人は小声で話し合う。
「ちょっと、坊やたち、何をこそこそ話してんのよ。もしかして誰がいいか選べないとかいってんの? それだったら別に複数同時でもいいのよ」
 特に化粧がけばく、年もとっているようなおばさんが、赤く塗りたくった口をわざと突き出して色気を強調してくる。
 自分達が求めているものはこんなものじゃないと、ジッロとマイキーは一気に興ざめしていた。
「すまねぇが、俺たち興味ないんだ」
 ジッロが拒絶すると、女達はぶすっと膨れ上がった。
「なんなのよ。あんたたち男専門の方? それなら早く言ってよね」
 気分を害して、女性たちはどこかへと散らばっていった。
 ジッロとマイキーの頭の中で『男専門』という言葉がぐるぐるしている。
 二人とも暫く放心状態でその場で立ちすくんでいた。
 はっと気がついたとき、お互い見合わせてしまったが、意味もなく笑っては、ジョッキに残っていた酒をぐっと同時に飲み干した。
 自分自身どう説明つけていいのか分からず困惑しているだけに、男が男を好きになるというシチュエーションにはとても敏感だった。
 だが何も言えずに女達にいわれた言葉はなかったことにした。
「なんか暑くなってきたぜ」
「もしかして、ジッロ、酔ったんじゃないの?」
「疲れてきたし、そろそろ帰って寝ようか」
「そうだね。ところで、キャムは?」
 さっきまですぐ後に居たと思っていたが、振り返ればいないことに慌ててしまった。
「あんなところに居る」
 マイキーが指をさすと、キャムが男の手を持って引っ張ってどこかに連れて行こうとしていた。
 見間違えたかと思っては、何度も目を凝らして状況を確認しようとする。
 しかし何度見ても、キャムが男の手を引いて歩いていた。

 キャムは最初アレクに引っ張られてふらつきながら歩いていたが、急に気持ちが大きくなっていつもと違う大胆さが突如現れた。
「ちょっと待って下さい。僕はもう恥ずかしがっては居られません。ここははっきり、自分で調べないと。ちょっとついてきて下さい」
 キャムの態度がいきなり変わったことで、アレクは圧倒された。
 それが却って面白みに繋がり、小柄な少年にリードされるのも違ったパターンで悪くないとキャムの思うようにさせた。
「いいよ、君に任せても」
「はい!」
 キャム自身何をやっているかわかっていない。
 お酒の勢いに操られて、普段と違う感情に流されてしまっている。
 クレートがあの老人の男と一緒にどこかへ行ってしまったショックが引き金となって、自分の感情が露になってしまった。
 しかし一人では心細いために、側にいたアレクをお供にしてしまい、アレクもまた興味津々とされるがままを楽しんでいる。
 二人の間には全く違った理由で共にするという『勘違い』で動いてた。
 キャムが大胆にアレクの手を引いて歩く姿を、またジッロとマイキーが勘違いして驚いている。
 薄明かりの灯るこの暗い空間はそれぞれの感情が渦巻いて何一つ結びついていなかった。
 
 老人はいくつも部屋があるアパートのような白い建物のドアを開け、クレートを誘い入れていた。
 キャムはそれを見てさらにショックを受け、アレクの手を強引に引っ張って指図してしまう。
「もう少し早く歩いて下さい」
「中々大胆だね、君は」
 アレクは愉快だとばかりに笑っていた。

 またその後をジッロとマイキーがつけていた。
 キャムに気を取られていて、クレートが先を歩いていたことを知らずにいる。
「一体キャムはあの男と何をしてるんだろう」
 マイキーが言った。
「あれだけ強く手を引っ張ってるなんて、余程あの男を気に入ってるってことじゃないのか」
 ジッロが不安げになっていた。
「悪い冗談は止めてよ。それってキャムは逞しい男が好きってことになるじゃないか」
「だけど、あの男、道端で会った奴じゃないか。キャムが『大人の男』とか言ってなかったか?」
「キャムってか弱い、華奢な少年だけに、ああいう男が好きなのかな」
「ええ、なんか倒錯してないか。でもアレだな、そのまあ、そういうのは性癖だしな」
 それぞれの言葉の裏には、キャムが男に興味を持っていれば、まだどこかで自分の恋が報われるような喜びも混じっていた。
 しかし、キャムが手を引いている男は自分じゃないと思うと、嫉妬してしまう。
 その嫉妬も、やはりどうしても手に負えない倒錯した世界に感じて二人は完全に混乱していた。

 キャムとアレクが老人の入った家のドアの前に立った。
「おいおい、ここは長老のアパートの前だけど、もしかして、君は仲間の恋が気になるのかい?」
「はい!」
「なんだい、君はあの長老が誘った男が好きだったのかい?」
「はい!」
 酔った勢いとは言え、キャムは正直に言い切った。
「へぇ、そうか、わかった。君はあの男に嫉妬をさせたくて、私を利用したって訳か。君は中々の策士だね。なんかがっかりだけど、まあ、その気持ちも分からないではない。よし、ここは協力してやるよ」
「はい?」
 アレクはドアをノックした後、キャムを軽々と抱きかかえていた。
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