第八章

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 ウィゾーからの連絡は仕事の依頼だった。
 有難いことだが、すぐには受けられないために断る旨を申し出た。
「どうした、珍しいじゃないか」
「今は重要な運びがあって、そっちを優先したい。折角の申し出だが、また次回頼む」
「一体どんな仕事引き受けたんだ? もしかしてガース隊長絡みか?」
「ガース? なぜその名前が出てくる」
「我輩とした事が失態してしまった。まあ隠しても仕方がないから言うが、どうか我輩がリークしたことは内緒にしていてくれ」
 ウィゾーはガースがクレートに興味を持った事を話してやった。
 クレートは表情には出さなかったが、ガースが自分を気に入っているはずはないと思うと、それは自分に対して何かを嗅ぎまわっている証拠の何ものでもないと思えた。
「名前を覚えてもらえることは有難いもんだ」
 適当に答えて、喜ばしいフリをしていた。
「ところで、今どこへ向かってるんだ」
「月だ」
「それはすごい仕事じゃないか。クレートも中々のビジネスマンになってきたようだな。そういえば、今、月はボルトが牛耳ってるらしぞ。セカンドアースも奴の手に落ちてしまったし、この宇宙の流れが変わってきている。我輩も波に乗り遅れないようにしないと」
「ウィゾーなら絶対乗り遅れることはないだろう。色んなところにアンテナをのばしてるんだから。だが、目先のことばかり見てたら、足元すくわれるぞ。時には人を選んで仕事しろよ」
「クレートに言われるとは思ってなかった。あんたの目かみたら我輩は抜け目のない、ずる賢い人間に見えるんだろうが」
「ダークサイドだけには落ちるなってことだ」
 ウィゾーは大笑いして、そこで通信は終わったが、クレートは暫く腕を組んで考え込んでしまった。
 ガースが何か企んでいるような気がしてならない。
 しかし、自分を嗅ぎまわっている理由は何かと考えたら、あの時生意気な口をきいた報復としか考えられない。
 そんなことで噛み付いてくるガースが、スペースウルフ艦隊の重要人物の一人であり、シド艦長の傍らにいることが不思議になってくる。
 まだこの時は直接被害がないだけ、クレートは軽くあしらっていた。
 
 そしてとうとう月に降り立つ日がやってきた。
 月の管理局とのやり取りの後、書類に落ち度もなく、それは円滑に進んで月のポートに誘導されて降り立つことができた。
 マイキーは息が止まるくらいに慎重に着陸し、その隣でジッロも着陸の瞬間に歓喜した。
 クレートは相変わらずに表情を変えることはなかった。
 そしてキャムは別れの時が近づいてきた悲しみが顔に出ないように、無理に笑みを作っていた。
 月は早くから開発されているため、高層ビルが建ち並ぶ大都会ぶりだった。
「まるで機械化帝国みたいだな」
 ジッロが圧倒されていた。
「目の前の青いネオアースと橋がかかってるような錯覚がする」
 それだけとても近い場所にきたとマイキーはいいたかったようだった。
 コロニーとは違う、歴とした星に足をつけられ、地面を踏んだ気になっている。
 依頼された荷物は、すぐに博物館に届け、仕事はあっさりと片付いた。
 月に来た以上、次にやる事はジュドーと連絡をとることだった。
 ジュドーの所在地は街の中心部に位置していて、見つけるのは簡単だったが、アポイントメントがないために門前払いにされた。
 何度もキャムの名前で問い合わせて欲しいと言っても聞く耳持たず、とにかくメッセージだけでも伝えて欲しいと、連絡を取りたい人のために設置されたボイスメールに残してきた。
「なんだか厳しいね。この調子じゃ、ジュドーとまともに連絡取れても誰だっけって言われそうだよ」
 マイキーのため息交じりの言葉はありえると誰もが感じていた。
 月は冷たい光を放つ女王の異名があるが、まさに住んでいるものも相当冷たそうに思えた。
 今まで味わったことのない世知辛さがはっきりと見えるようだった。
 ジュドーに会えば、それなりの待遇があって美味しい思いができると期待していただけにジッロとマイキーはなんだかがっかりしていた。
「仕方がない。我々だけで楽しく過ごす事を考えよう」
 クレートは簡単にそういうが、周りを見れば自分達が入り込めそうな庶民的なところがない。
「でもさ、やっぱり高級リゾートだわ。どこも半端なく一流だし、そんなところではやっぱり泊まれないぜ。貧乏人は辛いぜ」
「ジッロ、情けないこというなよ。月に降り立ってるだけでもすごいことなんだぜ。それで充分じゃないか。俺はここまで船を操縦できたことだけでもう満足さ」
「けっ、そんな小さいことで満足してどうすんだ。俺たちの目標はあっちだろ」
 指を差せば、青いネオアースが浮かんでいた。
 ジッロとマイキーが希望に燃えたキラキラした瞳で見ているのに対して、キャムは悲しいものとして映っていた。
「どうした、キャム。まだ体の具合がよくないのか」
 クレートはあの一見以来、とても優しく接してくれる。
 それは一歩キャムの心に入りこんだ近さを感じていた。
「いえ、大丈夫です」
 クレートの顔をじっと見つめていた。
 もうこの深い眼差しも見る事がないと思うと、しっかりと目に焼きつけておきたかった。
 クローバーはそれをそっと見守っていた。
 そのとき、クレートの懐から音楽が鳴り響く。
 テレカードを取り出せば、クレートがハッとしていた。
「ジュドーからだ」
 その言葉でジッロとマイキーの表情が晴れやかになっていた。
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