第八章


「月まで来てしまうなんて、なんか一歩近づいた感じだね」
 操縦桿を握りながらマイキーは体を前にだして月を眺めていた。
 ジッロがマイキーの肩を抱きしめて喜びの歌を歌いだした。
 その向こう側には青い地球が浮かんでいる。
 もう少しで手が届きそうに、自分達の思いが現実味を帯びてきたそんな喜びがそれぞれの表情に宿っていた。
 キャムはきょとんとしてみんなの顔を満遍なく見ている。
 気がつけば、クレートがキャムの側に寄ってきては、いきなり抱きかかえてきた。
 驚いている暇もなく、クレートはキャムにキスをする。
 待ってたかのような嬉しい気持ちで、すぐさまキャムはうっとりとして酔いしれてしまった。
 だが、次の瞬間、すでに場面が変わり、月面をクレートは歩いていた。
 キャムは追いかけるが、クレートは「来るな」と叫ぶ。
 そのとき閃光が走り、それは一瞬のうちにクレートの体を貫いた。
 キャムは悲鳴を上げ泣き叫んだ。
「クレート、クレート」
 何度も名前を叫んでいるうちに、いつのまにか氷に覆われた地面の上に立っている。
 その足元をみれば氷の下でクレートが静かに眠っていた。
 キャムは泣き崩れ、そしてそのとき夜が開けて太陽の光がまぶしく輝きだした。
 辺りは真っ白となっていくが、それはだんだんと辺りを飲み込んで無の世界が広がっていくように見えた。
 そこでキャムの目が見開かれる。
 目尻からはとりとめもない涙が流れていた。
 心配そうにクローバーが覗き込んでいる。
「キャム、大丈夫ですか? なんだかうなされてましたけど」
 キャムははっとして身を起こした。
「クレートは?」
「どうしたのですか? クレートなら操縦室でお仕事されてますけど」
「えっ、でもここは月なんでしょ」
「月? いえ、まだコロニーのスペースポートですが。キャムの容態が良くなるまではどこにも出発しないことになってますけど」
「僕、夢を見てたの? でもリアルすぎて、なんだか本当のことのように思えて」
 クローバーはキャムを抱擁した。
「ただの夢ですよ。かなり怖い夢を見たようですね。一体どんな夢だったのですか」
 そこで、クレートとキスした事を思い出し、キャムは真っ赤になってしまった。
 そこだけは悪夢じゃなかったと思うと、なんだか複雑だった。
「あの、その、やっぱり所詮、ただの夢でした」
「気分の方はどうですか?」
 そういわれてみて、かなりよくなってることに気がついた。
 カプセルベッドから出て、床に足をつけるとフラフラもなく、いつもの調子が戻っていた。
 皆に迷惑かけた事をあやまりに行こうとして、ドアの前に立って開いた瞬間に出ようとしてたら、どんと何かにぶつかってしまった。
 クレートも様子を見るために偶然そこに立って部屋に入ってくるところだった。
「おっと、キャム、もう大丈夫なのか」
「は、はい。あのすっかりよくなりました」
 鼻を押さえてクレートを見ると、先ほどの夢でみた事がまた思い出される。
 ものすごく複雑で、いい事と悪い事が交じり合ったクレートの夢を見たせいで、まともに顔がみれなくなってしまった。
 何かしゃべらないといけないと思いキャムは思った事を口にしてしまう。
「あの、月に行くってことないですよね」
 クレートの眉根が少しだけ動いた。
「なぜ月のことを? まだ誰にも言ってないはずだが」
「えっ、じゃあ月に行く予定があるんですか?」
「ああ、次の仕事は月の博物館への届け物だ」
 キャムの顔が青ざめて行く。
 なんだか嫌な予感がして、クレートの身に何かが起こりそうで不吉な気分になってきた。
「どうしたキャム」
「僕、その仕事、断った方がいいと思います」
「キャム、何があったんだ? なんかおかしいぞ」
「悪夢にうなされて、変な夢をみたんですよ。多分、二日酔いと薬のせいでしょうね。良くあることです」
 クローバーが説明するも、キャムはなんだかそれで済ませられないでいた。
 しかし、クレートが予定を変更する訳がないと思うと、もうただ夢を見ただけと思うしかなかった。
「そっか、どんな夢だったんだ?」
 キスしたことも、クレートが殺されてしまうこともどっちもいえなかった。
「あの、その、なんかもう忘れました」
 クレートは笑って済ませてくれたが、キャムは心にもやもやとしたものが残って不安のまま落ち着かなかった。
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