第八章


 キャムはモヤモヤを解消するために、射撃ルームへ足を運んだ。
 ドアの向こうから誰かが銃を撃っている音が聞こえてくる。
 音が重なりあっているのを聞くと、ジッロとマイキーが練習しているのかもしれない。
 一緒に仲間に入れてもらおうと軽い気持ちでドアの開閉ボタンを押した。
 自動でドアが開いた瞬間、二人は一斉に振り返る。
 その時の二人の表情はとても強張り、また目も血走って異様な雰囲気が漂っていた。
「二人ともどうしたんですか。なんか激しいですね」
「ああ、ちょっとな。今、勝負しているところだ。無謀にもマイキーが俺に挑んできやがった」
「なんだよ、俺だって一応訓練受けてきたんだ。ジッロに近い腕は持ってる。俺の場合、動体視力はジッロより上だぜ。とにかく当たればいいだけなら、動きのあるものには俺の方が有利だ」
「一体何が起こってるんですか。なんか喧嘩してるみたいですよ」
 コンピュータで作り出した的が宙に現れると、二人はそれをめがけて撃った。
 どちらも見事に命中していた。 
 
 ことの起こりは30分前のこと、二人は何気に気持ちを晴らしたいと射撃ルームにやってきた。
 どちらも浮かない顔をして、そして相手の様子をチラチラと伺いながら、一緒に射撃をすることになった。
「ジッロ、なんか俺にいいたいの?」
「マイキーこそなんか言いたそうにしてるぜ」
 二人はアレクと話した事がどうしてもひっかかり、お互い同性愛について質問をぶつけていたことの真相を確かめたくて腹を探っている。
 しかし、いざ話そうとすると、いいにくく、まさか自分がその気があると認めてしまうのもやっぱり抵抗があった。
 だがキャムの事を考えると、惚れてしまった気持ちに嘘がつけない。
 ジッロはまず、何発か連続して銃を撃ち、気持ちを発散させる。
 ズキュンという音が重なり合うと自分の自棄になった気持ちを代弁してくれているかのように感じていた。
 マイキーも銃を手にしたからには、とにかく撃つ。
 ジッロほど正確には打ち抜けないが、普通レベルを遥かに超えるくらいの腕ではあった。
 同じように連続して打つと、気持ちが発散できた。
「マイキー、今何考えてる?」
「いや、別に」
「うそ、こけ、考え事してるからここに来てるんだろうが。普段練習なんて滅多にしないくせに」
「そういうジッロは何を考えてるんだよ。闇雲に撃ち捲くるのは、苛立ってるときなんだよね」
「なんか、どっちも腹の探りあいでいけすかねぇな。もう正直になるわ。俺さ、キャムに惚れてんだわ」
「やっぱりそうか。実は俺もさ」
 二人はとりあえず言えたと、また銃を撃った。
「アレクの話だと、キャムもあっち方面らしいし、そうなったら、俺、ガンガン行こうと思う」
 ジッロはまた連続して銃を撃った。
「俺だって、同じこと思った。もう気持ちのままに動こうって」
 マイキーは手を止め、ジッロと対峙する。
 二人は自然と張り合う気持ちが芽生えてきた。
「それじゃ、俺たちライバルって事になるな」
「まあね、そうなってしまうね」
「だけど、俺の方が有利なところがあるぜ。なんせ、キャムは俺を慕ってるからな」
「何いってんだよ。キャムが慕ってるのはこの俺の方。ジッロは言い方がきついしさ、短気じゃないか」
「おいおい、俺のこと貶しているのか。そういうマイキーだって、下半身問題を金で解決しようとして、キャムに軽蔑されてたくせに」
「それとこれとは別! あの時はただの好奇心でそうなっただけ。でも結局は間違ってたって気がついたから、カウントされないの」
「なんだよ、そのご都合的な解釈。結局はお調子者でヘタレなくせに」
「あー、俺のこと馬鹿にするつもりか」
 二人はどんどんエスカレートして、挙句の果てに喧嘩になってしまった。
「こうなったら勝負だ。ジッロ、どっちが早く撃つか競争だ」
「誰に向かって勝負を賭けてんだよ。この俺に勝てるわけがないだろ」
「おーっと、俺をあまり甘く見ないでくれる? 宇宙船を操縦するってのはね、運動神経に左右されんのよ。これでも瞬時に物を見分けられて、動きは早いんだから」
「わかったよ、それなら勝負だ。負けたときは、キャムのこと諦めろよ」
「ふん、それはそっちだろ」

 以上の理由があってのことだった。
 そこに、賭けの対象のキャムがはいってきてしまった。
 自分が原因で喧嘩しているとも微塵も知らず、キャムはなんとか仲直りをさせたくて射撃ルームのエネルギー回路の電源をオフにした。
 そのとたん、突然部屋が真っ黒になってしまった。
「あら、全部消えてしまいました。ごめんなさい」
「キャム、早く元に戻してくれ」
「ジッロ、もしかして闇が怖いんじゃないの?」
「何いってんだい、マイキーこそいつもなんでも怖がるくせに」
 苛ついたジッロは手を出してマイキーを叩いた。
「ほら、すぐ手が出る。やめろよ」
 マイキーもお返しに叩いていた」
「おい、痛いじゃないか。顔面叩くのはそれは卑怯だぞ」
「暗くて見えないから仕方ないだろ」
「この、くそマイキー」
「あー、ジッロこそクソ野郎のくせに」
 真っ暗なところで取っ組み合いが始まった。
「二人ともやめて下さい。あーどうしよう。どれがスイッチか分からなくなってしまいました」
 二人の殴る音が鈍く聞こえてくる。
「ジッロ、マイキー、やめて!」
 キャムは二人の喧嘩を止めようと咄嗟に飛び掛っていた。
 暗闇の中で三人がもみ合う。
 誰が誰だかわからなくなり、ジッロとマイキーも下手に殴り合いをするのをやめた。
 キャムが入ったことで、この暗闇はもしかしたらチャンスに思えて、ドサクサに紛れてジッロもマイキーもキャムを抱きしめようとする。
「やだ、誰ですか、そんなところ掴むのは」
 キャムの声がすると、二人はなんだか興奮してきた。
「暗闇なんだから、仕方がないぜ」
「そうそう、キャムが電気消して入り込んできたのが悪いんだよ」
「だって、二人が喧嘩するから止めようとしたら、変になっちゃって。あっ、やだ、ちょっとそこ触らないで下さい」
 こうなったら、暗闇が続く限り、誰が何をしようと誤魔化せる。
 ジッロもマイキーもキャムを捕まえようと、躍起になった。
 そして再び電気がついたとき、ジッロとマイキーは二人仲良く抱きついていた。
「あーよかった。二人仲直りしたんですね」
 キャムは小柄なため、しゃがんで難を逃れることができ、疾うに二人から離れて、電源を探り当てていた。
 ジッロとマイキーは慌てて離れるも、なんだか余計に疲れてしまい、床に尻餅ついて座り込んだ。
 キスしなかった事が幸いだったとばかりに、悲しい目つきでお互いを見つめていた。
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