第八章


 キャムの二日酔いが治ったところで、一同はコロニーを飛び立つ準備に入った。
 クレートから月に行くと聞かされたとき、ジッロもマイキーも素直に喜んだ。
 そのお陰で喧嘩していたこともうやむやとなって自然消滅していた。
 この二人は、何が起こっても結局後腐れなく処理できるようだった。
「まさか、月に行く日がこんなに早く来るなんて」
 マイキーは腕がなると力を込めていた。
「だが、あそこの周りは結構ヤバイ地帯だぜ。地球に一番近いだけに、厳しさのレベルが全く違う。余程慎重にいかないと命取りだ」
 ジッロの『命取り』の言葉にキャムは異常に反応した。
 またあの悪夢の事を思い出してしまう。
 とにかく忘れようと必死だった。
「月にはアクアロイドも多数居ると思います。アクアロイドが居れば、ネオアースに近い存在として多少の信用度が増すと思いますので、少しなら私もお役に立てるかもしれません」
「そうだな。何でもプラスになる要素が多いほうが有利だ。今回は書類も揃っているし、堂々と月に行けることだろう。それじゃ皆、準備はいいな。目的地は月だ」
「ラジャ」
 船は再び宇宙へ飛び立ち、月を目指す。
 誰もが期待でワクワクしている中、キャムだけが不安を感じていた。
 しかし、もう誰にも月へ行く事は止められなかった。

 その頃、パトロール隊隊長のガースはプライベート用の情報機関を使って諜報活動をしていた。
 クレートに関する情報を集め、不利になるものはないか自分が嫌がらせするためだけに情報を探していた。
「ガース隊長殿、お久し振りでございます」
 腰低く低調に話す男が、ガースの使用の通信パネルに映っていた。
「ウィゾー、今回も君に頼みたい事があるんだが、4-leaf-cloverデリバリーサービスという組織を知ってるかね」
「ええ、良く存じております。我輩のビジネスパートナーでもあります」
「おお、そうか、それはよかった」
「で、一体どのようなご用件で」
「いや何、ちょっと話をする機会があってな、それで肝の据わった男だったから、ちょっと興味をもってな、いつか何かの役に立つかもしれないと、プライベートでちょっと調べておる」
「おお、そうですか。クレートが聞けば喜ぶことでしょう」
「ただ私用で頼みたいことなので、これは本人にはまだ言わないで欲しい」
 ウィゾーは「かしこまりました」とモニターの前で軽くお辞儀をし、低調に媚を売るように返事する。
「それでだ、あの組織に何か変わった点とかないかね。信頼置けるかどうかが鍵だからね」
「その点については問題ないですよ。クレートほど信頼できる人間はいません。仕事もきっちりとしますし、部下にも慕われてますから、ただ少し頑固でプライドが高いですけど、そうやって威厳を保っていると思えば許せる範囲です」
「そうか」
 ウィゾーの話を聞いているといい所しか言わないのが余計に腹が立ってくる思いだった。
「そういえば、最近仲間が増えて、少年っぽいのとアクアロイドが加わってましたね」
「アクアロイド!? それはどこで手に入れたんだ」
「そこまでは分かりませんが、なんでも運が良かったみたいなこと言ってました。売るときは声を掛けてくれとは言いいましたが、なかなか一般の者が手に入れられるようなもんではないですからね。まあ、羨ましいといえば羨ましいですが」
「ところで、前回流してくれた情報だが、あのことについては誰にも言ってないだろうね」
「はい、もちろんです。そこはちゃんとわきまえております。お礼もたんまり頂いておりますから。それに、ネオアースの船を海賊に襲わせるとは中々いい案だ と思いました。ネオアースは宇宙では嫌われてますからね。いい気味です。しかし、よくそんな情報を手に入れられましたね。さすがガース隊長殿」
「まあ、そういう時もある」
 ニヤリとわらうガースの顔は悪代官さながらの貫禄があった。
 ウィゾーとの通信のやり取りを終え、ガースは息をついた。
 スペースウルフ艦隊のパトロール隊隊長として肩書きはついているが、ここではそんな階級などあまり役に立たなかった。
 シドは艦長の座に収まっているが、独立国家を作ったと自分でいいきっていても、実際は周りのものが築き上げてきた。
 そしてその中心になったのがガースだった。
 自然と仲間が集まって一つの大きな組織になったと思い込んでいるが、ガースが入り込んでこそこのように発展した。
 シドははっきり言ってお飾りの艦長でしかない。
 見栄えのいい顔と風格を持ち、そしてネオアースの元科学者としてネオアース出身者であるからみな一目を置いてるに過ぎない。
 本人は全ての影響力の持つものと距離を保っていると思っているが、影でシドのポジションをプロデュースしたものが確実にいる。
 自分が操られているとも知らずに、のうのうと艦長面するからこそ腹が立ってくる。
 シドが守られている理由はただ一つ。
 エイリー族立っての願いだからだ。
 だからネオアース側もそれに同調しているだけだ。
 重要人物か知らないが、本人はいたって何も知らないから笑えてくる。
 誰がこの艦隊を維持するだけの金を集めていると思うのか。
 誰が、この艦隊を大きくしたと思っているのか。
 ガースは苛立っていた。
 ネオアースの宇宙船に乗ってカザキ博士のコロニーに向かうものが現れたとき、それがなんであるか、ガースは気がついていた。
 それを阻止するために海賊を使って船を襲わさせた。
 コロニーを破壊するということも成し遂げてくれ、あとは証拠が残らないように海賊を始末するだけだった。
 それなのにクレートという余計な者のせいで邪魔されてしまった。
 だからこそ、ガースはクレートの存在が邪魔である。
 あの男がこの先、この計画を暴いてしまう可能性もでてくる。
 その前に始末してしまいたい。
「アクアロイドか」
 あの時の消えたアクアロイドを偶然手にしたと仮定するのなら、クレートは海賊が襲ったあとのネオアースの船に足を踏み入れていることになる。
 あいつは嘘をついている。
 海賊のことも真相を知っていたから、あそこまで庇ったに違いない。
 ガースははっとした。
 ウィゾーが言っていた新しく加わった少年に違和感を持った。
「違う、あれは少女だ。少年のフリをしているだけに違いない。アクアロイドはカザキ博士のコロニーに居た少女を迎えにいったのだから、海賊がコロニーを破壊する前に助けたと考えれば平仄が合うではないか。クレートめ、全てを把握してながら、よくも欺いてくれたな」
 ガースの憎しみは益々強くなる。
 その反面、邪悪な笑みが湧いてくる。
 何かが腹底で大きく渦巻いているようだった。
 そして着々とその準備を進め始めた。
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