第八章


 もうすぐ月にやってくるというとき、キャムは異変を敏感に感じるようになった。
 体の中で何かが新たに繋がって作動するような、自分の感覚がシャープになっていく。
 特に、特別保管倉庫の前を歩くとその感覚が強く作動して落ち着かなくなっていた。
 そこには月へ届ける荷物が、温度と室温を一定に保たれて保管され、特別扱いとして厳重に管理されていた。
 月へのプラチナ切符でもあるだけに、神を崇める祭壇に祭られているようだった。
 あまりにも無視できないその強い感覚は、キャムを誘っているようでもあり、キャムは我慢できずにとうとう入り込んでしまった。
 巨大冷蔵庫並のチルド室。
 その隅に、その荷物は置かれていた。
 ひんやりとした空気が頬から伝わる。
 照明も落とした薄暗い中でその箱は、ぼんやりとした青白い光に包まれ、怪しく存在していた。
「箱から光が漏れてる」
 どうしても触りたいという誘惑を抑えきれずに、キャムはその箱に触れてしまった。
 触れると同時に、突然見たこともない映像が、頭の中にフラッシュしては、その膨大な量のデーターに押しつぶされていく。
 あまりにも目まぐるしい映像のフラッシュに衝撃を感じた体は、次第に麻痺してしまい息ができなくなった。
 苦しさでジタバタ喘いで床に倒れこむ。
 それでも苦しさから逃れられず、暫くバタバタと手足を動かしていたが、しまいにはビクッと体が数回小刻みに揺れるだけで、とうとう動かなくなった。
 意識はすでになく、白目がかった目を見開いた様子は、命が消えて行きそうな死の瀬戸際を彷徨っているようだった。
 もし、そのとき誰もその部屋の前を通らなかったら、キャムは冷たくなって永遠の眠りについていたかもしれなかった。
 クレートが偶然に倒れているキャムを見つけたことが幸いだった。
「キャム、どうした、しっかりしろ。クローバー、ジッロ、マイキー、誰か早く来てくれ」
 クレートが恐怖に包まれて怯えていた。
 キャムの心臓が動いてない。
 必死に心臓マッサージを施し、そして、人工呼吸を試みる。
 そのとき、ジッロとマイキーが入ってきて、その光景にショックを受けていた。
 キャムは床に倒れこみ動かず、クレートは我を忘れて取り乱しながら心臓マッサージを行っている。
「どうしたんだよ。何が起こってんだよ」
 体が固まってしまい、ジッロもマイキーも呆然としていた。
 その二人を押しのけるようにクローバーが駆けつけ、その様子を見てすぐに判断するや、近くの電源プラグに自分の体を変形させたコードを差し込んで、自ら電気的除細動の装置となりキャムの心臓に電気ショックを与えようとした。
「クレート離れて下さい」
 気が動転したクレートが離れたその直後、すぐに電気が流れてキャムの体が上下に撥ねた。
 それを2回繰り返したところで、キャムが息を吹き返した。
 一同はとりあえずはほっとした。
 クローバーはキャムを抱きかかえ、すぐさま救急ルームへと走っていった。
 皆一緒に走ってついて行くが、クローバーは誰も部屋に入れようとしなかった。
「皆さん、キャムは一命をとりとめました。もう大丈夫です。それぞれの任務に戻って下さい。後は私が看病します」
 そういって、ドアをぴしゃりと閉めてしまった。
 三人は呆然としたままその場で立ち尽くしていた。
「クレート、一体何がおこったんだ」
 ジッロが問い質すも、クレートは頭を横にふるだけだった。
「キャムはもう少しで命を落すところだったけどさ、処置が早かったのはよかったよ」
 マイキーは自分の胸をさすって安堵していた。
 クレートは肩を落とし、ショックが強すぎて立ち直れてない様子だった。
 常に取り乱さない威厳に満ちたクレートの姿ばかり見ていたジッロとマイキーには、まるで別人に見えるようだった。
 一緒に暮らしてる限り、身近な人間にあんなことが起これば、ショックを受けるのは当たり前のようにも思えるが、二人は口には出さずとも、その様子から、クレートも自分達と同じ気持ちではないかとふと頭によぎっていた。
 
 救急ルームでは、クローバーの適切な処理で、キャムの容態は落ち着いていた。
 クローバーには理由が分かっていた。
 こういうことになる前に、話をすべきだったと思いながらも、それを話してしまえば、クレート達との関係が崩れてしまうことを懸念して中々真実を伝える事ができないでいた。
 キャムがクレートに思いを抱いていることはクローバーは早くから見抜いていたし、いつまでも男の子のフリをさせておくことも限界があると思っていた。
 それでも、この現状が少しでも長く続けばいいという願いがどうしても強かった。
 キャムが全てを知れば、元には戻れない、さけられない運命が待っている。
 キャムの手を握りながらクローバーが安否していると、キャムが目覚めた。
「キャム、気がつかれましたね」
「ぼく、一体どうしたの……」
「ちょっと疲れて、気を失っただけですよ」
「そんなんじゃなかった。僕は息ができなかった。真空状態で喘いでいるようなそんな感覚だった」
「もう大丈夫ですからね」
「クローバー、正直に話して。僕は一体誰?」
「キャム……」
 クローバーはもう隠し通せる事ができなかった。
 キャムは薄々感じている。
 後はそれを肯定するだけで、キャムは全てを理解してしまう。
 クローバーは覚悟を決めた。
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