第八章


 クローバーの話と共に、生死を彷徨っているときにみた数々の映像が一致してくる。
 あとはキャムがどのように処理をするかで、今後のクレート達に対する接し方が決まってしまう。
 クローバーはできるだけ言葉を選び、そして誤解のないように説明していた。
「僕がたまに感じていたあの感覚の正体がこれで分かった。とても不思議だったけど、自分が何者か分かった今、素直に受け入れられそう」
「キャム、でもあなたのすべてが完全にそうではないのですよ。だから、クレート達になんの気兼ねもなく、今まで通りでいいんですよ」
「でも、クレート達が僕の正体を知ったらそうもいかないと思う。僕は割り切れても、クレート達には難しいかもしれない」
「だけど、あなたには罪はない」
「それは分かってる。でもやっぱり彼らがエイリー族と呼ぶその血が僕に入ってるって知ったら、穏やかではないと思うよ。でも僕はそれでもいい。いっそ嫌われた方が、ここから出て行きやすいから。月についたら、僕は船を降りて、そして皆とさよならする」
 自分の感情と間逆な答えを出すキャムの目は、輝きを失っている。
「キャム、まだ早まらなくてもいいのですよ」
「でも、僕はもう嘘をつくのは疲れた。男のフリをするだけでも辛かったんだ。クレートを好きになってからは特に」
 クローバーは優しくキャムの髪を撫ぜてやった。
 キャムがそう決めた異常、従うしかなかった。
 あの荷物に入っていたものは一見銀の塊にも見えるが、それはエイリー族の情報データーが納まった代物だった。
 あれは地球にやってきた初期の頃の膨大なデーターが組み込まれていた。
 何も予備知識のない者がそれに触れてしまうのは、泳げないものがいきなり海のど真ん中に突き落とされるのと全く同じことだった。
 クローバーもある程度の影響が出るだろうとは予測していたが、まさかそこまで情報が入り込んだものだとは思わず油断していた。
 こんな形で全てを話すことになろうとは思わなかったが、せめてもう少し楽しい想い出を作ってやりたかった。
 クローバーの使命は安全にPOアイランドにいるエイリー族の下へキャムを連れて行くことだった。
 エイリー族は新たな転機に見舞われ、この時、ネオアースは混乱の真っ只中にいた。
 そのせいで、ネオアースの中でキャムがPOアイランドに戻ってくることに難色を示している輩が居ることも知っていた。
 だから情報が漏れて自分が襲われてしまった。
 その結果このようなことになってしまったが、それが良かったことなのか悪かったことなのか、クローバーにしてみても、この状況はとても混乱している様子だった。
 人類が勝手にそう呼ぶ、エイリー族とネオアースに住むものの間には誰も知らない契約がある。
 キャムがPOアイランドに戻るとき、その契約は終わりを迎えてしまう。
 それが明るみになってしまうと真実が根本から覆ってしまう。
 それを恐れているものが、キャムの帰還を邪魔しているのである。
 ここまで来た以上、キャムを無事に送り届けなければならないとクローバーは自分の使命のことだけを考えようとした。
 しかし、クローバー自身も、この船を降りるときは辛いと思ってしまうのが容易に推測できた。

 キャムは安静をとって、暫く救急ルームで大事を取ることになり、その間、月に行くのを遅らせることになった。
「ごめんなさい。皆楽しみにしている月にすぐに行けなくて」
「何言ってんだ。体の調子を整えるのが先に決まってるじゃないか。心配すんな。月は逃げやしねぇーって」
 様子を見に来たジッロは元気付けようと笑っていた。
「元気になって、そんでもって今度こそ月で思いっきり楽しもうよ。月はリゾート施設があって、人工海とか作られてるらしいぜ。海水浴なんかできてすっごい楽しそうじゃん。向こうに着いたら絶対行こうな」
「えっ、海水浴?」
 それだけは無理だとキャムは思った。
 胸が露になる男の水着だけは着られない。
 しかし、そういうことは起こらないとわかっているだけに、キャムは嘘をついて「うん」と笑って答えた。
 あどけなく笑うマイキーの顔を見るのが少し辛かった。
「だけどさ、あの時はほんとにびっくりしたよ。クレートですらパニックになってたんだぜ。まあ目の前で心臓が止まったらそりゃびっくりするけどさ」
「俺もジッロもどうしていいかわからなくて突っ立ってるだけだっただろ。クレートだったからパニックになっててもあそこまでできたんだと思うよ」
「でも違った意味で俺びっくりしたかもだぜ。だってさ人工呼吸してたもんな」
「そうそう、俺も同じこと思った」
 キャムはあまり深く考えなかったが、あとから人工呼吸という言葉が意味を成してきてはっとした。
「はいはい、もうそれくらいにして、面会時間は終わりましたよ」
「クローバー、何もここは病院じゃないんだぜ」
「そうだよ。キャムが退屈してんじゃないかと思って相手しにきてんだからさ、そんなに厳しくしなくても」
「それでも、キャムにはまだ負担なんです。とにかく静かに寝かせてあげて下さい」
 二人は不服そうに出て行ったが、最後は「また来るから」と笑って去っていった。 

「クローバー、僕、大丈夫だから、そんなに気を遣わないで」
「だけど、もう少しだけ大事を取って下さい。ストレスはやはり体によくないです」
「あのさ、さっき二人が言っていた人工呼吸なんだけど、それって口をつけてその酸素を送りこむことだよね」
「そうですけど」
「それじゃクレートは僕にそんな事を?」
 なんだかドキドキとしてしまう。
「あれは緊急迫った医療行為ですから、キスではないですから」
「あー、何も僕、そういう意味じゃなくて、その、ああー」
 そのとき、ノックが聞こえてきた。
 クローバーが許可をするとクレートが入ってくる。
 キャムは、あまりのタイミングのよさに、もうまともにクレートが見られなくなってしまった。
「キャムの体調はどうだい?」
「はい、良好ですよ。この分だと、明日には月に向かっても大丈夫です」
「そうか」
「なんだか、クレートの方が顔色悪いような気がしますが、大丈夫ですか」
「いや、私は大丈夫だ」
 力なくクレートが無理に笑っていた。
 キャムがもう少しで命を落とすところを目の当たりにして、余程ショックが強かったに違いないとクローバーは見ていた。
「クレート、その、ありがとう。また助けられました。僕、本当に迷惑かけてばかりですみません」
「気にするな」
 クレートはキャムの頬に手をあて、愛しそうな眼差しを投げかけた。
 そんな優しさは今のキャムには重荷に感じてしまう。
 つい顔を背けてしまうと、クレートもはっとして手を引っ込めた。
「月で一仕事が終わったら、暫く休暇をとって、月で楽しもうではないか。ジッロとマイキーたちはもうそのつもりで月の情報を集めまくっているぞ」
「はい。そうですね」
 形だけの返事。
 その時がきたらクレート達と別れを覚悟しているキャムには、返事をするのが辛かった。
「キャム…… 私は」
 クレートが何かをいいかけたとき、マイキーから館内放送が入った。
「クレート、ウィゾーから通信が入ってるぞ。至急来てくれ」
 クレートはすぐに部屋を出て行った。
 彼は何を言おうとしてたのだろうか。
 キャムは天井を見つめながらぼんやりと考えていた。
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