第九章 揺らぐ虚構


 ジュドーからの通信で、ジュドー直々に経営する最上級ホテルを紹介され、ジッロとマイキーは飛び上がってお互い手を叩いて喜んでいた。
 ジュドーは出張でちょうどポートから旅立つところだったらしく、すぐには会いに行けないと許しを請うたが、VIP扱いの待遇に全く文句はない。
 すぐに戻ってくると約束し、それまで好きに滞在しておいて欲しいと伝えてきた。
 紹介されたホテルにいけば、連絡がすでに入っており、最上階のスィートルームに通された。
 とても広い部屋に豪華な家具。
 ふかふかの大きなベッドに寛ぎのソファー。
 お湯をためられるバスタブまであり、狭苦しい宇宙船の生活から考えられない快適さだった。
 統一されたコーディネイトもさることながら、見たこともないその贅沢な部屋に皆目を見張っていた。
「キャム、全てはお前のお陰だぜ」
 ジッロがキャムを抱き上げ、そしてぎゅっと抱きしめた。
 もう気にするかというくらい、ジッロは大胆になっている。
「おいおい、ジッロ。お前、調子に乗るなよな」
 マイキーはジッロからキャムを奪って抱きしめた。
「ちょっと二人とも、どうしたんですか。喜びすぎですよ」
 またジッロがキャムを奪いに来たので、マイキーはキャムを抱きかかえて部屋を走り回った。
 子供がじゃれて遊んでいるように思える光景だったが、実際のところは真剣にキャムの取り合いをしていた。
「ジッロ、マイキー、ふざけるのもいい加減にしろよ」
 クレートが牽制するも、二人は暴走しすぎて止まらなかった。
 そこでクローバーが割りこんで、キャムを奪い取った。
「皆さん、落ち着いて下さいね。キャムは玩具ではありませんから。キャム、大丈夫ですか」
 キャムは笑っていた。
 子供が高い高いをされて喜ぶように、愉快に笑っていた。
「楽しかった」
 それは本当に心からそう思えたことだった。
 今度はキャムの方からジッロとマイキーに近づいた。
 二人の間に挟まってそれぞれの腕に自分の腕を絡めていた。
「ジッロ、マイキー、いつも楽しませてくれてありがとう」
「何言ってんだ。俺と一緒なら、こんなの当たり前じゃないか」
「ジッロよりも俺の方が絶対一緒にいて楽しいって」
 キャムはまた笑っていた。
 そして二人の腕をぎゅっと力強く握って「大好き」と小さくつぶやいていた。
 もちろんその声は二人に届くも、二人は欲が絡んで自分だけに言われたと思い込んでいた。

 クレートは部屋の中を隅々と見て、大きなTVパネルにスペースサイバーネットが繋がれてることに気がついた。
 ビジネスマンも仕事で利用できるようにと、この宇宙の通信をつなぐラインである。
 依頼主の老人に連絡を入れて仕事が滞りなく終わった事を告げたかったが、あのコロニーにはこのような設備がないために連絡のつけようがなかった。
 そこでカラクに連絡することを思いついた。
 あのコロニーと取引がある分、連絡のつけ方を知っていると思ったからだった。
「クレート、俺たちちょっとこのホテルの周辺探索してくる。いいだろ」
「ああ、好きにしろ。だがジッロ、トラブルだけは起こすなよ」
「わかってるって」
「あの、ついでに私も散歩してきてもいいでしょうか。その辺でアクアロイドを見かけましたし、ちょっと話してみたい衝動にかられました」
 クローバーが一人で自由に行動したいと申し出るのは異例のことだったが、月に来た以上誰もがどこかで気分が大きくなると思い、クレートは素直に許可を出した。
 だが、キャムにだけはクローバーの意図が見えていた。
 お別れの時が近づいている。
 時計の針の音が聞こえてくるようだった。

 皆が去ってしまった部屋は、静寂さに包まれた。
 落ち着いて通信ができると、クレートはパネルの前に座って機械を操作した。
 少しノイズが入るが、上手くカラクと繋がった。
「クレート、じゃないか。よかった。さっきから船に連絡入れてたんだけど繋がらなくて、一体どこにいるんだ」
「すまなかった。今、月に来てる。あの後荷物を発送して、あのコロニーで知り合った老人から月に配達して欲しいと依頼を受けた」
「そうか、月か。それもすごいことだが、こっちもすごいことが分かったんだ」
「どうした?」
 そのときアマトが横から顔を出した。
「それがさ、分かったんだよ。絶対アイツだ」
 クレートは何の事がわからず、ただ画面をじっと見ていた
「アマト、落ち着け。すまない、弟はちょっと興奮してしまって大変なんだ。実は、アマトがネオアースの船の情報を流した奴が誰だか分かったっていうんだ」
「それは本当か」
 ここでまたアマトが割り込んだ。
「ああ、本当だ。偶然そいつが兄貴と喋ってるところを見たんだよ。そいつだ間違いない」
「アマト、わしが説明するから、ちょいとひっこんどれ。すまないクレート。その相手だが、あんたの知り合いでもある」
 カラクはことの経緯を説明した。
 緊急の品物の発送のことで頼れる運送屋を紹介してもらおうと、ウィゾーに連絡を取ってたときに、アマトがそれを後で見ていて、その声にピンときたらしいとのことだった。
「そうか、ウィゾーが」
「ああ、これはアマトがそう思ってるだけなので、たまたま声が似てただけってこともあるかもしれないが……」
「いや、絶対そうだ。間違いない。あの独特の喋り方やあの声は紛れもないアイツだ。信じてくれ」
 アマトはまた割り込んで必死に訴えていた。
 クレートにとっても、利益を優先させるウィゾーだからこそ、それはありえると思ってしまう。
「分かった。またこっちでも調べてみる。とにかくそのことは黙っておくんだ。私に任せて欲しい」
「ああ、わかった。俺ももうかかわりたくないからな。ただクレートには伝えたかったんだ」
 アマトはどうにかしてクレートの役に立ちたいと思っていた。
 後は老人に仕事が終わった事を伝えておいてくれと頼んで、通信を切った。
 ウィゾーが、特定の海賊だけに、その情報を流したとなると、やはり不自然に思えてきた。
 ネオアースの情報は通常極秘レベルであり、ウィゾーであっても手に入れることは難しいはず。
 誰かがそうするように仕向けたとは考えられないだろうか。
 利益をちらつかせれば、ウィゾーはどんな仕事にも食いつく。
 ウィゾーの身辺にネオアースから情報を仕入れられるような奴はいないか考えたときだった。
 一人思い当たるものがいる。
 ガース隊長。
 全くの憶測だが、ガースがネオアースと繋がってると仮定して、そこでクローバーの船の情報を手に入れて海賊に襲わせるように仕向ける。
 そして口封じのために海賊達を処刑する。
 そう考えれば、ガースがあそこまで話を頑なに聞かなかった事が腑に落ちる。
 しかし、分からないのが、なぜクローバーは襲われねばならなかったのか。
 そうなるとキャムを迎えにいくことが邪魔だと言うことになってしまう。
 
 クレートは何か見落としてないか必死に考えた。
 キャムが呼吸停止に陥ったとき、あれは心臓発作だと思っていた。
 あの特別倉庫は室温が低いために、気温の変化でなんらかの健康被害を引き起こしたかもしれないと思ったが、あの時は気が動転していてその原因まで詳しく追求する余裕はなかった。
 しかし、もし原因があの荷物だとしたら──。
 そしておもむろにクレートは老人から預かったあの石のことを調べ出した。
 宇宙からの鉱物の一種だと思っていただけに、特に怪しいものとは思わなかった。
 だが、調べてその正体が分かったとき、また一つパズルのピースが埋まった。
 クレートはソファーに深く座り込み、腕を組んで考えこんでしまった。
 それについて考えているとき、ドアベルが鳴り響いた。
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