第九章


 ジュドーは月からそほど離れていない宇宙ステーションに向かっていた。
 そこはネオアースに管轄された、宇宙周辺の各界の代表者が集まってくる宇宙会議場だった。
 ジュドーはそこでネオアースの代表者とスペースウルフ艦隊の代表者と会う約束があった。
 月の実業家として、そのビジネスセンスと実力を買われ、この宇宙で生き残るためのサバイバル精神にも長けていると知らしめ、なりふり構わぬ手腕がネオアースの目に留まったのだった。
 その後押しがあったからこそ、ネゴット社をけちらしてセカンドアースを自分の物にできた。
 そこにはネオアース側にとっても充分な利害が存在する。
 中途半端にごまをすって、強いものに媚を売ってくるようなネゴット社は裏を返せば裏切る可能性もあった。
 それよりもジュドーの方が宇宙周辺を支配したいという一貫した野望があり、ネオアースと手を組む価値を知っていた。
 そういう男の方がネオアースも利用しやすいと思ったところがあった。
 そして何事にも中立の立場でいるはずのスペースウルフ艦隊だが、その代表として席に座るのはガースだった。
 ガースは何もスペースウルフ艦隊を代表してそこに座っているわけではない。
 ガースこそ、ネオアース側の人間であり、シドを監視する役目を担っていた。
 いわゆるスパイであった。
 ネオアースは外の周辺をこのようにして管理している。
 宇宙側の力を持つ人間をネオアース側に取り入れ、そうやって裏で支配するのだった。
 ガースがネオアース側の代表と先に話し合っているとき、送れてジュドーが入って来た。
 宇宙が眺められる部屋で、静かに会議が行われる。
「遅くなってもうしわけございません」
 ジュドーが丁寧に謝ると、ネオアース側の方は気にしてないと笑顔をみせた。
 ジュドーの顔が緩んだのは、相手が女性だからだった。
 すらっとした手足はモデルのようだったが、きつい雰囲気のするところが手ごわそうで油断がならないものを感じさせた。
「噂はよく聞いてるわ、ジュドー。私はトニ。よろしく。そしてこっちがスペースウルフ艦隊、パトロール隊隊長のガースよ」
 ジュドーは軽く会釈した。
「今回二人に緊急に集まってもらったのは、エイリー族に関してのことなの。ネオアースではエイリー族をその場で留めておくことに必死になっているわ。エイ リー族がいなければ、このような発展がなかっただけに、ネオアース側としては、今後も共存を望んでるの。しかし、それも危うくなってきたわ。エイリー族は ネオアースから旅立とうとしてるのよ」
「すみません。私が任務を失敗したばかりに」
 ガースが申し訳ない顔をしていた。
「あなた一人に任務を遂行させた私も悪かったわ。アクアロイド一人の単独行動だったから、私もつい油断してしまった。救いはそのアクアロイドは任務を遂行 できずに宇宙を彷徨っているということ。その間に私達が手を打つことは、宇宙側の人間を抑えること。そこでジュドーにきてもらったの。あなたがこのネオ アース近辺の宇宙で急に力を持った意味は分かってるわね」
「もちろんです。ネオアースがバックについて協力してくれたからです」
「そうよ。それだけあなたの活躍に価値があったから。あなたは大きくなるためだったらどんな手も使っていた。しかも巧妙にね。そこが気に入ったの」
「お褒めに預かり光栄です」
「ムーンダストを利用して、コロニーの人間を薬漬けにしていくアイデアは特に素晴らしいわ。ネゴット社も馬鹿よね、ジュドーの仕掛けに気がつかないなん て。ジュドーが卸したムーンダストの原料を下請けが買い取って、それを加工して、次に精製して、ストリートチルドレンの誘拐を防ぐ名目でまたジュドーに返 すなんて。純度が良くなったムーンダストをジュドーは売ってさらに利益にするのよね。人の弱みに付け込んでぼろ儲けね。ジュドーがその誘拐の斡旋をしてる なんて知ったらもっとびっくりでしょうけど」
「ネゴット社を買収しましたから、もうこの手は使えませんが、ネゴット社はボルト社の子会社としてムーンダスト生産と流通に力を入れさせます。そして次は ムーンダストを利用して怪しいカルト集団を作って信者を増やし、閉鎖的な抵抗できない人間を作っていこうかと思ってます。いかがでしょうか」
 ジュドーはゲームの企画でもするかのようにお気軽に言ったが、結構その案は気に入られた様子だった。
「それも面白いでしょうね。とにかく、ネオアースには一切近づけないで欲しいわ。あいつらをとことんダメにして頂戴」
「お二人の会話を聞いていると、私なんてまだまだ何もできない小僧のように感じます」
「いえ、ガース。あなたにはもっと活躍してもらわないと。とにかくアクアロイドとキャメロンを探してもらわないと。あの二人にネオアースに帰ってこられると困るのよ」
 ジュドーはそれをきいて顔を訝しげたが、口を挟まずに聞いていた。
「はい、一応目途はついておりますが、デリバリーサービスのクレートという男が鍵を握っているみたいです。すぐ探して確保します」
 ジュドーはそれをきいてもしやと思うが、知ってることは伝えずに腹を探ろうとした。
「その、アクアロイドとキャメロンというのはどういう役割なんですか」
「エイリー族が必要としている娘、それが王女キャメロン。次の女王候補なのよ。エイリー族が地球にやってきたのは、支配するためでも乗っ取るためでもな かった。地球の事を勉強し、地球上のあらゆる生物の遺伝子を手に入れようとしてただけ。エイリー族の科学技術は想像を超えた魔法のようなものだった。その お陰で宇宙開発が進んで人類が作れなかったものを次々作ってはその技術を伝授してくれた。地球は発展途上国で、エイリー族はボランティアで助けに来てくれ たってとこね。そこで地球には三種類の人間が出来上がった。宇宙に出られるものと、地球から出られないもの、そしてエイリー族と研究をするもの。そこで、 ある程度宇宙の生活が根付いたとき、地球に残ったものは宇宙へ行ってしまった人類を締め出すことを企んだものがいた訳。その頃地球ではパンデミックが発生 して、宇宙に逃げるものが多数いた。エイリー族が原因を突き止めワクチンや薬を開発してくれたお陰で生き残れたわけだけど、死者の数はすごかった。そんな 時に宇宙に逃げた人たちにのうのうと帰ってこられたら腹が立つというもの。だから地球に残ったものは宇宙に住んでる者を嫌う傾向になり、その理由を隠すた めに、エイリー族が乗っ取ったって噂を流したわけ。エイリー族はとても温和な種族で、POアイランドに独立して住んでるけど、ネオアースのやることには一 切口を出さないの。それがネオアースの真実。エイリー族がネオアースを出て行ってしまったら、侵略という要素がなくなって、真実がバレてしまい、宇宙では 大変な騒動を引き起こしてしまう」
 トニは一気に話して疲れたのか目の前にあった飲み物を口に含んだ。
「エイリー族は長きに渡って、すでに地球を調べつくし、サンプルを抽出して地球を出て行く準備が出来上がっているの。後はエイリー族と人類の遺伝子を持つ 王女が帰ってきたら完璧になるわけ。彼らは常に遺伝子の向上を目指し、行く先々でそれを集め、そしていいものは取り入れる。はっきりいって流れ者の異星人 で全く害はない人たちなの」
 まるで馬鹿げたおとぎ話を話すように、トニは最後は冷めた笑いで締めくくった。
 地球は人間のエゴで歪められ、そして虚構の上に立っている。
 嘘を突き通すしか、方法がなく、それも自分の利益を守りたいがための卑怯極まりない独裁政治だった。
 ジュドーは真実を知らされ、呆れるが、自分自身同じ事をしているだけに、それは自分を笑うことと同じだった。
 しかし、力を持てばその嘘も固まり、真実は歪められるこの世界が自分にぴったりだと思う。
 もっと力を持つにはネオアース側に相応しい人間になればいいことだった。
 そのとき自分の手にはカードがあることに気がついてしまった。
 クレートという名前をガースから聞いたとき、キャメロンがキャムであること、そしてあの時コンサートで見た怪しげな女が変装したアクアロイドであることに気がついた。
 彼らは今自分の手の中にいる。
 またキャムのお陰で一儲けできそうで、ウキウキしだした。
 しかし、クレートは手ごわいとも思える。
 キャムが誘拐されたとき、あの時電話でキャムには手を出すなと連絡する前に、見事に探し当てていた。
 ジュドーはクレートをどう始末しようかと考えていた。
「ジュドー、何か考え込んでいるようだが、言いたいことでもあるのか」
「いえ、その、ガース隊長が言っている、クレートという男を見つければ全てがわかるんでしょうか」
「クレート。あの男だけは許せん。私をコケにしやがって」
「個人的に恨みがありそうですね」
「そうだ。生意気な小僧の癖にたて突くから腹が立って仕方がない。あいつがアクアロイドを手にしているのは確かなんだ。キャメロンとかいう王女も男のふりしてクレートの側にいる。クレートさえ捕まえれば一網打尽」
「それじゃ私も手伝わせてもらいます。アクアロイドとキャメロンを見つけたらどうすればいいのでしょう」
「そうね、はっきりいって邪魔者だから、殺してくれていいわよ」
 トニはあっさりといった。
「で、殺したとして、その後は?」
「その時はネオアースから大感謝ものね。そしてネオアースからのご加護がずっと続くってとこかしら」
 ジュドーは笑っていた。
「ついでにクレートも同じように頼むよ」
「それもそうしたとして、その後は?」
「スペースウルフ艦隊の持ち前を少しそちらに流してやるよ。それと我々の力がボルト社寄りという噂も流して」
 また金儲けができて最高の地位が手に入る。
 ジュドーの笑みは厭らしさ満載だった。
「クレート達は、今、月にいて、私の経営するホテルに泊まっていると言ったらどうしますか?」
 ジュドーのその言葉は、トニとガースを驚かせた。
 そしてその後は手間が省けるとばかりに、じわじわと顔が綻んでいった。
「そうね、後はよろしく頼むわ」
「それなら、ジュドーに頼むしかないではないか」
 トニは残っていた水を一気に飲み干し、ガースはジュドーに握手を求め親睦を図っていた。
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