第九章


 クレートがドアを開けると、目の前にはすらりと姿勢を正した、サングラスを掛けている女性が立っていた。
 サングラスを外ずと涼しげな眼をして、にこりと微笑する。
「君は……」
「こんにちは。キャムたちとは会った事があるんだけど、あなたとは初めてお会いするみたいね。私は、アイシャ」
 自己紹介すると、自分の部屋のように自ら入り込んできた。
 クレートは圧倒され何も言わずにアイシャを見つめる。
「ちょっとずうずうしかったかしら。あなたが招きいれてくれそうもなかったからよ。名前も教えてくれないの?」
「私は、クレートだが、一体君はここに何の用だ」
「伯父から連絡が入って、あなた達の相手をするようにって言われたの。伯父はキャムのこと気に入ったみたいだから。でもあなた以外誰もいないのね」
 部屋の中を見回して、冷めた口調で言った。
「今、その辺を観に行ってる。もう暫くすれば皆戻ってくると思うが」
「そう、別にあなただけでもいいわ。見たところ物分り良さそうだし。少しお話できる?」
 有無を言わさずにアイシャがソファに腰をかけた。
 パズルのピースが埋まったところで、キャムを探しに行きたいと思っていたが、クレートはアイシャを邪険にできずに付き合う。
「何か呑むかね。どうせ君の伯父さんのものだけど」
「いらないわ。それよりも、私、ここへ忠告にしにきたの」
「どういうことだ」
「あまり、私の伯父を信用しないことね。あの人はあなた達が思っているほどいい人じゃないから」
「なぜそんな事を言うんだ?」
「私を見てて分からない? 私、幸せそうに見える?」
「さあ、それは人それぞれが思うことだから。私にはなんともいいかねるが。しかし、君は今や月の歌姫と言われる大人気の歌手じゃないか。そんな名声を手に入れて嬉しくないとでも?」
「そんなのどうでもいいわ。自分の歌を聞いて感動してくれる人がいることには有難いと思うわ。だけど、伯父が絡むと、もうだめ。私はただのお飾り人形。お金儲けのため、伯父の宣伝道具にいいように利用されてるだけ」
「だったら、離れればいい」
「それもできないから困るのよ。ここまで大きくなれたのは確実に伯父の力が大きい。もう元には戻れないわ。伯父のいう事を聞かないと、私は捨てられるから」
「でも、君の伯父だろ」
「そんなの形だけに過ぎないわ。そういう風に伯父が設定しただけ。伯父とは全くの赤の他人。娘だと齟齬がでるから、姪ということにしたの。歌を歌う才能が あったから、そこを買われたわけ。あの男は使えるものならなんでも利用する。キャムもきっと目をつけられてると思うわ。あの子のお陰で伯父はかなりの利益 を上げたから。もっと利用したいとか思っているはずよ。だからそれを警告にきたの。今のうちに逃げた方がいいわ」
 冷たい微笑が物語る訳にはそういう背景があった。
「君の話が本当だとしても、今はこうやって手厚くもてなされている。形だけでも体裁を整えておく方が礼儀だと思うが」
「あなた、甘いわね。こんなに忠告してるのに、まだ危機感を抱いてないなんて。セカンドアースではキャムが誘拐されたって聞いたけど、あの話はどうなったの? 無事に見つかったからもうそれでいいと思った?」
「それで割り切れる訳ではないが、しかし無事だったことで一応解決した」
「あれは誰の仕業だと思う?」
「なぜそんな事を聞く? それだとまるで、君の伯父さんがかかわっていると言いたげに聞こえるが」
「そうよ。伯父がかかわっているわ。伯父は子供の誘拐を斡旋して裏でお金を儲けているの。キャムが助かったのはきっと伯父が連絡をいれたからに違いないわ」
 クレートはあの時の乱杭歯男が電話を受けていた事を思い出した。
 それがあったからあっさりと引き下がった。
 あの時ネゴット社がかかわっていると思って、ジュドーに連絡を入れるようにと頼んだが、まさかと疑念が湧いた。
「どうやら、あなたにも心当たりがありそうね」
「しかし、まさかそんなことが」
「あなたは、厳しそうな顔をしてながら、結構甘いのね。とにかく伯父を舐めてみないことね。表はとても気さくで饒舌ないい人だけど、あそこまで大きく名声を上げたからには訳があると思って。それじゃ私は言うことだけ言えたから失礼するわ。後はあなたがどう思うかね」
 アイシャはソファーから立ち上がり、そしてサングラスを装着した。
 ドアの前に立ち、出て行く前にもう一度振り返った。
「そうだわ、もう一つだけ教えてあげる。今、伯父はネオアースの代表者から呼び出されて宇宙ステーションに行ったの。そこは宇宙各界のトップが話し合う場 所ってことは知ってるわね。しかも、スペースウルフ艦隊からも一人来てるらしいわ。何が話し合われているのやら。伯父が絡んだらこの宇宙は何か暗黒の世界 に包まれそうな気がする。捻じ曲がった歪な世界って感じがね」
 口元の微笑は悲しげなものに見えた。
 アイシャはドアを開けて出て行った。
 ぴしゃりとしまったドアの向こうで、ハイヒールの踵がコツコツと廊下で響いているのがかすかに聞こえた。
 クレートはドアを見つめて再び考え込んでいた。
 アイシャが言った歪な世界。
 それはこの宇宙ではすでにそうなっている。
 まださらにおかしくなるとでもいうのだろうか。
 クレートは窓を振り返り、そこから見える青い星、ネオアースをじっと見つめていた。
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