第九章


「今、なんか名前を呼ばれた気がした」
 マイキーが立ち上がる。
「そういえば、俺も」
 ジッロも立ち上がり、そして周りを見渡した。
「キャム、遅いよね」
「うん、そうだな」
 顔を合わせて頷き合うと、二人はトイレに向かった。
 名前を呼ぶも反応がなく、キャムが居ないことに初めて気がついてしまった。
「マイキーはあっち探せ、俺はこっち探すから」
 二人はただの冗談であってくれと思いながら、ボタニカルガーデンの中を走り回っていた。

 首根っこを摑まれたキャムは、必死に手足をバタバタさせて抵抗するも、相手に全くダメージを与えられず、自分だけが力尽きてきた。
「どうした。俺に一発ぶち込むんじゃないのか」
「離せ、卑怯だぞ」
「何が、卑怯だ。あの時はまんまとやられたけど、今回は容赦しないぜ。お前を売り飛ばしてやる」
「そうはさせるか。僕がいなくなったら、すぐにわかるんだ。皆探しにきてくれる。あんたの方がボコボコにされるんだ」
「相変わらず威勢がいいガキだよな。顔は可愛いのに、憎たらしいったらありゃしない」
 キャムはそれでも最後まで諦めずに無茶苦茶に体をバタバタさせていた。
 そのうち、足のケリが乱杭歯男に当った。
「くそー、痛いだろ」
 乱杭歯男はポケットから四角いデバイスを取り出すと、それをキャムの首筋にあてがった。
 キャムは一瞬のうちに気を失ってしまい、体がくにゃっとうな垂れた。
 そのとき手に持っていた鳥笛が床に落ちてコロコロと転がっていった。
 後でロビンとカナリーがかなり心配していた。
「なあに、殺してねぇよ。これは子供を誘拐するためのデバイスでね。暫くおねん寝してもらってるだけ。とにかく、お前ら、働け。月にこれただけでも有難く思え」
 乱杭歯男はロビンとカナリーの前でキャムを引きずって運んで行く。
 キャムを助けたいが、二人にはどうすることもできなかった。

 時間が経てば経つほど、ジッロとマイキーは不安になってくる。
 最初はからかっていて、木や草の後から脅かしに出てくると思っていたが、どこを探してもキャムが見つからない。
「ジッロ、これ、やばいよ」
「うそだろ。だって、この範囲のことだぜ。なんでいなくなるんだよ」
「もしかして、先にホテルに戻ったのかな」
「絶対そんなことはない。キャムは俺たちが待ってることを知ってたんだぞ」
「じゃあ、なんで見つからないのよ」
「まさか、また誘拐か」
 二人はぞっと怯えていた。
 自分達だけでは手に終えなくなり、すぐさま、ホテルのロビーからクレートに連絡を取った。
「クレート、大変だ。キャムが行方不明になった」
 マイキーの泣きそうな声を聞くや、クレートはすぐにロビーに下りて行く。
「詳しく、状況を説明してくれ」
 クレートをボタニカルガーデンに連れて行き、キャムが居なくなったときの事を説明する。
 クレートは周りを良く見て、怪しい場所や死角はないか確かめていた。
 そこで従業員専用とかかれたドアを見つけ、すぐさま駆け寄った。
 だが、そのドアはロックされて開かない。
 そして音楽と共に閉店を知らせるアナウンスが流れてきた。
「クレート、どうしよう」
「落ち着けマイキー。ジッロ、とにかくこのドアを開けるために、誰か呼んできてくれないか」
「ラジャー」
 ジッロは誰か見つけに走っていった。
 マイキーは不安と心配で簡単に神経がやられて、その場でヘタってすわりこんでしまう。
「マイキー、立て」
「だってさ、やっとキャムに気持ちを伝えたんだぜ。俺のこと好きだっていってくれてさ」
 クレートは眉根を顰めて困惑していた。
「キャムは男…… だぞ?」
「そんなの承知してるよ。ジッロだって同じ気持ちでさ、二人で告白したんだ。でもキャムはどっちも好きだから選べないっていうから、だから三人で付き合うことにしたんだ」
「……」
 クレートは言葉を失っていた。
 気を取り直して、威厳を保つ。
「今は、そういう事を話している場合じゃないだろ。とにかくキャムを見つけないと」 
 
 その頃、キャムは手足を縛られ、ホテルVIP専用の特別ポートに連れてこられていた。
 そこに停泊していた乱杭歯男の宇宙船に乗せられてしまう。
 乱杭歯男は、あの時の屈辱を晴らせる事が愉快でたまらない。
 今すぐに売り飛ばして、金にしてやると意気込んでいた。
 キャムは荷物のように操縦室の床に無造作に投げられるも、まだ意識が回復せずに、抵抗することなく人形のようになってゴロンと転がった。
 そのとき、我慢できずに乱杭歯男の引き攣った笑いが漏れ、自分の勝利に寄っている満足さが現れていた。
「いくらで売れるかね」
 かなりの金を期待して、操縦桿を握りそして飛び立った。
 ちょうどそれと行き違いに、小型の宇宙船が降り立った。
 それを操縦していたのはクローバーだった。
 ネオアースへ戻るための船を準備して戻ってきたのだった。
 そのとき、まさか入れ違いにキャムがその宇宙船に乗せられて宇宙へ飛び立ったとは知る由もなかった。

 ジッロが連れてきたスタッフは、あまりいい顔をせず、頑なにそのドアを開けようとしなかった。
 ジッロが癇癪を起こしそうになるのを、クレートは制して、そして何度も説明し、懐にいくらか渡してやるとやっとドアを開けてくれる気になった。
 三人はすぐさまそこに入り、手当たり次第見つけた部屋のドアを開けて見て行くが、掃除用具入れや従業員の休憩所になってるだけで変わったところがない。
 そのときクレートは足で何かをはじいた感触を抱いた。
 足元を見れば、鳥笛が落ちている。
 それを拾い、目を見開いてしまった。
「キャムはここに居た」
 鳥笛をジッロとマイキーにみせると、二人の顔色が見る見るうちに真っ青になって行く。
「嘘だろ、なんでなんだよ」
 ジッロが悔しそうに壁を一叩きする。
「なんで、またキャムが連れて行かれるんだよ」
 マイキーは目をウルウルさせて、嘆いていた。
 クレートはすぐに頭を切り替え、そこに居たスタッフに噛み付くほどの恐ろしい表情で問い質した。
「ここの従業員に、乱杭歯で歯並びの悪い男がいないか」
 アイシャから聞いた情報。
 それが本当なら、ジュドーは誘拐するためにあの乱杭歯男を雇っているに違いない。
 クレートの睨んだ通り、目の前の男は首を縦に振っていた。
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