第九章
7
クレート達は、関係者しか入れない部屋を見て回るも、キャムの足取りはそれ以上つかめなかった。
この建物からでて、どこへ連れて行かれたのか。
ストリートに出て、辺りを見回した。
そのとき、クローバーが人ごみに紛れてやってくるのが見えた。
三人は顔を青ざめて、クローバーを見るや、クローバーもキャムが居ないことに気がつき、すぐに走り寄ってきた。
「一体何があったのです。キャムはどこですか」
「それが、姿が見えない。この鳥笛だけが落ちていて」
クレートはなんとか落ち着いて説明しようとするものの、いてもたってもいられないイラツキが体全体から出て震えていた。
「どうしてこんな事が起こるんですか」
ジッロとマイキーを見つめ、精一杯、無表情ながら責めていた。
「クローバー、すまない。私にも責任がある。月は比較的治安がいいと油断していた節があった。しかし、それも見せかけにすぎなかった。実は、アイシャが訪ねてきて……」
クレートがジュドーの事を説明しようとしたとき、リムジンカーが脇に止まった。
ドアが開いて、まさに、今話をしようと思っていたジュドー本人が降りてきた。
「これはこれは、月にようこそ。仕事とはいえ、遅れて申し訳なかった」
ジュドーはクレートを食い入るように見つめた。
クレートにとってそれが不吉な目つきに見えたのは、アイシャから聞いた話のせいかもしれないと感じていた。
だがそれ以上に邪悪な印象が、前回会ったときより濃く出ていた。
「そういえば、キャムはどこに?」
肝心な獲物が居ないことに、ジュドーは舌打ちを打ちそうに苛立った。
「ジュドー、話がある。とても重要な話だ」
クレートの切羽詰ったような息づかいが感じられた。
「おやおや、藪からぼうに。ここではなんだから、とにかくホテルに参ろう。そこのアクアロイドも一緒に」
クレートは違和感を覚えた。
何かがおかしい。
だが、キャムを救うことだけに気を取られて、この時は冷静に物事を考えられなかった。
ジッロとマイキーはキャムの失踪で気が気でないのに、クレートが黙ってジュドーについて行くことに困惑する。
早く警察なり、それなりの機関に助けを求めるべきだと思うのに、クレートは口を一文字に閉ざして、ジュドーを見つめる目つきがきつい。
不穏な空気だけが蔓延り、二人は混乱しては自分を見失い訳が分からなくなっていた。
最上階の自分達が使っている部屋へ行くのかと思えば、ジュドーは全く逆の地下へ案内する。
何人か制服姿の男達をお供させ、エレベーターは少し窮屈だった。
なんの疑いもなく、ただジュドーに皆ついていき、部屋のドアを開けて入れと指示され、そこに入ったが、座るソファーも娯楽のテレビも何もない、ただの冷たい空間がひろがっている。
「一体どうなんてんだ?」
ジッロがつい口に出すと、にこやかだったジュドーの表情が邪悪にみちた悪者に変わっていた。
そしてお供についてきた男達は一斉にクレート達に襲い掛かり、手足を電子手錠で繋いでいった。
「ジュドー、一体どういうことだ」
「すまないね。ちょっと事情が変わってね」
ジッロとマイキーはショック続きで言葉を失い、怒る気力もそがれていた。
「さて、キャムをどこへ隠した?」
ジュドーはキャムの行方を知らないで居るその態度に、クレートは不可解な顔になった。
ジュドーはキャムが乱杭歯男に誘拐された事をまだ知らないでいる。
乱杭歯男の単独行動と見極めると、様子をみるために慎重に対応する。
「ジュドー、一体何を企んでいる。私達をどうするつもりだ」
「新しい儲け話が舞い込んだのさ。ネオアースは今、キャムとそこに居るアクアロイドを必死に探しているらしいね」
意味ありげにジュドーは嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
ジュドーに感じた違和感は、クレートがアクアロイドと行動を共にしている事を驚かなかったことだと気がついた。
コンサートで会ったときは変装していて、この原型の姿を見ていない。
それなのに驚きもせずに接してきた。
ジュドーはクローバーの使命を知っている。
そしてキャムの秘密も。
「それから、クレート、飛んでもない奴に恨みを買ったもんだ。あんたは今お尋ね者になってるぞ」
「ガースか」
「おやおや、すでにご存知で。その通り」
「という事は、宇宙ステーションでガースと会談したんだな」
「さすが、クレートだな。そこまでご存知とは。そうだ、そこでネオアースの代表者と話し合いをしてきた。そして自分にぴったりの儲け話が入って来たということさ。さて、キャムがどこにいるか教えてもらおうか」
クレートは考え込む。
ここでキャムが誘拐されたと言えば、ジュドーは乱杭歯男と連絡をすぐに取り、キャムが危なくなってしまう。
キャムがジュドーに知られずに乱杭歯男に誘拐されたことはまだ救いがある展開だったのかもしれない。
かなり危うい状況だが、少しでも勝算がとれるのなら、クレートはそれに賭けるしかなかった。
「キャムは、ネオアースに戻る準備をしている」
「なんだと、それじゃお前も、キャムの正体について知っていたのか」
後で聞いていたジッロとマイキーは話が見えずにきょとんとしていた。
クレートがどうにかしようとしているだけに黙って聞いていた。
「クレートの話は本当です。私がその手配を取り、キャムは今、あなたたち人間が勝手に名称をつけたエイリー族の保護の下、POアイランドへ帰る準備をしています」
クローバーが話し出した。
ジッロとマイキーにはちんぷんかんぷんだったが、聞き返すことはしなかった。
自分達は黙っている事が一番の解決策だという事をわきまえている。
クレートはクローバーに振り返る。
クローバーが言ったことは本当だと瞬時に判断した。
自分に黙って去ろうとしていたことに多少驚きつつも、どんどんパズルのピースが埋まって真実が見えはじめてきたと考えていた。
キャムが心臓発作で倒れた理由。
側にあったあの鉱石が原因だとクレートはすでに突き止めていた。
調べたところ、あれはエイリー族の情報データーが詰まった伝達装置で、エイリー族がそれに触れると一瞬にして過去の全てのデーターを脳に取り入れる事ができるとあった。
キャムはおそらく何も知らされずに育ち、強いショックと影響が原因で心臓発作を起こしたと判断したのだった。
その鉱石に反応したということは、キャムはエイリー族の子孫だと言うことにクレートは気がついた。
エイリー族は情報を共有しあい、その感覚を敏感に受け取る能力を持ち、知能と直感をつかさどる能力が、人間より遥かに優れている。
キャムが時折抱いた直感はそのためだった。
クローバーはそれを知っていて、キャムを保護するために送られた使者だった。
そして、この時ネオアース側は、エイリー族の拠点となるPOアイランドに戻る事を阻止しようとしている。
エイリー族とネオアースは同じものだと考えていただけに、二つの間で何か起こっている。
その鍵を握るのがキャムであり、クレートは何がなんでもキャムを守らねばと固く決心する。
「キャムの居場所を教えろ」
ジュドーがクレートに近づき、腹を蹴り上げた。
うっと声が漏れたものの、クレートは表情変えなかった。
「キャムは今頃、安全な場所にいる。それを知っているのは私だけだ。私を殴ったところで口を割ると思うのか」
「くそっ、やっぱりあんたはいけ好かない奴だ。ガースが嫌う気持ちが理解できる。ガースは私にあんたを始末するように頼んだが、これではスムーズに行かないではないか。先にあんただけでも殺ってしまおうかと思っていたのに」
クレートにとってただのはったりにすぎなかった。
だがそのお陰で命拾いするとはクレートもこれにはなんだか滑稽で、つい苦笑いになってしまった。
「何がおかしい。さっさと、キャムの居場所を吐け」
今度は連続して蹴りを入れられ、クレートはくの字になって床に倒れこんでいた。
「おい、やめろよ」
ジッロがクレートを庇おうと覆いかぶさる。
「ジッロ、離れろ。お前には関係ない」
「関係あるよ。俺はあんたのこと守るって誓ったんだ」
ジュドーは機転を利かし、側に居た男達にジッロとマイキーを抱えさせた。
そして容赦なくジッロとマイキーは殴る蹴るの攻撃を受けていた。
「その二人には関係ないことだ。やめろ」
クレートが吼えた。
「あんたを痛めても吐かないのなら、こうするしかないではないか。仲間を殺されたくなかったら、さっさと吐け」
なす術もなくジッロとマイキーは何度も殴られては、苦しそうに喘いでいた。
「クレート、気にすんな。キャムを救ってくれ」
「そうそう、これくらい叩かれても俺たちなんともないから。キャムのためなら喜んで死ねる」
ジッロとマイキーは必死で耐えていた。
しかし、クレートにはこの後のプランがない。
はったりでああいったものの、実際キャムは乱杭歯男に拉致されてどこかへと連れられている。
どっちにしても最悪だった。
「クレート、アクアロイドの底力ってご覧になりたいと思いませんか?」
クローバーが小声で語りかけた。
「もちろんだが、何をするつもりだ」
「あの人たちはアクアロイドの事を舐めてますね。従順で人間には逆らわない召使いだと思っているから、こんな電子手錠をかけてるんでしょう。ほんと大バカ」
無表情で冷たく冷めていうクローバーの声はそれだけで底知れぬ不気味さがあった。
クローバーは縛られていた電子手錠からするすると抜けだし、足も同じようにするっと抜けていた。
そして立ち上がり、いきなり大きな声を上げた。
「スーパーアクアロイド!」
見る見るうちに体が逞しく変形し、光り輝く。
そして素早い動きで、男達をノックダウンさせて行く。
ジッロとマイキーは圧倒されながら、その光景を楽しんで見ていた。
「すげー、クローバー、こんなに強かったなんて」
「ジッロ、クローバーの頭よくペチペチ叩いてたけど、結局は手加減されてたんだな」
二人は傷だらけの腫れた顔をしながら笑っていた。
ジュドーは逃げようとするが、クローバーは手を蛇のように伸ばしてジュドーの足を掴んでいた。
その拍子でジュドーは顔面を打つほどにこけていた。
「くそ、アクアロイドが人間にたて突くなんて。お前達は絶対に人を襲わないプログラミングがされてるはずだぞ」
「アクアロイドも善悪くらい見分けられます。それに人工知能は経験と共に学んで行くのです。一緒に過ごした人間と親密に心通わせば通わすほど、私はより一
層人間の感情を手に入れられるのです。ここにいる、クレートをはじめ、ジッロやマイキーたちは私を一人の人間として扱ってくれました。そのお陰で仲間を守
りたいという感情が芽生えただけです。そして、この三人が感じるように、私はあなたがとても憎い」
そういうや否や、クローバーは手を鋭いものに変形させ、心臓めがけて一突きしようとした。