第一章
2
小渕司には興味なんて全くない。
かっこよかろうが、サッカーが上手かろうが、私にはどうでもよかった。
だが、彼が自分と同じ飛翔国際高校を受験するとなると別だ。
急にライバル意識が高まってしまう。負けたくない。
めらめら燃える闘志。頭の中で戦いのゴングが響いた。ファイト!
一人必死になって馬鹿馬鹿しくもあるが、小渕司が目立つだけに意識すると視界に飛び込んでくるからどうしても張り合ってしまう。
相手は私のことなんて全く知らないというのに。
そして噂で聞いてしまった。
なぜ彼が飛翔国際高校を希望したのか。
「小渕君、サッカーの腕を買われているから、高校は受かったも同然だね」
誰かがそんな事を言っていた。
飛翔国際高校にはサッカー部があり、県内でも強いと言われている。
できることなら強い選手を集めたいがために、サッカー推薦枠というのがあるらしい。
その他に英語に力を入れてるので帰国子女枠があるとも聞いた。
自分は該当しないので、そういう枠組みはよく知らない。
特別待遇の何ものでもないだろうが、学校の事情とは言え、一般からしたらなんだか不公平に思えてしまう。
小渕司が私よりも勉強ができなくて、サッカーが得意なだけでその高校に入れると約束されているとしたら、私はショックだ。
彼にはサッカー試合で優勝に導いた活躍が実績となって飛翔国際高校にまで名声が届いている。
高校にとったら欲しい人材。
それが悔しくて小渕司を見ると無性に苛立ってしまい、私の中のどろどろとしたものが煮えていく。
まさにそれが嫉妬。
小鼻がどんどん膨らんでいく。
でも私だって負けられない。
サッカーはできなくとも英語は私の方ができると思う。
すでに英検準二級は取ったし、中学三年生だと三級を取るだけでもすごいことだから、私はその上をさらに行っている。
私だってその部分を見てもらったら優遇してもらえるかもしれない。
私は受かると信じて受験まで頑張れるだけ頑張った。
やがて年が明け、私立の入試がまもなく始まった。
希望している高校ではなかったけども、真剣勝負で挑み、それはなんなく合格した。
少しだけ肩の荷が下りる。
経済的に私立には進めないけども、それでも合格という言葉を見るのはいい気持ちだった。
この調子で飛翔国際高校も合格するつもりでいた。
そしてその受験当日。
縁起を担いで豚カツを詰め込んだ母特製のお弁当を持って私は受験会場の飛翔国際高校へと向かった。
天気はあいにくの雨。
少しだけ鬱陶しい雨足に惑わされてしまう。
幸い交通機関に無縁の徒歩のみだから、傘さえ持っていれば大丈夫と自分に言い聞かせ家を出る。
地元民しか知らない住宅街の狭い道を歩いていると、前からセダンの車がやってきた。
見た感じ、すれ違うのは結構ギリギリかもしれない。
車はゆっくりと進んでくる。私もよけようと端に寄ったとき、車に気を取られすぎて水で溢れていた溝に運悪く足を突っ込んでしまった。
「あっ」と思ったときには片足は水の中にはまり込み、くるぶしまでずぶぬれ。
車はそんな私の災難に気がつかずすーっと去っていった。
腕時計を見れば家に戻っている時間はない。
靴の中までぐちょぐちょに濡れた気持ち悪い状態で私は仕方なく歩く。
靴に溜まった水は靴下にもたっぷり含まれて歩く度にばちゃばちゃして水を踏んでいるようだ。
不快で気持ち悪い。
またこの濡れた片足を誰かに見られたら恥ずかしい。
最悪だ。
学校に近づくにつれ様々な制服を着た生徒たちが目に入る。
誰にも気がつかれませんようにと思いながら、傘を深く下げておどおどとしてその中へ紛れていく。
大切な日なのに、なんでついてないのだろう。
万全の体制で臨みたかったのに、すっかり動揺して気持ちのバランスが崩れてしまった。
そんなときにばったりと小渕司と出会ってしまうから、心の中の黒い感情が湧き起こって苛々してしまう。
知ってる制服だから、小渕司は私をちらりと見ていた。
お互い妙に意識してしまった。
落ち着け、落ち着け。
気持ちを静めようと何度も深呼吸する。
この受験になんとしてでも合格してやる。
その意気込みを奮い立たせ、最悪のコンディションでも私は勝負に挑んだ。
試験中、ずぶぬれになった靴下で足が冷たかった。