第一章


 お調子者の高遠とまじめ風の菅井。
 ふたりは息のぴったり合った友達だった。
 そこに自然と群がる他の男子たち。見るからに楽しそうにこの高校で過ごしている。
 私にはこのふたりのようにまだこの人と決まった仲のいい友達はいない。
 適当に挨拶し、雑談できる人はいても、自分からそこに入ろうとしなかった。
 それとも向こうから私を受け入れたくないのかもしれない。
 入学早々、落ち込んでいたし、誰かと話を合わせる気力もなくて無口でいたから見るからに変な奴と思われても仕方がなかった。
 そこにプライドだけは高いから変に人を見下した態度が出ていたに違いない。
 どこかで自分はこの人たちと違うレベルなんだと思ってしまう。
 そんな事馬鹿げているとは表面でわかっていても、心の奥ではそうじゃないから自分が嫌になってくる。
 自分を抑えながら必死に高校生活を送る。
 不満が溜まってばかりだった。
 そんな私を見かねて明穂は積極的に話しかけてくるが、私の態度は真逆の消極的。
 それでも明穂は私を嫌うどころか、一人でいる私に気を遣って自分のグループに入れようとしてくる。
 そんなお情けなんかいらないのに、明穂のその努力がみんなの知れ渡るところになり、私は明穂と仲がいいと思われいつの間にか同じグループになっていた。
 私は中学三年の時、明穂の事を見下していたというのに、今は一緒に行動しているなんて――。

 昼休み、みんなでお弁当を食べていると、グループ内で目立とうとする和田アズミは話題を振る。
 どことなく中学の時の順奈とキャラが被る。
「そういえば、明穂って木暮さんと同じ中学だったんだね」
アズミはよそよそしく私の苗字を『さん』付けで呼ぶ。私の事をナルと呼び捨てにするのは明穂だけだった。
「そうだよ」
 明穂は大したことのないように答え、お箸でつまんだご飯を口に入れた。
「木暮さんって、見かけは大人しいのに結構男子と仲良く喋るんだね」
 ちらっと私を見るアズミの目に少し敵意を感じた。
 アズミにしてみれば、普段あまり人と喋らないのに異性と口を聞く私が媚を売っているようで気にいらないのだろう。
 だけどこの時もっと慎重に考えるべきだった。アズミは高遠に好意を寄せていたのだ。
 高遠はクラスで目立つから、女生徒の気を惹きやすい。
 それがかっこよく女子の目に映るのだろう。
 興味のない私には高遠なんて煩いハエくらいにか思わなかった。
「そんなことない」
 私は目も合わせずそっけなく答える。
「でも朝、仲良く話していたじゃない。あんな木暮さん見るの初めてだった。ねぇ」
 アズミは周りに同意を求めると、みんな適当に「うんうん」と返事する。
 どうでもいい事なのにその場の雰囲気にのせられて、この時とばかりに、アズミの腰巾着の真鈴と理央が私を攻めてくる。
 話していたといってもひとこと、ふたことといったレベルじゃないか。
 あれで仲がいいと決め付けるにもほどがある。
 私は苛立った。
「それじゃ、和田さんも彼らと話せばいいじゃない」
 私だけが別に特別じゃないという意味だったけど、黙り込んだアズミの顔を見たとき、キッと私を睨んでやけに挑戦的だった。
 それが反感を買ったと気がついたときには遅かった。
 自分から仕掛けてきたくせに、なんて低俗な。
 私は何事もなく食べた弁当箱を片付け、手持ちぶたさにクッキーが入った袋を取り出した。
「あっ、クッキーだ」
 明穂が目ざとく気がつくと、全員の目がクッキーに集まった。
「ナル、作ったの?」
「違う、母の手作り。よかったら食べる?」
 お腹はすでにいっぱいだったので、クッキーの入った袋を差し出すとみんな物珍しくて欲しがった。
 「ちょうだい」と、明穂が袋を取ってひとつ手にしてからみんなに回す。
 アズミはあまり興味がなさそうだったが、自分にも回ってくると仕方なく手にしたみたいだった。
「おいしい」
 すぐに口に入れた明穂が大げさにクッキーを褒めた。
 次々にみんなも褒めてくれ、アズミもすでに機嫌を直したみたいで一緒になっておいしいといってくれた。
「これ、なんかサクサクとして、それでいてホロホロと口の中でとけるみたい。食感が普通のクッキーと違うね。ねぇ、このクッキーのレシピちょうだい」
 明穂はすっかり気に入っていた。
「普通の良くあるクッキーのレシピだと思うよ。でも母に一応訊いておく」
 何がそんなに違うのか、私にはわからなかった。
「ねぇねぇ、もうすぐゴールデンウィークも始まるじゃない。よかったらさ、みんなで私の家に集まって一緒にクッキー作らない?」
 唐突に明穂が言い出した。
 私の持ってきたクッキーに影響されてか、目を見開けて力が入っていた。
「それいい!」
「行く、行く!」
 誰もが乗り気ですんなりとそれは決まる。
 私を入れてこのグループは明穂、アズミ、真鈴、理央の五人だけど、大勢を簡単に家に誘う明穂は相変わらず能天気だと思った。
 休みの日まで何でみんなで集まらねばならなないのだろう。
 私が断ろうとしていると明穂は私をしっかり見て言う。
「ナルも絶対来てね。ナルにコツを教えてもらうんだからいないと困る」
「私が作ったわけじゃないのに、コツなんて知らないよ」
「でも作っていたところ見てるでしょ」
 実際母がクッキーを作っていたのなんて知らないくらいなのに、決め付けられても困る。
「だから、私知らないし……」
 私が発言したと同時にアズミが喋り出した。
「そういえば、明穂のところって留学生が下宿してるんじゃなかったっけ?」
 えっ、留学生?
「うん、そうだよ。オーストラリアから来た学生」
「すごーい」
「見たーい」
 真鈴と理央は珍しい動物を見に行くみたいに言った。
 でも私も正直気になった。
「もしかして、飛翔国際高校に通ってる留学生?」
 私が尋ねると明穂は「うん」と答えた。
 私がもしそこの高校に受かっていたら、一緒に住んでいた留学生なのかもしれない。
 私の住んでるところは飛翔国際高校がある地域がら斡旋機関からそういう声が掛かる。
 明穂がまさか留学生を受け入れているなんて思ってもみなかった。
 その話で私は明穂の家に行くと返事をしていた。
 結局私も真鈴と理央の事をとやかく言えない。
 私もその留学生に会ってみたい。
明穂は私が遊びに行くと言った事を大いに喜んでくれている。
 どうして明穂はここまでして私に構うのだろうか。
それは明穂の家に行った時、知ることになる。そして私はかなり落ち込んでしまった。
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