第一章


 世間ではゴールデンウィークの連休の長さが話題だが、それは社会人が飛び石の平日に有給取ったり、上手く繋げたりと長くしているだけで、学生にしたらカレンダー通りの休みにしかならない。
 今回は前半後半と平日を挟んで分かれてしまう。
 休みになってすぐに明穂は、クッキー作りという名目で私を含む四人のクラスメートを招待した。
 母の作ったクッキーを明穂が褒めた事を母に言えば、母もまんざらではなく喜んでいた。
「そう、成実のお友達がそんな事を、あら嬉しいわ」
 そのクッキーが原因で明穂の家に招待されて、一緒に作ることになったと言えばさらに嬉しそうに微笑んだ。
「お友達に誘われて一緒にクッキー作りするなんて、よかったわね」
 学校生活に不満を持っていたから、母は私がようやく学校に慣れて友達と楽しんでいると思って安心したみたいだ。
 それ違うから。
 クッキーをみんなでキャッキャウフフしながら作りたいなんて私は思ってない。
 私の目的は明穂の家にホームステイしている留学生を見てみたいからだ。
 本来なら私の家に来ていたかもしれない留学生。
 自分が志望する高校に受からなかったから土壇場でホームステイを断ってしまった。
 自分でも勝手だったのは百も承知だ。
 だけどあの時は辛くて仕方がなかった。一緒に過ごしたらもっと惨めになっていたことだろう。
 だからどういう留学生なのか一度観てみたかった。
 明穂たちと休みの日まで一緒に過ごしたくないのに、好奇心が私をそこへ導く。
 そこには複雑な気持ちがあって、明穂がどうしても好きになれず、自分の中で同等と見られないいやらしい感情が湧き起こる。
 こんなこと誰にも言えない。言ってしまったら自分はもっと自分の事が嫌いになってしまう。
 どうしようもない感情を抱きながら、私は母に必要な材料とクッキー作りのコツを訊いていた。
 母は私のためを思い、紙に書きながら説明してくれた。
 娘が友達に慕われる姿を想像しているのか、顔が綻んでいる。それがもっと私を辛くしていた。

 そのクッキー作りの当日。
 同じ町に住む明穂の家へと自転車で向かった。
 場所は予め訊いていたが私の住んでいるところから少し離れ、町全体を見下ろせる丘の上にあり坂道がきつかった。
 近くまでバスが通っていたので、他の人はバスを利用してやってきた。
 ちょうど行く途中でバスから降りた三人と会い一緒に歩いていった。
 私服姿の三人を見るのは初めてで、学校で見るのと雰囲気が違う。
 三人ともスカートを穿いておしゃれをして、みんな高校生らしくかわいらしい雰囲気が漂っている。
 私だけがジーンズにTシャツ。色気もなかった。招待されたというのに明穂をリスペクトする自覚ももちろんなかった。
 みんなの服装を見たら自分が浮いているようで少し居心地が悪くなってしまう。
「この辺の家って新築が多くて見るからに金持ちそうだね」
 誰が言ったのだろう。
 それはみんなが思っていたことだった。頷きが自然と重なる。
 私は自転車を手で押しながら辺りを見ていた。
 地元だからこの土地には詳しいが、今まで気にした事がなかったといえ、確かにこの辺りの家は大きいものが多い。 この辺りは開発されて間もない地域だ。どの家も建ったばかりに見える。
 そして明穂の家の前に着いたときは、皆驚いた。車が二台入りそうな幅の広いガレージ。
 この辺りが勾配になっているのでガレージの隣に階段があり、その上に門が見える。
 そこを上ったところで庭が続いて奥に家が鎮座しているのが見えた。でかい。
「本当にここ、明穂の家?」
 アズミが私に訊く。
 同じ地元だから知っていると思ったのだろうが、私もここへ来るのは初めてだから半信半疑だ。
 最新のデザインもアート的にかっこよすぎるといっていい。
 信じられない思いで表札を見ればちゃんと明穂の苗字で『棚元』と記されているから、そうだとしか言えない。
 備え付けられていたインターホンを思い切って押した。
 少し間をおいて「いらっしゃい」と明るい歓迎する明穂の声が聞こえてくる。
 モニターがついていて私たちが見えている様子だ。
「門は開いてるから、そのまま入ってきて」
 そういうや否や、インターホンの通信が切れた。
 私たちは顔を見合わせおどおどしながら門をくぐり、表庭に植えられている木々や花を見ながら玄関先へと進む。
 圧倒されている私たちは口数少なく緊張し、ドアが開いて明穂の顔を見たとたん安心して力が抜けた。
「来てくれてありがとうね」
 明穂のにこやかな歓迎振りは、私が良く見る能天気さに見えて冷めてしまう。
 でも他の三人は招待された事を心から喜び、この家がとても素敵だと各自それぞれ心に抱いた事を言い出した。
 普段の明穂からは想像できない暮らしがそこにはあった。
「さあ、上がって上がって」
 家の中に入れば、玄関先が広くてそこだけで一部屋に思えた。
 何気なく飾られた美術品らしい彫刻や絵画。置いているものまで違う。
 私たちは「お邪魔します」と次々に靴を脱ぎ、もちろん丁寧に揃えて上がり込む。
 私たちの靴の他にも少し履きならされた男物のスニーカーが目に入った。
 つやつやと光っている廊下に、明穂はお客様用のスリッパをそれぞれ出してくれた。
 明穂に案内され大広間に通されると、ソファーには金髪の女の子とどこかでみた男の子が座っていた。
「コンニチハ」
 元気のいい挨拶をする外国人の横で、男の子は恥ずかしそうに頭を下げる。そして私と目が合った。
 うわ、小渕司だ。なんで彼がここにいるの!?
 私が驚いている間、明穂はひとりひとり紹介していく。
「まず、オーストラリアから日本に留学しているミッシェル」
 名前を呼ばれたミッシェルはすくっとソファーから立ち上がり愛嬌をふりまく。
「ええと、ミチコって呼んでください。日本語の名前、ここのパパさんにつけてもらいました」
 ミチコ?
 その名前の雰囲気が彼女には合ってないように思えた。
 ミッシェルは目がブルーで金髪。やっぱりミッシェルの方がしっくりきて、ミチコの名は彼女にはダサく感じてしまう。
 そんな風に思われていると知らないで自分の日本語名を気に入っているミチコはさらに続けた。
「日本が大好きです。みんなと会えてうれしいです」
 多少イントネーションのおかしさはあるが、とてもすらすらと流暢に日本語を話しているのには驚く。
「それから、こっちがツカサ。私と同じ学校に行っていて、私のボーイフレンド」
 ミッシェル、いや、本人の希望通りにミチコと呼ぶが、いきなりボーイフレンドと小渕司を紹介して私は驚いた。
「参ったな。ええっと、僕は小渕司といいます。ミチコが勝手にボーイフレンドといってるけど、訳せば男の友達というこで、そういう意味ではないです」
 小渕司は否定しながらも照れていた。
「ツカサ、恥ずかしがり。ジョークも通じない」
 ミチコがからかった。
「ミチコにはオーストラリアに恋人がいるじゃないか」
「遠いから、ウワキしてもOK、OK」
 なんだかノリがいい。悩みなどなく、いつも陽気な楽天家に思えた。
「実は、最近元気がなかった僕を励まそうと招待されました。皆さんの邪魔にならなければいいんですけど」
 小渕司は恐縮していた。でも元気がないってどういうことだろう。
 詳しい事を訊けないまま私を含めた四人は圧倒されて棒立ちになってミチコと小渕司を見ていた。
「ナルはツカサ君知ってるよね。同じ中学だったから」
 明穂はさらりと『ツカサ君』なんて呼んで私に振ってくる。
 知ってるも何も、私の黒い気持ちがまた腹の底から燻りだす。
「うん……」
 顔を強張らせて私は返事する。
 小渕司も何かを察して私を見てぎこちなかった。
 私と小渕司にある関係も知らず、明穂は次々と友達を紹介する。
 ミチコはひとりひとりの名前を繰り返していた。
「アズミ、マリン、リオ、ナル……うん、覚えた」
「ミチコは努力家で、記憶力もいいんだ」
 明穂が褒めると、ミチコは明穂をぎゅっと抱きしめた。
「アキホもサイコー。いつも明るくて、優しくて、私を褒めてくれる。大好き」
 ふたりが抱き合ってる姿をみんなは微笑ましく見ていたが、私だけが素直に笑えない。
 泣きたいほどにただ悔しくて明穂と向き合えないものを感じてしまった。
 明穂は金持ちで、留学生と一緒に過ごし、その留学生から慕われている。
 まさか明穂はこれを私に見せたかった? 私と仲良くする理由は私に嫌がらせするチャンスを狙ってたのだろうか。 疑心暗鬼に明穂を見れば、明穂は相変わらず楽しそうにしている。
 私と目が合ってもその笑顔は変わらなかった。
 私だけが心にわだかまりを持ってぎこちなくなっていた。
 私はその笑顔に答えられず、思い出したように手に持っていた手土産を明穂に渡してごまかした。
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