第二章

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 乗り気じゃないミッシェルに一緒に来てほしいと頼み込み、小渕司にも一緒に来てほしいとお願いして承諾させる。
 ゴールデンウィーク前半が始まる週末はふたりをつれて明穂の家に向かった。
 今回は自分で柏餅とチマキを買って持っていく。
 明穂の家につくと、ミッシェルはその立派な家の造りに驚き、小渕司は居心地悪そうにそわそわしていた。
「いらっしゃい」
 明穂がフレンドリーの持ち前で明るく迎えてくれると、ミッシェルも小渕司も緊張が解けたみたいだ。
「明穂の家はいつ来てもいいね」
 私の言葉に明穂は首をかしげている。
「ナルはここに来たの初めてじゃなかったっけ?」
「ああ、そうそう。だから毎日来たいほど素敵だなっていう意味」
 書き換えられている事を忘れていた。
 私だけが一度目の記憶を持っている。
 なかったことになるって、覚えているものにはややこしい。
 暫くしてから、アズミ、真鈴、理央がやってきて、賑やかさがました。
 久しぶりに見る三人は懐かしいながらも、初対面だ。
 よそよそしく遠慮がちに私と接していた。
 前回はアズミと喧嘩したままで終わったけど、彼女にとっては初対面だから私のことは何も知らない。
 幾分気取った態度だが、アズミは慎重に私と向き合っていた。
 きっと上か下か見極めているのだろう。
 私の方から親しみをこめて話し出すとアズミの態度が優しくなる。
 どうやら少しはリスペクトしてくれているようだ。
 真鈴と理央は明穂の家に圧倒され、明穂を見る目が変わった。
 この後、明穂はこのふたりから慕われることだろう。
「ステキな家」
 隅々を見て圧倒されているミッシェル。
 きっと私の狭い家と比べているに違いない。
 明穂と話している目が生き生きしていた。
「木暮さんがどうしてもと頼み込むから来てみたけど、なんか場違いじゃないかな」
 小渕司は落ち着かなさそうに私の耳の側で呟いた。
「大丈夫」
 私は太鼓判を押す。
 このメンバーが集まれば、一度目のときと全く同じように楽しくお菓子作りが始まった。
 あのときの母のクッキーのレシピもしっかり訊いて紙に書いて持ってきた。
 それぞれが自分の形のクッキーを作り、いろんなおしゃべりに笑い声を弾ませている。
 明穂のお陰で楽しくその時を過ごせ、ミッシェルにも笑顔が戻ったように思えた。
 多少の違いはあるけれど、大体の雰囲気は前回と同じように見えた。
 この時ばかりは私も弁えてホスト役の明穂に協力的だった。
 私にとっては前回の反省も踏まえてとても楽しいお菓子作りになった。
 小渕司の様子も時々窺えば、女の子に囲まれてぎこちないながらも彼なりに一生懸命に接していた。
 無理をしている風にも見えたけど、真鈴と理央が小渕司を気に入って調子を合わせていたので、まんざら悪くなさそうだった。
 これで何かが変わればいい、そう思いながら私はこの日を過ごしていた。

「またみんなで集まろうね」
 帰り際に明穂が言うと「来たい、来たい」と真鈴と理央がはしゃいで答えていた。
 アズミも感謝の意を述べている。
 この感じ覚えていた。
 この時私は冷めた目で立っていたんだ。
 小渕司が私を見たけど、目を逸らしたんだった。でも今は違う。
「明穂、本当に招待してくれてありがとう。とても楽しかった」
 私は明穂の手を取り、心から感謝を述べる。
「ナルに喜んでもらえて嬉しいよ。ナルも私たちと学校が一緒だったらよかったのにな」
「そうだよね、きっと私たち楽しく過ごしていただろうね」
 アズミが言うから、噴出しそうになってしまった。
 私たちはもう一度明穂に礼を言ってから家を出た。
 外は日が暮れかけ肌寒い。
 バスで来たアズミたちと別れたあとは、私と小渕司とミッシェルで家路に向かっていた。
 明穂の家では明るさを取り戻していたミッシェルだったが、薄暗さのせいもあったけど、無表情で虚ろに黙り込んでいた。
「棚元さんって気前がよくて明るい人だね」
 小渕司が話しかけてくる。
「明穂は小さいときアメリカに住んでたんだって。だからちょっとアメリカンっぽいところがあるのかも」
 私が言うとうつむいていたミッシェルが顔を上げた。
「アキホ、話してて楽しかった。家も大きくてきれい。あそこでホームステイできたらよかったのにな」
 その言葉が私の胸にぐさっと刺さった。
 結構はっきりといってくれたもんだ。
「それ、ホームステイを提供している木暮さんに失礼だよ」
 小渕司が嗜める。
「感想をいっただけ。悪くない」
 ミッシェルはプイッと横を向いて気まずい思いを抱いていた。
 本人も言い過ぎたと少しは思っているのかもしれない。
 ミッシェルのポロッとでた本音。潔すぎて怒る気にもなれなかった。
 そんな私がもどかしく小渕司は隣で驚いている。
「君はそんな風に比べられて、腹が立たないのか」
「小渕君、大丈夫。仕方ないの。ミッシェルはホームシックだから。悪気はないから」
 私は小渕司の前に立ってミッシェルの盾になっていた。
 それを小渕司は手で押しのける。
「あっちの方がいい。あっちの方が優れてるから。そんな理由でないがしろにされるなんて僕は許せない。言われた人の気持ちになってみろよ」
 小渕司が感情を露にして私はびっくりする。
 一体どうしたの小渕司……
 その様子に唖然としてしまった。
「だって、私は特別なの。りゅーがくせーなの。いい条件の方が限られた時間もっと楽しくなる。本音が出ただけ」
 ミッシェルもこのときとばかり不満を吐き出した。
 そしてちらっと私を見て更なる本音を漏らした。
「私、ナルミといると疲れる。アキホと暮らしたかった」
 これではっきりした。
 一度目の書き換えの前、ミッシェルがあそこまで明るく楽しそうにしていたのは、明穂の家にホームステイしたからだ。
 環境が影響していた。
 そして今、仲がよかったはずの小渕司とミッシェルが喧嘩している。
 前回は私が小渕司と喧嘩したんだった。
 これはバタフライエフェクトだ。
 蝶がただ飛んだだけで何かが変わって影響され、別の何かが生み出される。
 ここまで変化してしまうと、私は戸惑っておろおろしてしまった。
 小渕司が怒りを露にして、こぶしを作って硬く握って震えている。
 ミッシェルの言葉だけでここまで怒りを見せる彼もおかしい。
 まるで自分に言われたみたいに問題を取り込んでいる。
 一体何が起こっているのだろう。
 苛立ちですごんだ瞳がどこか遠くを見ているのが私を怖がらせた。
「ミッシェル、先に帰っていて。私たちのことは後で話そう」
 ミッシェルも気持ちが落ち着かず躊躇っていたが、離れる方がいいと判断して不機嫌のまま去っていく。
 どんどん先を行く彼女が闇に溶け込んでいくように辺りは一層暗くなってきていた。
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