第二章 


 あまり気持ちがすっきりしないまま、昇降口で靴を履き替え帰ろうとしていると小渕司とかち合った。
「あっ、小渕君」
「木暮さん、新入生代表に選ばれたなんてすごいね」
「でも担任はあまり面白みがない挨拶だったってダメだしくらっちゃった」
「だけど、入ってきてそうそう面白いこと言う余裕なんてないよね。木暮さんはしっかりとしていたし、とても礼儀正しくて見ていて気持ちよかったけどな」
「ありがとう」
 小渕司の優しさが身に沁みる。
 心の底ではどうしても罪悪感が残っていてまともに顔を見る事ができなかった。
 話しているうちに自然と途中まで一緒に帰ることになり、私たちは肩を並べて歩いていた。
 あれだけ嫉妬して敵意を持っていたというのに、ただ今は自分の愚かさを心から悔いていた。
「小渕君のクラスはどんな感じ?」
「まあまあかな。入学したばかりだから、まだわからないのが本音。木暮さんのクラスはどう?」
「みんな賢そうで、場違いな気分。担任も怖そう」
「そういえば、玉手先生って神経質らしいね。情報通の誰かが噂流してて耳に入ったよ」
 言われなくても見たままだと納得してしまう。
「小渕君の担任は大丈夫そう?」
「女性だし、まだ優しい感じかも。なんとかやって行けるんじゃないかな」
 小渕司は高校に入った事を後悔するとこの後やっぱり言うんだろうか。
 あのなかったことになった世界ではそう答えていた。
 あの時私は小渕君といい合いをして喧嘩別れしてしまった。
 小渕君に一体これから何が起こるというのだろう。
 分かっていることはサッカー部で二年生を差し置いてレギュラーになり、そこから足を怪我させられてしまうことだ。
 いつそれが起こるんだろう。
 ゴールデンウィークの休みが始まった時には、小渕君は足を引きずって歩いていた。
 ここ三、四週間の間だ。なんとかそれを阻止できないだろうか。
「私さ、サッカー部のマネージャーやってみたいなって思ったんだけど。どうかな」
「いいんじゃない? サッカー好きなの?」
 そういえば、私は運動おんちでスポーツなんて全然興味なかった。
「う、うん」
 慌てて返事してちょっと心苦しい。
 でもそれ以外答えようがなかった。
 まさか小渕君を罪滅ぼしに助けたいなんて言えないし、言っても意味不明だろう。
「小渕君はサッカー大好きだよね。中学の時、優勝まで導いたもん」
「好きっていうか、やらなければならない意地みたいなものかな」
 小渕司の目が遠いどこかを見ているような、そんな悲しげな瞳になっている。
 サッカー推薦枠で入ってきたから期待に答えないといけないプレッシャーだろうか。
 言葉を掛けられない雰囲気を感じ、黙って真っ直ぐ歩き続けようとしたとき、分かれ道があるところで小渕司は立ち止まる。
「僕、こっちなんだ。それじゃまた」
「うん。バイバイ」
 手を振って角を曲がる小渕司と別れた。
 いつまでも小渕司の後姿を見ているわけにも行かず、私も歩き出す。
 その直後後ろで「クーン」と鼻を鳴らす声が聞こえる。
 振り返れば小渕司が曲がった角でまたあの茶色い犬が出現している。
 私を見て尻尾を振っていた。
 あのタキシードの男もいるのだろうか。
 キョロキョロと辺りを見回している間に、茶色い犬は姿を消していた。
 角を曲がったと思って走り寄ってみたが、すでに遠くを歩く小渕司の後姿が見えただけだった。
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