第三章


 最近めっきり寒くなってきた。
 でも僕の心はずっとそれ以上に冷たいままだ。
 中学に上がってから僕の身長は一気に伸び、小学生の幼かった顔つきが少年のそれへと変わっていった。
 これから受験を迎え高校生になったら、僕はまだこの先も成長していくのだろうか。
 高校はどこを受ければいいのだろう。
 僕が目指せて、できるだけレベルの高いところ。
 偏差値で探したら、南甲高校が僕の思うレベルの高校だった。
 とりあえずここにしておこう。
 まだ何をしたいか、何になりたいかなんて将来の夢なんて全然何も決めてない。
 ただ我武者羅に自分を認めてほしいと気持ちだけが焦る。
 サッカーだって、頑張ったから人よりは上手くなれたと思う。
 別にサッカー選手になりたいとか、そういう憧れは全くないんだけど。
 むしろ自分でもサッカーが好きなのだろうかと疑問に思う。
 なんでサッカーをするのだろうと疑問を持ちながら、それでもやめられない理由が僕にはあった。
 結局サッカーをすることで学校では目立ったけど、僕はあまり積極的な方ではない。
 でも友達に恵まれそれなりに普通の中学生活を送っているとは思う。表面的には。
 でも無邪気にガキっぽい事をしている奴らをみれば、常に一歩下がって見る癖がついてしまい、自分だけ早くみんなより大人になった気分だった。
 何人かの女の子から告白を受けたこともあるけど、僕は恋愛する気分ではなかったから全部断った。
 素直に人を好きといえるのが羨ましい反面、簡単にそれを受け入れられるほど僕は素直じゃなかった。
 僕の何を見て好きと言えるんだ。
 好きと言われる度に疑問が湧いた。
 僕は自分が嫌いだ。
 僕は自分が許せない。
 友達と一緒に学校から帰る途中、前方にゆっくりと歩いている女の子がいた。
 名前はすぐに出てこないけど見た事がある。
 隣のクラスにいたように思う。
 ずっと前に英語のスピーチ大会に出た子じゃないだろうか。
 休日に催されたあまり知名度がないような大会。
 各学校で選ばれた生徒が思い思いに英語で自分の夢や未来を語るというものだった。
 家にいるのがいやで僕はその大会を気まぐれに見にいった。
 何かのお祭りのような国際交流を目的としたイベントの中の一環だったように思う。
 スピーチ参加者は代表に選ばれるだけあって、発音のいい子やいかにも先生が用意した英語を暗記して演じるように話す子が多かった。
 優秀な子ばかりを集めた大会だから、中学生でここまで英語を話せるのが上手いと思うのは当たり前だ。
 そんな中で、あの子だけは違った。
 僕は英語が話せるほど得意ではないけども、あの子が語ったスピーチは他の代表者たちと比べたら酷く拙く聞こえた。
 だけど恥ずかしがらずに堂々としていた態度が印象的だった。
 厳密に言えば、開き直ってると言った方が合っていたけど。
『私は夢を持ってます。将来アメリカに行きたいです。英語をもっと上手く話せるようになりたいです。努力します。人の身になって考えます。正しい事をします。英語が大好きです。それをここで言えて嬉しいです』
 そのような意味の事を英語で言っていた。
 とにかく知ってるだけの表現を言うだけ言って潔かったのを覚えている。
 それを思い出しながら彼女とすれ違う時、僕は何気にその子を見てしまった。
 でも僕があからさまに見たせいか、彼女は僕に冷たい視線を向けた。
 そしてプイと横を向く。
 そんな風に睨んでくる女の子なんて今までいなかったから、僕はちょっと面食らった。
 でもじろじろ見ていた僕の方に非があるから仕方ないと思うことにした。
「来週、三者面談が始まるな。おかんと一緒にってなんかやだよな」
 一緒に帰っていたうちのひとりが言い出した。
「何言ってるんだよ。家に帰ったら、『母ちゃん、母ちゃん、抱っこ』って甘えてる奴がさ」
 誰かがそれをからかい、みんなで噴き出してしまった。
 僕も形だけは一緒に合わせていた。
 でも目は笑ってなかったはずだ。
 僕はお母さんとは相性が悪いから、そういうシチュエーションの話は嫌いだ。
 そのお母さんに三者面談の話をしなくてはならないのが憂鬱だ。
 先生の前であの人と一緒に志望する高校を決める。
 お母さんはどんな顔をして聞くのだろうか。
 僕が何を希望しようと何も思わないことだろう。
 それでも僕は精一杯いい高校に入ろうと努力を怠らない。
 常に上を求める。
 僕はプログラミングされたロボットのようにそれをする事を決められている。
 そして僕もそうする事で僕自身を騙しに騙していた。
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