第一話


 この状況から考えるに、リッキーも翔太も由香に気がある。
 そして由香はそれを存分に楽しめる立場だということ──。
 誰と恋をするか。
 それとも、このもてる自分を楽しんで満足するか。
 そして自分はかわいい女の子ときてる。
 なんでもやりたい放題に思えてきた。
 夢を見てるにしても、このリアルな感覚は現実としか思えない。
 暫し由香は本当の38歳の自分を忘れていく。
 ──私はここでは18歳の高校生。そして主人公。
 由香はリッキーと翔太を見比べた。
 どっちも甲乙つけがたいほどカッコイイ。
 二人は既にライバル意識を持っていては由香を取り合おうとしていた。
 なんという乙女チックな展開。
 由香はそれに酔いしれだした。
「俺、由香と小さい頃、一緒に風呂に入ったことあるんだぜ」
 翔太は自慢げにリッキーに言っていた。
「ちょっと待って、なんでそんな話を言うのよ」
 ここは演技も必要だと由香は自分でシナリオを作っていく。
「そんな昔の話、どうだっていいよ。俺は由香ちゃんと同じクラスで毎日会ってるし」
 リッキーも対抗していた。
 二人が取り合いしている様子は分かりやすく漫画そのものの展開だったが、それでもその様子にゾクゾクしてきた。
 この場合どっちを取ればいいのか考えていると、リッキーの方を取った。
 しかし、心は幼馴染の翔太も捨てがたい。
「あのさ、今はリッキーが来てるから翔太は遠慮してくれないかな」
 翔太がどんな展開を見せるのか気になりながら由香は言った。
「ちぇっ、わかったよ。俺、おばさんと下でテレビ観てる。今日は夕飯食べていけって誘われてるんだよ」
 捨て台詞のようにして翔太は部屋を出て行った。
 由香は思い通りの展開に笑いが出そうになりながら、ここは笑っちゃいけない場面だと思い、憂い顔を無理に作りリッキーを見つめた。
「リッキー、ごめんね。まさか、翔太が来るなんて思わなかった」
「いや、気にしてないよ」
「嘘、なんかさっきと態度が違う。本当にごめん」
「君が謝ることはないよ。だけど、こうやって君の部屋に来れて俺は嬉しかった。ずっと由香ちゃんと話したかったから」
「私も、リッキーと話せてよかった」
 暫く二人はまじかで見詰め合う。
 リッキーの真剣な眼差しがゾクゾクさせる。
 かっこいいと見とれていると、リッキーの顔が近づいてきた。
 由香はその雰囲気に流されキスしたい反面、そんなにも早くリッキーとくっ付いていいものか躊躇する。
 まだ翔太とのやり取りも後であると思うと、はっとしたふりをして少し距離を取った。
 リッキーはそれに気がつくと、まずいといわんばかりに突然立ち上がった。
「ご、ごめん。なんか俺、由香ちゃんを目の前にすると理性なくなりそう。ハハハハハ」
 誤魔化すように笑うリッキーに由香も合わせて、何度も気にしてないからとつつしまやかに気を遣っていた。
 暫く他愛もない話をしていたが、いつの間にか雨は止み、リッキーは自分の腕時計を見て名残惜しそうにしながらも「また明日学校で」と言って去っていった。
 由香は玄関からリッキーを見送る。
 久々のときめきに、心は充分満足に目がとろんとしていた。
 見送った後、家の中に戻ると翔太が廊下で腕を組んで仁王立ちしていた。どこか苛ついている。
「あいつ、帰ったのか」
 由香は次の展開がどうなるのかわくわくしてきた。
「由香も酷いよな、俺がいるというのに、あんな男連れてきて」
「待って、翔太とはただの幼馴染でしょ。そこまで言われなくても」
「馬鹿、俺がただの幼馴染だと思ってると思うのか? お前の鈍感さ加減には腹が立ってくるよ。俺、もう帰る!」
「翔太、夕飯食べていくんじゃなかったの?」
 由香が呼び止めたが、翔太は聞く耳持たずに玄関からさっさと去っていった。
 それとは入れ違いに奥から母親が出てきた。
「あーあ、怒らせちゃって、早く追いかけて謝ってらっしゃい」
「えっ」
 意外な展開に、由香は戸惑いながら、それでも靴を履いて玄関を出て行く。
 しかし外にはもう翔太の姿はなかった。どっちへ行けばいいのかも判らず、とにかく適当に歩き出した。
 見知らぬ場所では、探しようもなく、遠くに行き過ぎて今度は自分があの家へ帰れないのではと心配になってくる。
 すっかりこの物語の主人公になったものの、全てを把握していないだけに心細くなってきた。
 諦めて帰ろうと思ったとき、「そいつを捕まえて!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた。
 それと同時に白い子犬が由香めがけて走ってきた。
 首にはリードがついている。
 由香は子犬が来た瞬間にリードをさっと掴んだ。
 子犬はもっと走りたいとばかりバタバタ暴れていた。
 そして、息を切らした男の子が由香の前に現れ、ハアハアと俯き加減に苦しそうにして由香の顔を見ずに話し始めた。
「ありがとう。お陰で助かったよ。リードを持ち替える時に走り出すから手からすり抜けてしまったんだ。子犬の癖にすばしっこくって参ったよ」
 説明が終わったとき落ち着いたのか顔をあげる。
 リッキーや翔太よりも少し年下っぽく見えたその顔もまたかわいくどこかお坊ちゃん風だった。
 由香を見るなり、はっとしたように、顔を赤らめて人懐こい笑顔で照れている。
 急にモジモジとして声を詰まらせたので、由香は場を和ませるために犬を触りながら質問した。
「名前はなんていうの?」
「僕、小泉ヒナタといいます」
 元気よく返事が返ってくるが、体は緊張して直立不動になっていた。
「えっ、あの、犬の名前を聞いたつもりだったんだけど」
 よくあるパターンだと由香はくすっと笑みをこぼした。
「あっ、コイツはゴンっていいます」
 恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。
 やや可愛さの方が強いが、もう少し年月を重ねれば男らしくなってハンサムの道を進む顔立ちだった。
「ゴンとヒナタ君か。私は由香。よろしくね」
「こちらこそよろしくです。あの、由香さんは犬お好きですか?」
「うん、大好きよ。子供の頃飼ってた」
「よかったら家遊びに来ませんか? 犬がもっと居るんです。うちペットショップやってるんです。すぐそこですからどうぞどうぞ」
 少しでも長く引き止めたいヒナタの誘いだったが、由香は滞りなく進んでいくこの状況に何の疑問も感じず、誘われるままヒナタに付いて行った。
 車が激しく通る通りに出ると、そこに小泉ペットショップとかかれた看板を見つけた。
 ヒナタはドアを開け、由香を案内する。
 そして成り行きのまま由香は店に入っていった。
「ヒナタ! どこへ行ってたんだ。配達の仕事溜まってるぞ。あれ、その子は誰だい?」
 赤いエプロンを着け、髪をつんつんに立てた大学生くらいの男性が由香をみつめては、目を丸くして軽く驚いていた。
 由香が微笑んで軽く頭を下げると、その男性は大人びた笑顔で爽やかに笑って答えてくれた。
 その笑顔は言うまでもなくかっこいい。
「この人は由香さんと言って、散歩の途中に逃げた子犬を捕まえてくれたの。犬が好きだって言うからここにつれてきちゃった。
「こんにちは」
 由香は一層の笑みを浮かべて挨拶する。
「俺は、小泉ホマレ。ヒナタの兄貴さ。よろしく。へぇ、ヒナタがこんなかわいい子連れてくるなんてね」
 ホマレもまた由香のことを気に入ったのか、優しく見つめて笑っていた。
 次から次へと出会う出会いに由香は頭の中で、それぞれの男性の特徴をメモっていた。
 この中から自分の好みの男性を選んでこれから恋が始まるのかもしれない。
 最高のこのモテ気に由香はすっかり気分がよくなっていた。
「由香さん、今度ゆっくりまた会って下さいね。僕これから家の手伝いしなくっちゃ。由香さんにあって舞い上がってしまってすっかり忘れてた。それじゃまたあとで」
 ヒナタは残念とばかりに、子犬と一緒に店の奥へと引っ込んでいった。
 由香は兄のホマレと暫く向かい合って次はどうなるのだろうと考えていた。
「由香ちゃん、ヒナタのことは気にしないでいいからね。アイツには由香ちゃんはもったいない…… あっ、いやこっちのこと」
「えっと、ホマレさん、あの…… 私また遊びに来ますね」
「えっ、もう帰っちゃうの。暗くなってきたし、家まで送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。それじゃ失礼します」
「ちょっと、待って。ほんとにまた遊びに来てくれる? それじゃ指きり」
 ホマレは小指を由香の目の前に差し出した。
 由香も無視できずに小指を絡める。
 お決まりの歌を唱えると、最後はニコッと笑って店を出て行った。
「短時間でこんなに出会いがあるとなんか疲れてきちゃった。でも一体誰を選べばいいんだろう」
 どの人もかっこよく、素敵な人たちばかり。
 沢山の選択に由香は嬉しい悲鳴をあげてしまう。
 しかし舞い上がってばかりもいられなかった。
 由香は店を出たものの、見知らぬ土地ですっかり迷子になってしまってどっちへ戻っていいかわからなくなっていた。
 自分の家のはずなのだが、住所も知らない。誰にも状況を説明できず、ただ突っ立っている訳にもいかないので適当に歩き出した。
 外は日暮れて暗くなりかけている。
 何時かもわからずに彷徨っていると、人気のない路地を歩いていた。
 そして今度は二人の男性たちと出会ってしまった。
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