第二話

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 「ここでは誰かに見つかると事がややこしくなる。とにかく牢屋から出たほうがいい」
 ローズが驚いて固まっている吾郎の腕を引っ張り、安全な場所へと案内する。
 幸い、かなり夜が更けているせいか、見張りの兵士達は少なく、その兵士ですらうとうとと船を漕いでいた。
 城の見張りを上手く掻い潜って城外へでると、森の中深くへと入り込んでいった。
「王女様、こんな夜更けに森の中に入って大丈夫なんでしょうか。私は剣を取り上げられ王女様をお守りする武器を持っておりません」
「心配するでない。大丈夫だ。ここは私が子供の頃よく遊んだ場所で、私だけが知っている秘密の洞窟があるんだ。滅多に人は近づかない安全な場所だ」
 王女の言った通り、盛り上がった急斜面の先は崖のように谷になっていた。
 周りは木が多い茂り、その木を手にして下りていけば、そこに洞窟の入り口があった。
 知らなければそのまま見逃してしまいそうな場所だった。
 少し屈んで中に入れば、ゆったりとした空間が広がっていた。
「なっ、自然の部屋みたいで中々のところだろ」
 予め用意していたろうそくに火をともしていくと、洞窟は快適なほど明るくなり、食べ物もそこにあるのが見えた。
「王女様、私のためにこれらを用意してくださったのですか」
「そうだ。予め準備してから助けに行ったという訳だ。ほら、そこに取り上げられた剣もあるだろ」
「ありがとうございます」
 吾郎は心から感謝の意を表し、剣を手にとって腰にさした。
 王女に食べ物を勧められ、腹が減っていたといわんばかりにむしゃむしゃと食べ出した。
「そんなに慌てるでない。落ち着いて食せ」
「あっ、ご無礼な態度、申し訳ございません」
「そのことは気にしなくてもいい。ゴロには普通に接してもいいと許してあるだろ」
「有難きお言葉に返す言葉もございません」
「もういい、それよりもアゼリアお姉様の事を聞かせて欲しい。元気であられたか」
 先ほどの衝撃を再び思い出し、吾郎は緊張した。
「それは勇ましいほどに元気でしたが、でも、なぜ姫君のお姉さまが敵地で兵となっていらっしゃるのでしょう」
「姉は何か悪い風に吹かれたとしか言えない。アゼリアお姉さまの母が早くに亡くなってしまい、私の母が次の王妃となって私が生まれた。それでも母親が違っ ても子供の頃は仲の良い姉妹だった。私もアゼリアお姉様が大好きで慕っておった。しかし、いつからか私の母を毛嫌いするようになり、私をも避けるように なってしまった。そうしていつしか王族そのものも嫌いだした。自分がその血を引いているのにもかかわらずだぞ。そうして城を出てしまい、その後捜索したが 見つからず行方が分からなくなっていた。一体なぜこのようになってしまったのか。私も王である父上にもわからない。しかも今では敵としてこの国を滅ぼそう としているなんて」
「王女様、失礼ながらアゼリアは決して国を滅ぼそうとしている訳ではございません。寧ろこの国の事を思い、良くしようとしてあのような過激な行動に走ってしまわれたかと思います」
「だが妹である私の命を狙おうとしたではないか」
「いえ、危険を冒してまで、単独で城に潜り込んでくるなど、今思うと少し派手すぎる行動でした。アゼリアはわざと姫君の命を狙ってるとみせて、逃げる事を 示唆されたのではないでしょうか。よく考えればあの時の矢は正確には姫君には向いてなかった。しかもたった一本しかもってなかった様子。命を狙うなら沢山 持っているはずです。あれは姫気味に危険を知らせて安全なところへ逃がす作戦だったのではないでしょうか」
 自分でも頭が冴えてアゼリアの行動が手に取るように読めてきた。
 ローズは目を閉じてアゼリアの面影を思い浮かべて聞いていた。
「アゼリアお姉さまは一体何がしたいというのだ。このままでは裏切り者として殺されてしまうし、王族の血を受け継ぎながら、王族を窮地に追い込もうとするその意図がわからん」
「アゼリアは貧しい暮らしをしている人々を助け、誰もがこの国で豊かになれるようにしたいと願い、ただ国王の独裁的な力が許せないのかもしれません」
「何を言ってる。確かに父上はこの国の王でいろいろな命を下すが、それは国民の事を常に考えて行動しておるぞ。我々王族は税金を取り立てこの国を治めてい るが、それなりの恩恵で贅沢はさせてもらっていても、それは王の特権というものだ。庶民と同じ暮らしをしていては威厳も感じられず誰もついては来ないし、 他の国に攻められる隙を与えることにもなる」
「だからその税金が過剰なのではないでしょうか」
「そんなことはない。父上は国民に無理をさせまいと、不作の時はそれを充分考慮して軽くしているし、人々には働ける場所を確保したり最低限の補償も設けて おる。出来るだけ国民のために耳を傾けている。だが全てを豊かにするのは無理なことではないか。働かないものはそれなりの暮らししかできないだろうし、国 民の中には貧しいものも居るとは思う。しかしそれはどこの国も抱える多少なりの問題であり仕方のないことではないか」
「それはご尤もでございます。しかしこうやって姫君とアゼリアのお話を聞いていると全く噛み合ってこないのですが」
「どちらかが嘘をついているとでもいうのか? 私は正直に申しておるぞ」
「アゼリアも嘘を言っている様子ではございませんでした」
「ならばどちらも本当の事を言っているのに、なぜ話がちぐはぐになるのだ?」
 吾郎はじっくりと考え込んでいた。そしてぱっと閃いた。
「お二人が本当の事を言って話が噛み合わないのなら、真実を知るものが間にいるはずです。いつどきでも、仲のいい二人の人間の間を壊すときには第三者が加わり、そして両方を操るために嘘の情報を二人の間に流すということもあります」
「なんと、それではこちら側とあちら側の間に第三のものがいてかき回しているというと申すのか」
「はい、それしか考えられません。どちら側にもついていい顔だけを見せているもの。そういうものはいませんか?」
 ローズ王女は首を傾げていた。全く心当たりがなさそうだった。
 それもそのはず、それが簡単に見破れば、こんなことにはなっていなかったはずだった。
「とにかく、今はそのことよりも国王とアゼリアの話し合いの場を設けなければ、ことは戦争へと繋がってしまいます」
「そうだな。誰かがかき回しているにしろ、とにかく話し合ってお互いの誤解を解けばいいことだ。そこからみえてくることもあるだろう。それなら私が父上に申してみよう。相手がアゼリアお姉さまと分かれば父上も必ず聞く耳をもってくれるに違いない」
「心強いお言葉に感謝します」
 吾郎は約束の日とアゼリアが話し合いたいポイントをローズに詳しく自分の口から伝えた。
 ローズは黙って真剣に聞いていた。
 その表情はどことなくアゼリアに似た部分があり、二人が姉妹であることを吾郎は感じていた。
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