第二話
13
一方お城では、夜になってもローズは父親と接触する事が出来ずに困っていた。
あまり怪しげにうろうろしてイグルスに感づかれても困る。
イグルスはアゼリアが係わっている事をすでに知っており、ローズがその事を知ったと分かれば話し合いに力を注ごうとしているのがばれてしまう。
イグルスも王の側近である以上、考え方は国よりだ。
いくらアゼリアが王族の血を引いていようと敵である限り情けはかけない男なのはよく理解していた。
寧ろ敵にアゼリアがいるという事を、わざと父親である王に話さないことがいいと思っているに違いない。
知ってしまえば父親である以上、王は情けをかけることも充分承知だった。
イグルスが邪魔で仕方がない。
そう思えば、いくら姉が気になるからと、敵側に譲歩する行為を選択している自分にこの国の責任を担う王女としてどこか矛盾した気持ちも芽生えてきた。
話し合いを持ったとしてもこの先が上手く行く保障もない。
「どうしたらいいのだ」
ローズは迷いと困惑に挟まれて苦しくてたまらなかった。
結局この日は何も出来ずに、ただ朝日が昇っていくのを指をくわえて見ることしかできなかった。
その朝日が昇ったとき、刻々と迫るタイムリミットに益々焦りを感じていった。
まだ朝日が昇って間もない早朝、積荷を積んだ馬車が城の門の前で停められた。
「いやに早いではないか」
門兵が手綱を持って馬車の前に座っているリリーに声を掛けると、残りの兵たちは積荷を検問し出した。
「はい、巷では今色々言われてみな不安になっております。少しでも早く仕事を切り上げて、こちらももしものときに備えないといけないと思いまして」
「やはり戦の噂は町にまで行っておるか。だが心配するな。国王は必ず国民をお守りされる」
「力強いお言葉、ありがとうございます」
「ところで、今日は見慣れない顔が増えてるな」
リリーの隣にはピオニーが座っていた。
その後ろでは積荷と一緒にアネモネと吾郎もいた。
皆、愛想良く笑いを振りまいた。
「はい、人手が足りないもので急遽手伝えるものを連れてきました」
「みな美人揃いでいいことだ。特に後ろのお前、名はなんと申す」
吾郎が指をさされてしまい、非常に焦ってつい「ゴロ……」と出てしまい一瞬兵の顔が強張ったが、その横でアネモネが変わりに応えた。
「ゴールドマリーですわ。とてもシャイでして、緊張しちゃってます」
アネモネはぶりっ子たっぷりに言うと、兵士は鼻の下を伸ばしていた。
「あんたも可愛い子だな」
そして調べが終わるとあっさりと馬車を城壁の中へと入れた。
上手くすり抜けたと、吾郎はほっとしていた。
「ちょっとゴロ、いえ、ゴールドマリー、名前くらい考えておきなさいよ」
アネモネが吾郎のわき腹を肘鉄で軽くつついた。
「なれないもので、まさか女装させられるとは思わなかった」
「あら、とってもお似合いよ。私達より奇麗だから少し癪なくらいだわ」
ピオニーが嫌味っぽく言うと、リリーはくすっと笑って馬の手綱を振った。
馬車は城で働く使用人達のエリアについた。
そこで荷物を降ろしながら辺りの様子を探る。
「この長ったらしいスカート、裾を踏んで躓きそうだ」
「ほら、ゴールドマリー我慢して、もうすぐここにお兄様が来るわ」
アネモネが兄のダグに全てを話し、この計画が上手く行くように予め手を打っていた。
ダグは吾郎を裏切ったような後ろめたさを感じていたこともあり、事情を知った上で協力することにした。
そうしてダグが現れると、吾郎はほっとした。
「な、なんだ、その格好は」
ダグは吾郎の女装に驚くが、お陰で気まずい思いが吹っ飛んで気が楽になった。
また二人は友達に戻れたと嬉しさで笑顔を交わしていた。
「ダグ、ローズ王女はどうしていらっしゃる? 国王と何か話し合いをされただろうか」
「それが、そのような話は何も伝わってこない。もし話し合っていたら、城内にも動揺が走ると思うのだが、常にイグルス様が側についているし国王はまだ何も知らないご様子だった」
「そうか、それはやばいな。なあ、ダグ、どうすればローズ王女に会える?」
「それも難しいぞ。いくらお前が変装してるからといって、見知らぬものがこの城をうろつくと目立つ。とにかく俺が護衛と言う形で王女に接触を試みるよ」
「頼んだぞ。しかし、俺たちはいつまでここにいられる」
「この荷物を運ぶ間だけです」
リリーが答えた。
時間があまりないことに吾郎が厳しい顔をするとアネモネが背中を叩いた。
「大丈夫よ。きっと上手く行くって」
「私達がなんとか時間稼ぎするわ」
ピオニーもウインクしていた。
そしてダグはローズを探しに行った。
その間、アネモネ、ピオニー、リリーはゆっくりと積荷を降ろし、時々わざとらしいほど何癖をつけては立ち止まって運んでいた。
積荷はこまごまとしたものもあり、暫くは時間が稼げそうだった。
吾郎は積荷を皆に任し、この辺りの様子を探るために単独行動を始めた。
その時、鎧兜を身に付けた兵士達を見つけ、吾郎の目が光っていた。