第二話

16
「なんとか上手くいったみたいね」
 兵士達の「国王陛下バンザイ」の声が城の中まで響いたとき、アネモネは安堵していた。
 しかし、ピオニーはまだ「うん」とは首を縦にふらなかった。
「まだ一つ解決されてないわ。ローズ王女がどこにいるのか探しきれてない」
「でもゴロ様とダグ様が必死で探されてますわ」
 リリーも大丈夫だと信じたくて言ったが、両手は指を絡ませて握られ、祈りのポーズになっていた。
 三人は顔を見合わせて必ず上手く行くとお互いを励ましあった。
 
 イグルスは兵士達を蹴散らした後、離れの塔へと向かっていた。
 吾郎とダグもちょうどこの付近を捜しているところだった。
 馬の蹄の音を聞き、二人は咄嗟に身を隠し様子を伺うと、それは紛れもないイグルスだった。
「やはりあの塔にローズ王女がいるに違いない」
 吾郎がいそんで走ろうとしたが、ダグが腕を引っ張った。
「落ち着けゴロ。あそこはやばいんだ」
「どうしたんだ? あそこに王女が監禁されてるんだぞ。早く助け出さねば」
「あそこはこの城のものが一番恐れる場所さ。今は封鎖されてるけど、過去に拷問部屋として使われ、その時命を落としたものたちの怨霊が恨み晴らしたいと足を踏み入れた者を祟るといわれているんだ」
「それなら、尚更王女を助けにいかないと、今頃震えているに違いない」
「しかし、あの塔自体にも罠が仕掛けてあって、あそこに閉じ込められたものは生きて出て来れないとまで言われてるんだ。この城の中で最も危険な場所だ」
「そんなこと言ってられない。俺は行く」
「おいっ、ゴロ」
 吾郎の命を顧みない勇敢さに心打たれてもダグはどうしても前に進めなかった。
 見守るようにうずくまって塔に向かって走っていく吾郎を見ていた。

 馬から下りたイグルスは、塔の石の壁をペタペタとさわり何かを探している。
 目当ての箇所がみつかると、強く石を押しこんだ。石は中にめりこんでいくと同時にそこには鉄のわっかと鎖で出来たつり革のようなものがぶら下がっていた。
 それを引っ張ると、石が左右にずれて開いて人一人通れる隙間ができた。
 イグルスはそこに入り込んでいく。
 吾郎も気づかれないようにそのあとをつけていった。
 中は辛辣な悪臭が漂い、思わず吐き気を催しそうになったが、鼻を押さえそれに耐えた。
 上からコツコツという音が聞こえ、顔を上げると、螺旋階段を上っていくイグルスの姿がかろうじてみえた。
 薄暗い事が幸いして、吾郎は闇を隠れ蓑に壁に体をくっつけて上がっていった。

「ローズ姫、手荒なことをしたが、またこれからもう一働きしてもらうぞ」
 イグルスは目を釣りあがらせて狂気じみて部屋に入り込んできた。
 ローズが閉じ込められている場所は、身の毛のよだつ生々しい血の染みがついた拷問器具が多数置かれていた。
 それらはクモの巣で覆われているために余計に気味の悪さをかもし出している。
 猿轡で口を塞がれ、手を後ろに縛られたローズは、仄かな蝋燭の明かりの中で怯えきっていた。
 慈悲を請う涙目のローズは、もはやこの時王女の威厳などなかった。
 ここで起こった戦慄が容易に想像できるような、人が苦しめられて殺されていた部屋に一人で暫く閉じ込められていると、自尊心など砕け飛んでいた。
 この時、怖くて泣き叫ぶだけの無力でか弱いただの少女に過ぎなかった。
 必死で助けて欲しいと目でイグルスに訴えていたが、イグルスは血走った眼でローズの腕を強く掴んだ。
「さあ、一緒に来るんだ」
 その時、吾郎が現れた。
「そこまでだ、イグルス」
 素早く部屋に飛び込み、剣をイグルスに向ける。
 ローズはモゴモゴと声をこもらせて、助けにきてくれた吾郎に歓喜していた。
「ローズ姫、お怪我はありませんか」
 ローズは必死で首を横に振っていた。
「ゴロ、お前はどこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ。お前がここに来なければ全て上手くいっていたというのに」
「そうはさせない。俺がここに来た理由、それはこの国を守ることだったんだ」
 吾郎がイグルスに剣を振りかざすと、イグルスもすぐに腰の剣を取りそれに応戦する。
 イグルスの気迫もさることながら、剣術も長けていた。
 だが吾郎は負けずとリードを取ってイグルスを追い詰める。
 イグルスはどんどん追い詰められ壁の端に寄った。
 だが、あまりにもそれは簡単な作業に感じた。
 まるでそこに案内されたような気分になる。
 案の定、イグルスは不敵な笑みを吾郎に向け、壁にあったレバーを引いた。
 それが罠だと気がついたときは遅かった、吾郎の足元がなくなり吾郎は暗闇に落ちてしまった。
「バカめ、私が簡単にお前ごとにやられると思うのか」
 だが、吾郎は完全に落ちてはなかった。かろうじて床の部分を片手で掴んでぶら下がっていた。
 剣を腰に素早く収め両手を使って必死にもがき上に上がろうとしていたが、その時イグルスは上から吾郎を愉快に眺めていた。
「まだ引っかかっていたのか。しぶとい奴だの。まあいい時間の問題だ」
 足で吾郎の指をじわじわと踏むと、楽しそうに笑い始めた。
「どうだね、これから落ちていく気分は。それとももっと痛みを先に味わいたいかね」
 上から覗き込み、剣の先で吾郎の肩を突く。
 吾郎は痛みに耐えられずに声を張り上げてしまった。
 それでもローズを守りたい一身で根性でぶら下がっていた。
「ええい、面倒くさい、とっとと落ちろ」
 イグルスが、剣を振り上げて吾郎の指を切り落とそうとしたとき、拷問器具の一部として天井にぶら下がっていたものに気がつかず、偶然にもその紐を切り落としてしまった。
 そしてそれがそのままイグルスの頭を直撃してしまった。
 それは突起がついた丸い鉄の玉のようなもので、かなりのダメージを受けると共にバランスを崩してよたよたしてしまう。
 必死でもがくも、弾みで拷問の器具の上に倒れこみ、起き上がろうと何かに手をかけた瞬間、それが拷問器具のストッパーを解除してしまった。
 それと同時にイグルスが悲鳴をあげる。
 その声を聞いた吾郎は咄嗟に叫んだ。
「ローズ王女様、目を瞑るんだ」
 吾郎の声を素直に聞いてローズは目を閉じたが、体はガタガタと震えていた。
 そして暫くして温かな感触をローズが頬に感じたとき、吾郎は落とし穴から出てきてローズを労わっていた。
 猿轡と手の縄を取ってやると、ローズは吾郎に抱きついてワンワンと泣いた。
「もう大丈夫です」
 悲惨な状態になったイグルスの姿を見せまいと、吾郎はローズを自分の腕の中にしっかりと包み込んだ。
 そして拷問部屋を脱出し螺旋階段を下りていく。
 だが吾郎が不意に立ち止まり壁にもたれかかって苦しそうにしだしてしまった。
 吾郎の肩の傷口から血がドクドクと流れていた。
「ゴロ、早く傷の手当てを」
 さっきまで怯えていたローズはしっかりしなければいけないと、この時また王女の威厳を取り戻し、気を張って吾郎を支えようとする。
 下に行くにつれ段々と明るくなっていき、出口の明かりに目を細めたとき、二人はやっと塔から出ることができた。
 外でヤキモキしていたタグは二人に走りより、吾郎が王女を助けたことに目を潤わせて感動していた。
「よくやったゴロ」
 ダグの声を聞いて安心したのか、吾郎はその場で気を失って倒れこんでしまった。 
inserted by FC2 system