第二話

17
 再び、吾郎が目を開けたとき、そこには沢山の女性たちが覗き込んでる顔があった。
 一斉に「ゴロ」と名前を呼ばれ、びっくりして今度は心臓が止まる思いだった。
「ゴロー」
 一人だけ、最後を伸ばして名前を呼ぶ。
「アゼリア…… そこにいるということは全ては解決したみたいですね」
「ああ、ゴローのお陰で事が収まった。ありがとう」
 吾郎はベッドから身を起こし、周りを見回した。
 アネモネ、ピオニー、リリー、ローズ、アゼリアが美しい笑顔で微笑んでいた。
 全て自分好みの顔である。
 ダグも控えめに部屋の端にいるが、吾郎と目が合うと大切な親友とばかりに優しい笑顔を向けた。
 心通じ合う友達。
 そして何より驚いたのが、国王と王妃もそこにいたことだった。
 この国の、言い換えればこの世界で一番身分の高い人たち。
 その人たちが自分を特別扱いしている。
 いや、全てが自分を中心に回って、ヒーローそのものになっていた。
「国王陛下、国王王妃」
 吾郎が体を起こそうとすると、二人は優しく笑顔を向けそれを制した。
「私達のことは気にしなくていいんじゃよ。ゴロはとても活躍してくれた。本当にありがとう。今はゆっくり休みなさい」
「そうですよ。早く怪我を治して下さい。その時はお礼の盛大なパーティをしましょう」
 労いの言葉を掛けてもらい、吾郎も微笑んだ。
 全てが上手くいったと思うと、達成感と共に心からこの状況に満足して、これほど生きていて嬉しいと思ったことはなかった。
「ゴロ、早くよくなって家に戻ってきて。また私とお兄様とで楽しく暮らしましょう」
「あら、アネモネ、家庭教師の私とリリーもいる事を忘れないでよ」
「待て、ゴロはこの城で私と暮らすのだ」
 ローズが言った。
「いくら王女様でもこれはひきさがれません」
「おい、アネモネ、王女様に逆らうのはやめてくれ」
 ダグが後ろであたふたする。
 とうとうアネモネとローズがいがみ合うようになると、さすがにピオニーとリリーも止めに入りうるさく騒ぎ出した。
 その側でアゼリアは吾郎に近づき囁いた。
「ゴロー、怪我が治ったらしばらく私と一緒に旅に出ないか。ゆっくり休むにはもってこいだと思う」
「あー、お姉さまずるい。それなら私も一緒に旅行する」
 負けずにローズが張り合うと、この時ばかりはリリーが声を上げた。
「あの、よかったらお世話係に私を連れて行って下さい」
「えっ、リリーなんてこというの。うちを辞めるって言うの?」
 アネモネが食って掛かった。
「私はゴロ様についていきたいだけです」
「あーそれなら、私もついていくわ」
「なんでピオニー先生まで。私の授業はどうするのよ」
「そんなこといつもどうでもいいくせに」
 また騒がしくなってしまった。
 美しい女性たちが自分を取り合って喧嘩している。
 そして国王と王妃という身分の高い人たちが優しく自分を見ている。
 それを呆れながらも、誇らしげに笑っているダグという親友もいる。
 なんて幸せな人生なんだろう。
 傷の痛みも全く感じないほどの恍惚とした気分が高揚して最高に吾郎は酔いしれた。
 その時、誰かがドアをノックした。
 まだ他に誰かがくるのだろうか。
 そのドアの先を見つめるが、他のものは誰も気がついていない。
 ノックの音がどんどん大きくなっているというのに、それが聞こえてないみたいだった。
 吾郎はそのノックが気になって仕方がない、そちらばかりに気を取られていると、段々と周りの皆が遠ざかって、自分はドアのある闇の中へ引きずり込まれていく。
 吾郎がはっとしてベッドから立ち上がったときだった。
 そこにはもう誰も居ず、長年ずっと篭りっきりだった見慣れた自分の部屋に変わっていた。
「一体どういうことだ」
「吾郎ちゃん、吾郎ちゃん」
 ノックと一緒に声が聞こえた。
 そしてドアが開くと、母親が血相を変えて入って来た。
「あら、吾郎ちゃんいたの。よかった。全然ご飯も食べないし音も聞こえないから、お母さん心配だったの。いるんなら、何かいってよ」
 吾郎は呆然として腑抜けていた。
 そして涙を一杯溜めて母親に「でていけー」と叫んだ。
「あっ、はいはい。ごめんなさいね、邪魔して」
 母親がドアを閉めると同時に、吾郎は力が抜けて床にへたり込んだ。
 全てが夢だったとわかり絶望感に打ちひしがれた。
 そして自分の腹がぷっくりとでているのに気がつき、姿もいつものままに戻っている事を知った。
「あっ、あのー、お取り込み中すみません。妖精のヨッシーです」
 吾郎ははっとして、ヨッシーを見つめた。微かな希望がまた現れる。
「ヨッシー! よかったよ、全てが夢じゃなかったんだ。だったら俺をまたあの世界に戻してくれ」
「あの、心苦しいんですけど、吾郎さんが見てきたあの世界は夢だったんですよ」
「でも妄想を現実にしてくれるんだろ。だったらアレをもう一度現実にしてくれ」
「あのですね、現実にするのは基本この世界に沿ってするんですね。吾郎さんが見てきたあの世界はアニメだったでしょ。だからあの世界を作るには夢の中でし かできなかったんです。最初にお伝えしたでしょ、不自由があって、これは禁断の手だと。そうまさしく夢落ち。目覚めたら終わりの不自由があるんですよ。だ からこの手は使いたくなかったんです。私もずるいなって思って、まさにチートでしょ」
「えっ、チートってずるいっていう意味なのか」
「はい、英語ではそうですよ。ちなみにc.h.e.a.t.と綴って cheatです。他にだますとか、ごまかすなんかもありますけど。まさにこの禁断の手の意味が分かっていただけましたでしょうか。だからあまりお薦めしたくなかったんですけど、吾郎さんはそれでもいいっていうから」
「お、俺はそんな意味だと知らなかったから」
「えっ、そうなんですか? あら、まあどうしましょ」
「とにかくだ、もう一度、もう一度あの世界に戻して欲しい」
「だから、それが出来ないんですよ。その代わり、この現実の世界で何か他の代わりの妄想をして下さい」
「嫌だ。俺は転生して異世界へ行くんだ。そうだ。転生すれば異世界にいけるんだろ。俺に魔法をかけて転生させてくれ」
「ちょっと、待ってください」
 吾郎は、突然部屋を飛び出し、勢いつけて階段を下りていく。
「あら、吾郎ちゃん。やっと部屋から出てくれたのね」
 母親は奥から顔を出し喜んでいる中、吾郎は靴を履き外へと出て行った。
 そして走りに走って、車が激しく行き来する道路にきたとき、走ってきたトラックへと自ら突っ込んでしまった。
「あっ」
 ヨッシーも助ける暇がなく浮遊して上空からその様子を俯瞰していた。
 辺りは騒然となり急に慌しく人が集まり出した。
 ヨッシーは暫く呆然とその様子を眺めていたが、ため息を一つ吐くと体をくるっと半回転させてあとにした。
「吾郎さん、私は生きた人間の妄想しか現実にできないんですけど。あーあ。アーメン」
 肩をがっくり落としては暫く風の赴くままに浮遊していた。
 吾郎は転生できると信じてこの世を去ってしまった。
 その後吾郎が本当に転生したかどうかはさすがにヨッシーにも分からなかった。
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