第二話 ここから本編始まりますよ〜


 木山吾郎、25歳。
 大学を中退してから、ずっと家に引きこもり。
 いい年して仕事もせずにと言えば、働き先がないこの世の中が悪いと社会のせいにしていた。
 チャンスがあればいつでも就職できると口ではいいながらも、いつもコンピューターの前に座って四六時中カチャカチャとキーボードを弄っている。
 普段から外に出ないということもあり、運動不足で体はなまり放題。
 まだまだ楽しいときがある若さなのに、進んでやることといえば、現実逃避。
 自分の好きな世界の中で常に生きることを選び、現実の女の子との恋よりも、萌えを感じさせてくれるアニメや漫画の中の女の子とあれやこれやと妄想するのが日常だった。
 ネットやゲームの中だけは本来の自分の姿を忘れられ、そこにもっとすごい自分を創造してそれになりきっていく。
 本当はダブダブとお腹も緩み出して太り気味。
 髪もボサボサといつ風呂に入ったのかも思い出せないくらいの汚さで、これでは現実の女の子には見向きもされない。
 両親と同居しているお陰で、食べるもの住むところには困ることはないが、こういう息子を抱えてしまった両親には悩みの種だった。
 姉も一人いるが、この弟のせいで嫌気がさして実家を早くに出ている。
 時々、その姉が実家に帰れば母親の愚痴を聞いてはイライラさせられるほどだった。
 母親もなんとか息子を立ち直らせたいと思いつつ、何も言えずにただ食事を作ってはそれをドアの前に置く毎日だった。
 いつかは立ち直ってくれると信じて、声を掛けてみるが、その時ゲームをしているのか、テレビを観ているのか、邪魔をされた事に苛ついて罵声がドア越しに届くという悪循環だった。
 そんな家族の憂鬱も気にもせずに、吾郎はただわが道を行く。
 ネットのゲームの中では、自分はとても強い勇敢なポジションらしく、この日は勝利を収めて満足げだった。
 だが、ふと自分の飛び出た腹を見て、なんだか虚しくもなってくる。
 不意に電源の入ってないテレビのブラウン管に自分の姿が映ってそれを見てしまうとイライラしだした。
 どこかで現実の自分に嫌気がさしては、それを克服できない苛立ちに襲われてしまうのだった。
「あーあ、ゲームのように俺は転生して異世界に飛ばされて楽しい日々を過ごしたい」
 机に飾っていた美少女のフィギュアを手に取り、寂しく見つめてはため息を一つ吐いていた。
「はいはいはい、その願い叶えて差し上げましょう」
 唐突にヨッシーが現れた。
 吾郎は声のする方向を振り向く。
 自分以外誰も居ないと思っていた部屋に、突然シルクハットを被り、タキシードを着た青白い肌の人物がにたっと笑っている。
 吾郎は腰を抜かすほどびっくりして、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。
「あんた、誰だよ。それにどうやってここに入ったんだよ」
「私はヨッシーというものなんです。あのですね、その、なんか説明面倒くさいんですけど、私は妖精なんです。そして吾郎さんの願いを叶えてあげられるんですよ」
 吾郎は床に腰をおろしたまま、目の前のヨッシーに暫く畏怖して動けなかった。
「吾郎さんなら、すぐにご理解できるでしょ。普段からそういう世界をご想像していらっしゃったんだから。ほら、ファンタジーの世界ですよ。吾郎さんの得意分野でしょうが」
 ヨッシーはなんだか投げやりになってしまった。
 吾郎の妄想は一般の人が抱くものよりも遥かに強く、そしてその世界がすでに固定されている完璧な状態だった。だからヨッシーにしてみれば、説明などなくすんなりと自分を認識してもらえると思っていたので、その辺の一般人のように驚かれて少しむっとしてしまった。
 それでも吾郎の反応がまだ鈍い。
「だから、私はあなたの抱いている妄想を…… ええい、なんか面倒だ。ほらそれ見て下さい」
 ヨッシーは吾郎が握り締めていた美少女のフィギュアを指さした。
 吾郎の手の中でむくむくと大きくなると、吾郎はびっくりしてそれを解き放した。
 フィギュアは見る見るうちに等身大の姿となって、自由自在に体を動かしていた。
 突然、目の前にフィギュアのままの女の子が現実に現れて、そして動き出したから吾郎は益々驚いた。
「ほら、どうですか。望んでいたことでしょ。その女の子が好きなんでしょ」
 吾郎は人形に釘づけになり、暫く見ていたが、やがて自分の世界に入り込んだときにする惚けた表情になっていく。
 口元が緩みニヤニヤとして等身大の人形をみていた。
「これで分かってもらえたでしょ。あなたは選ばれたんですよ。私の魔法でご自身の妄想の世界を現実に楽しめるんですよ」
「これは夢じゃないんだな」
「そうですよ。夢じゃありません」
 やはり普段から妄想の世界で生きているだけ、理解する飲み込みは早かった。
 そうと分かると、吾郎はすくっと立ち上がり、等身大フィギュアに突然抱きついた。
 等身大フィギュアは嫌がることなく表情を変えずに、吾郎のされるがままだった。
 だが、吾郎はふと違和感に気がついた。
 さわり心地もフィギュアそのもので固く、これではただ大きくなっただけだった。
「これ、やっぱり人形じゃないか。人間のようになれないのか。あんた魔法が使える妖精なんだろ。なんとかしろよ」
「何とかしろといわれましても、もともとそれは人形ですので、ただ大きくして動かしただけです。この現実の世界で人間にするとなると、顔はどうしても現実 と同じようになって変わっちゃいますけどいいですか? 吾郎さんはその人形のお顔がお好きなんですよね。だから忠実さを尊重したんですけど」
「そっか、人間にするとこのままの状態が維持できないのか。それは仕方がないかもしれない。雰囲気だけでも似てたらそれでいいよ」
「わかりました。では人間に変えますね」
 ヨッシーは自分の髭をねじるようにして口元を軽く上に上げると、そのフィギュアは人間の女の子になった。
 確かに、目や鼻は絵に描いた通りにはなってなかったが、ある程度の雰囲気は保って吾郎が満足する仕上がりだった。
 吾郎はまた抱きつこうとその女の子に近寄ると、女の子はさっとかわしてヨッシーの後ろに隠れた。
「おいおい、なんで逃げるんだよ」
 吾郎が納得できないと不満たっぷりに怒り出す。
「だって、あんた汚いし、不細工じゃない。私だって選ぶ権利があるわ」
 女の子は人間の姿になると魂も人間と同じような感情を持った。
「ちょっと、妖精、話が違うじゃないか。俺の望み通りになるっていったじゃないか」
「あのですね。やはり恋愛にはその過程というものがあり、それを楽しむのも妄想恋愛の醍醐味だと思うんです。最初から相思相愛では面白くないじゃないですか。それに私もただ望を叶えるだけというのも味気ないですし」
「一体なんなんだよ。じゃあどうすれば俺を好いてくれるんだよ」
 ふと自分の現実の姿に打ちのめされ、この自分の姿では好かれないと思うと吾郎はがっくりとうな垂れた。
「やっぱり俺は現実の世界は嫌だ。こんな俺を好きになる女なんていない。これなら、フィギュアのままの方がずっといいよ」
 しょげている吾郎を見るとヨッシーは事が上手くいかないことにがっかりしてしまった。
 そして虚しい気分の中、女の子を元のフィギュアに戻してやった。
 元の大きさに戻りコロンと床に転げたフィギュアを吾郎はまた手にして、それを見つめると、目に涙を溜めながら頬ずりをしていた。
 やるせなさと情けなさが一度に伝わってきて、ヨッシーもいたたまれなかった。
 どちらも口をきかず、沈黙した静けさは気まずい空気と形を変えて吾郎とヨッシーの間を流れていった。
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