第二話


 吾郎が再び意識を持って目を開けたとき、辺りは緑に囲まれ、鳥達のさえずりが聞こえてきた。
 頭を上げ体を起こせば、体が妙に軋んで痛みを感じた。
 その痛みを辿れば、肩に傷をおっていたが、それよりも自分の体全体に違和感を覚える。
 どうも着ている服がさっきまでと違う。
 中世の世界を思わせる作りでマントまでつけていた。
 腕やベルト、胸元には凝った装飾品がついて、腰には剣をさげている。
「なんだこれは」
 起き上がり、辺りを見回せば木がまばらにたっていて、草原が広がっている。
 その中央にキラキラと光が波打っている池があり、吸い寄せられるように歩くと水面を覗き込んだ。
 そこには絵に描いたようなハンサムな自分が映り、それはまさにいつも妄想している自分の姿だった。
 吾郎は絵を描くのが得意なので、常に自分のイメージするイラストを描いていた。
 よく周りを見れば、その景色もどことなく親近感があり、自分で創り上げた絵の背景のように見えた。
「もしやこれは転生して異世界にやってきたということなのか」
 記憶はそのままにあり、自分の姿と周りの世界だけが違っていた。
 トラックに撥ねられて、現実の世界から異世界に自分の魂が飛ばされる。
 それはまさに吾郎が常に妄想していた世界そのもの。
 肩の痛みなど忘れて、吾郎は飛び上がって喜んでいた。
 そこに突然「キャー」と甲高い声が聞こえ、はっとして振り返れば、邪悪な体の大きな男に追いかけられている女性の姿があった。
 その女性はやわらかな布のドレスをふわふわさせながら、太陽の光に艶々と光る金髪を風になびかせて、吾郎の方へと向かってきた。
 その女性も絵に描いたように目が大きく、まさに萌えを感じさせてくれる吾郎好みの女の子だった。
「どうか助けて下さい」
 この展開はアレだなと頭の中で思いつつ、吾郎は喜んでその女性の盾となり、自分よりも大きな体の男に立ちふさがった。
 その男は厳つい肩と筋肉質な腕を持ち、ワイルドな金髪の長髪のせいでライオンのようであり、また気が立っている様は凶暴な熊を連想させた。
「そこをどいて、そいつを渡せ。さもないと痛い目に遭うぞ」
 吾郎は少し怖い気もしたが、ここは自分の思い通りになる世界だと信じて強気に出た。
 腰の剣を抜き、それを構えて相手を威嚇してみる。
 大男は鼻で笑っては無駄である吾郎の行為を蔑み、そして同じように剣を抜いた。
 吾郎の後ろで女性は震えている。
 緊迫した空気に包まれ、吾郎は大男と対峙していると、本当に自分はこいつに勝てるのかと半信半疑になってきた。
 だが、大男が最初に剣を振り上げて襲い掛かってきたとき、吾郎はそれを瞬時に受け止めて跳ね返す。
 自分でも不思議なくらい剣の扱い方を知っており、それが体に染み付いている感触が味わえた。
 これはいける。
 そう感じたとき、吾郎は機敏な動きで、剣を振り回して大男を攻めて行く。
 さっきまで余裕だった大男の表情は瞬く間に強張り、不利な体制に陥って青ざめていった。
 そうして、吾郎はその隙をついて大男の喉下に剣の先をあてがった。
「さて、どうする。このまま俺にやられるか、この女性を諦めて遠くに逃げるか」
「どっちも嫌だといったら、どうする」
 ごくりと唾を飲み込んで男は慎重に声を発した。
「それなら、この剣をずぶりとお前の首に刺し込むだけだ」
「それはやめて下さい」
 突然後ろにいた女性が口を挟んだ。
 吾郎は唖然として振り返ると、女性は言い難そうにもじもじとして大男の側に身を寄せた。
「ど、どうして?」
 吾郎が疑問符を頭にかざしていると、女性はぼそりと呟く。
「一応これでも私の兄なんです」
「はっ? 兄?」
「はい。私達は兄妹です」
 吾郎は思わずずっこけそうになり、それを誤魔化すように構えていた剣を鞘にもどした。
「だったらなぜ、こいつから逃げて、俺に助けを請うんだよ」
「それは、その」
 女の子が言い難そうにしてると、兄は変わりに答えた。
「勉強が嫌で家庭教師から逃げ出しただけなんだよ。妹はすぐになんでも投げ出すから、兄として恥ずかしくて追いかけていただけの話なんだ。そこにアンタがいたから、藁をもつかむ思いだったって訳さ」
 悪い奴から可愛い女の子を助けて惚れられると思っていた展開だったが、人を殺めないですむだけにこっちの方がいいかと吾郎はすっかり緊張感が解きほぐされて、二人に一杯食わされたと笑っていた。
「それにしてもアンタ、凄腕だな。この辺りで俺より強い者はいないのに。旅人か?」
「旅人か…… まあそういうところだろうな」
「そうか、それなら話は早い。どうだしばらく俺の屋敷で働いてみないか。アンタほどの腕の騎士がいれば心強い。俺たちはこの辺りの土地を統治している領主だ。最近他の国のものがうろつき始めてこの辺りを狙っている。そいつらから守って貰いたい」
 どうせ行くところもなく、まだこの世界のことについては何も知らないだけに吾郎はその話にのった。
 承諾したと笑顔を見せると、大男も同じように笑い出した。
 強面の表情が和らいで、悪くない奴だと簡単にイメージが変わった。
「俺はダグ、そしてこいつはアネモネ。あんたの名前は?」
「俺はゴロ……」
 ここで木山吾郎という名前を名乗るべきなのか躊躇した。もっと違ったかっこいい名前にしたいと思ったがもう遅かった。
 中途半端に名乗ったためにそのまま伝わってしまった。
「ゴロか。宜しくな」
 訂正する暇もなく、ダグはついてこいと先を歩き出した。
 アネモネも吾郎の腕に手をまわして引っ張った。
 弾むように歩き出したアネモネに足を絡ませながら吾郎はついていく。
 アネモネのかわいらしさに鼻の下が伸びていくようで、これも悪くないシチュエーションだった。
 そしてアネモネが耳元で可愛く囁く。
「さっきは勇敢にも、兄に挑んでくれてありがとう。あの時のあなたかっこよかったわ」
 そこで軽くほっぺたにキスをされ、吾郎は頬が火照っていくのを感じていた。
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