第二話


 のどかな野原を抜け、こんもりと盛り上がった丘を登りきると村全体が見渡せた。
 その景色を見下ろしずつ、ダグに案内されてついていくと、前方に大きく立派な構えをした建物があった。
 石を積み上げられた小さなお城とでもいうべき風格。
 蔦が所々壁をはっていたがまたそれがいい味を出していて雰囲気がある立派なお屋敷だった。
 領主といっていたが、金持ちのことだけあってその住まいから地位の高さが伺えた。
 屋敷には使用人がいて、忙しくそれぞれ働いている。
 ダグが号令をかけると、皆ぞろぞろと屋敷のホールに集まってきた。
 吾郎は皆の前に立たされダグに紹介されると温かく迎えられた。
 一通り挨拶がすむと、使用人たちはまたそれぞれの仕事に戻っていった。
「父と母はお城に呼ばれて出かけている。また帰ってきたら紹介するよ。ゴロの腕前を知れば大歓迎さ。なんせお前は俺を倒しかけたんだからな。お前はどこで剣術を習ったんだ」
「まあ、そのなんていうか生まれつきこうだったとしか言えないんだ」
「すごい奴だな。体は華奢で優男風なのに、強靭的なものをもってるんだな。時々俺にもその腕前を伝授してくれよ」
「ああ、そうだな」
 ここまで褒められると、吾郎は嬉しくて有頂天になってしまった。
 今までこんなに人から褒められたことなどなく、また必要とされたこともなかった。
 自分が中心となって事が進むこの世界に吾郎は簡単に酔いしれた。
 そして隣で顔を輝かせてアネモネがじっと見つめている。
 明らかに自分に好意をもった目だった。
 同じように吾郎も見つめ返してやると、アネモネは益々恥ずかしげにもじもじとしては頬を桃色に染めていた。
「アネモネ!」
 そのとき、折角のいい雰囲気を壊すように怒りを伴った鋭い声が聞こえた。
「あっ、ピオニー先生」
 目が鋭くやや釣りあがりぎみだが、その女性は大人の雰囲気を漂わせて、体にぴったりとしたドレスをきては胸の大きさを強調させていた。
 きつい雰囲気がするが、それはまた洗練された美貌につながり、アップにあげた髪がうなじを色っぽく見せていた。
「また、お逃げになられて困ります。私の立場も考えて下さいませ」
「だって、算術苦手なんですもの。どうしてそんなもの勉強しないといけないんですか」
「これからの時代、女性も賢くなった方が断然いいんです。知らないことよりも知っていたほうが必ずどこかで役に立ちます。さあ、ぶつぶつおっしゃらないで、授業を始めましょう」
 アネモネはまた助けて欲しいと吾郎を見つめた。
「アネモネ、しっかりと勉強しておいた方がいいぞ。賢い女性は俺も好きだ」
 吾郎の言葉にやる気を見出したのかアネモネはすっかり気分を良くして頷いた。
「わかったわ。ゴロがそういうなら私頑張る。授業が終わるまで待っててくれる?」
「ああ、待ってるよ」
 それくらいの優しさを振りまいても罪には問われないだろうと、思いっきりいい男を演じて吾郎はニコッと笑ってやった。
 アネモネは益々気分が高まって、自ら急いで勉強をしに走っていった。
「あらまあ、なんていうことでしょう。ゴロとか言われましたわね。あなたのお陰で授業がはかどりそうです。ありがとうございます」
 ピオニーに礼を言われゴロはここでも自分が役立ってることに満足感を得ていた。
「いえいえ、お礼を言われる筋合いはないです」
 ピオニーはクスッと笑いを残し、そのまま去っていった。
 その後姿もしなやかで色気が漂っていた。
 横でダグが肘をついてきた。
「いい女だろ。でもなかなか堅物で隙がないんだよ。俺も何度と近づこうとしてるんだけど全く効果なし。もしかしたらお前なら落せるかもな」
 冗談なのか本気なのかわからないままダグは豪快に笑っていた。
 そして一人の使用人を呼び寄せ、吾郎の世話をしろと命令した。
 その使用人は小柄な幼い顔つきをしており、従順になんでもいう事をきく素直さがかわいらしく見える。
「リリーです。宜しくお願いします」
 恥ずかしげに挨拶をしては、吾郎を部屋へと案内する。
 吾郎も愛想良く笑みを浮かべて、リリーの後を着いていった。
「こちらがゴロ様のお部屋になります。何か必要なものがございましたら仰せ付け下さい。こちらで少しお待ちいただけますか。すぐに戻ってまいります」
 リリーが恭しく頭を下げて部屋を出て行った。
 その間に、吾郎はその部屋を見回した。
 客間として扱われているのか、すでに整ったベッドと家具が備え付けてあり、自分の普段の部屋よりも広々とずっと豪華で清潔だった。
 窓際により、窓を開けると、目の前には木々が植えられて緑が目にやさしかった。
 そよ風が優しく吹き付けて頬を撫ぜるのも心地がいい。
 あのジメッとした自分の部屋でコンピューターを前にいつも座っていた景色よりも幾分も清々しかった。
 ここでなら思う人生が歩める。
 これからどのような冒険が待ち受けているのか、吾郎はワクワクしてきた。
 暫くしてから、またリリーが部屋に入ってきた。
「失礼します。あの、肩を怪我されてますので、手当てをさせていただきます」
 そういえば、肩を怪我していたと思い出すと、急に傷がうずいて痛みを思い出した。
 それすら忘れるほど、この世界に魅了されて心満たされていたと、この状況にどっぷり浸かりこんでいた。
 ベッドの上に腰掛けると、リリーは肩の様子を覗き込み、そして用意してきた薬を慎重に選びながら傷の手当てをし出した。
 少し沁みて、体がピクリと動くと、リリーは焦るように心配し出して吾郎の様子を伺う。
「気にするな。大丈夫だから」
 心配させたくないと爽やかな笑みを見せると、リリーは顔を真っ赤にしながら再び傷の手当てを続けた。
 どうやら、吾郎はとてもハンサムな顔で女性を虜にしているらしい。
 それもまた自尊心に繋がり、吾郎はどんどん自分の置かれているこの境遇に感謝をしてやまなかった。
 これもあの妖精のヨッシーのお陰だと思うと、少し邪険に扱った事を後悔してしまう。
 ヨッシーは自分の願いを本当に叶えてくれる素晴らしい妖精だったんだとやっと有難さを理解していた。
「リリー、だったね。傷の手当て有難う。お礼をしたいけど、生憎何ももってなくてすまない」
「えっ、いいんです。これは私の仕事ですから。ゴロ様にお仕えできるだけで光栄です」
 なんてかわいいんだ。
 吾郎は今までこんなに女にもてただろうかと自分の今までの人生を振り返った。
 女性には縁がなく、容姿はダサダサで敬遠されがち。
 はっきりいって、未だに童貞。
 それがこの世界では何人とでもチャンスがありそうなくらい、目の前にはかわいい女の子が選り取りみどりだった。
 思わず、リリーを引き寄せ、吾郎は襲う勢いでリリーを抱きしめた。
「あっ」
 リリーは文句言わずに、大人しく吾郎の腕の中におさまった。
 柔らかなそのさわり心地に、吾郎もドキドキとしてはこのまま押し倒したくなったが、ここで使用人に手を出してしまうのは惜しい気がした。
 まだ周りには気になる女の子が一杯いる。
 アネモネもその家庭教師のピオネーも捨てがたい。
 やはりまずは自分が一番手に出来ないような女から始めてみたい。
 リリーを手放し、吾郎はニコッと微笑んだ。
「俺のお礼の愛だ。こんなことしかできなくてすまない」
「いえ、私、その……」
 明らかにもっと望んでいるような目をしていた。
 そういう女心をじらす自分にもなんだか酔えてくる。
 吾郎はこのハーレム展開が自分の理想そのものであり、かつては妄想の中の出来事が目の前に現れたことによって、全ては自分を中心に回っているとどんどんと気が大きくなってきていた。
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