第二話


 吾郎が真剣な面持ちで城に戻れば、並ならぬオーラが付き纏い、周りの兵士は知らずと後ずさりして道を開けていた。
「おい、ゴロ、どうした。曲者を追いかけていたそうだな。どうなったんだ」
 ダグが、城で起こったごたごたの顛末を聞いて、心配して駆け寄ってきた。
「ダグ、国王と話がしたい。どうすればいい?」
 ただならぬ吾郎の態度にダグは落ち着かない雰囲気を読み取り、不安をそのまま顔に表した。
「何かとてつもない報告をするようだな。わかった。ついてこい」
 吾郎から感じた気をダグも身に纏うように、一身共同体だと言わんばかりに二人は覚悟して国王のいる部屋へと向かった。
 この時ダグはどんな事が分からずに、吾郎の力になりたい一身だった。
 二人が容易に入り込めない廊下を歩いていると、側近から何事だと行く手を阻まれてしまった。
 重要なポジションにいるとはいえ、兵の分際で国王のいるエリアへは容易く入り込めるものではなかった。
 そのため、二人が国王に会いたいと申し出てもそれをあっさり却下された。
「とても重要なことなのです。この戦が避けられて話し合いで解決することなのです。どうか国王にご連絡下さい」
 イグルスと名乗る側近は、鋭い目を吾郎に向けた。
 国王の右腕となるだけあって、頭も切れ表情にもきつい雰囲気がでている。
 いざというときのために体も鍛えて剣の腕前もそこそこいい。
 ダグの体ほどではないが、イグルスも鍛え上げた筋肉を程よく持った男だった。
「詳しい事をまずは我に話してみよ。話はそれからだ」
 吾郎は仕方がなく、イグルスにアゼリアと話し合った事を全て伝えた。
 側で聞いていたダグもそれには驚きを隠せず、大胆な事をしでかす吾郎を唖然と見ていた。
「なんだと、貴様は敵とそのような密会をして、たかが雇われ兵のくせに国家レベルの重大な約束を交わしてきたというのか」
「はい。これは戦を回避し、無駄な血を流さなくてもいい解決策です。話し合いで平和的に解決できるチャンスなのです」
「なんという愚かな。こちらには全くの非はない。あちら側が勝手にクーデターを起こし、この国を乗っ取ろうと計画しているだけにすぎないのに、貴様は我が王国を侮辱しているのか」
「決してそのようなことはございません。ただ、これが我々にとっていい方法だと思うからこそ……」
「ええい、問答無用。黙れ。そのような事を国王に話してこちら側が折れればこの国の恥じゃ」
「イグルス様、あなたのご意見じゃなく、どうか国王とこのことについて話し合わせて下さい。お願いします。ダグ、君もそう思うだろ」
 ダグはこの時難色を示していた。
 やはりどこかでダグもイグルスと同じような感覚を持っているようだった。
「ゴロ、俺もこちらから頭を下げるようでどうも釈然としない。全てはあちら側から事を起こしてきたことなのに、こちら側がどうして話し合いの聞く耳を持たねばならないんだ…… すまん、少しまだ納得いかないところがある」
「ほうらみろ、これは誰が聞いてもこの国のものはそうなってしまうはずだ。やはり余所者にはこの国のことなど分かるはずがなかろう。お前は優秀な兵かも知れぬが、左翼的な部分があり、それはこの国には望ましくない。いずれは危険分子となりこの国を滅ぼすかも知れぬ」
「イグルス様、私は決してそのようなものでは……」
 そういいかけたときイグルスの指示で吾郎は二人の兵士達に取り囲まれ、体を拘束されてしまった。
「何をなさるんですか」
 抵抗できぬままに吾郎は兵士に連れて行かれ、ダグもこればかりは助けることはできなかった。
「ダグ!」
 必死に叫ぶも、ダグは下を向き歯を食いしばるように体を震わしていた。
「すまない、ゴロ」
 何も出来ないことを謝るもその声は吾郎には届かなかった。

 吾郎は暗いじめじめとした地下牢に連れてこられた。
 檻の中に投げ入れられ床に倒れこむ。
 顔を上げて目の前を見れば大きな錠前ががちゃりと虚しく音を立て閉められているところだった。
 まだ何か策があるとばかりに、吾郎は立ち上がって鉄格子を掴んで去っていこうとする兵士二人に懇願した。
「頼む、ここから出してくれ」
 必死に頼み込んでも命令を受けた兵士達は聞く耳も持たずその場から姿を消え去った。
 吾郎はこんなはずではなかったと、なぜこのようになってしまったのか考える。
「なんでも自分の思い通りに事が進むんじゃないのかよ」
 異世界に飛び込めばそうなるといわれていたが、この展開にはがっかりだった。
 それよりも恐ろしく危機感を覚えて震えさえ出てくる。
 そしてヨッシーが少し不自由なことになると言っていたのを思い出した。
「もしかしてこの状況が不自由なことなのか」
 この先をどうすればいいのか、吾郎は一生懸命考える。
 このままではアゼリアとの約束は守れないし、そして裏切られたと思いその場で戦争は即刻始まってしまう。
「一体どうすればいいんだ」
 暗い冷たい石床の上に尻をつき、頭を抱え込んでしまった。
 日が差し込まない四六時中暗い牢屋では時間の感覚もなく、この先自分はこのままずっとここに入れられて死んでしまうのかと暗く絶望的になってしまった。
「もしかして、どこかに隠し扉があって、この牢屋からぬけだせるとか?」
 そう思うと吾郎は手探りで辺りを調べまくった。
 石を叩いては何か変わった音がでないか探るが、一通り触ったときまた絶望に打ちひしがれた。
 異世界に飛ばされて最大とでもいうべきこのピンチに焦りばかり感じてしまう。
 話し合いは明後日を予定していた。
 このまま指をくわえて戦争が始まるのをただ待つだけなのか、吾郎はこの時本気で悔しくてたまらなかった。
 何もする事がなく、ゴロンと床に寝転べば知らずと眠っていたが、そのうつらうつらとした中で、小さく囁く声がした。
「ゴロ、ゴロ、起きろ」
 ぼやっとする重たい頭を起こせば、仄かにオレンジ色の明るい火が見えた。
 やさしいその光の正体は誰かが手にしてるろうそくだった。
 フードがついたマントをすっぽりと被った人影がみえる。
「誰かそこにいるのか?」
「私だ、ローズだ」
「えっ、ローズ…… まさか王女様」
「そうだ。ここから今出してやる。ちょっと待て」
 ローズは錠前に鍵をさすが、沢山あって一つずつ試しているのか、いつまでもガチャガチャと続いて、なかなかカチャリと軽やかな音がしなかった。
「なぜ、ローズ王女様がここに」
「そなたの無事を確認するために兵士に問い質したら、捕らえられたと聞いたんだ。そこで詳細を知りたくてダグを呼び寄せて詳しい話を聞いたという訳だ」
「それなら、なぜあなた様が私を助けようとされるのでしょう。私は危険分子と認定されたんですよ」
「何も事情を知らないこの国に愛国心を持っているものならそうなるかもしれぬ」
 ローズはまだ鍵が見つけられないのか、ガチャガチャと手を動かしながら話していた。
「何も事情を知らない? それは一体どういうことですか。王女様は何かご存知なのですか?」
 合う鍵が中々見つからない中、ローズは気難しい顔をしていたが、原因は鍵だけではなさそうだった。
 少し悲しげに言葉を発した。
「ゴロが約束をとりなしたという敵がアゼリアと名乗ったのは本当なのか? そしてその女が矢を私に放ったのか?」
 アゼリアのこともイグルスとダグの前で全て話していた。
 そのことも全てローズはダグから聞いたのだろう。
「はい、あの時矢を放った曲者は女性の兵で、アゼリアと申しました」
「その女性は手足がすらっとしていて、目が大きく澄んでいて美しい姿であっただろう」
 鎧を着ていたから体のことはわからないが、美しい姿には変わらなかった。
 だがどうしてローズがそのことを知っていたのかが疑念に湧く。
「はい、確かに美しい人でした。しかしその事が何か関係があるのでしょうか」
「大いにある!」
 力を入れたその声と一緒にカチャリと鍵が開く軽やかな音も響いた。
 ローズ王女は鉄格子のドアを開け、吾郎に出てこいと手招きした。
 吾郎が鉄格子のドアから出たとき、ローズは言った。
「アゼリアは母違いの私の姉だ」
 それを聞いて吾郎は驚愕し、ろうそくの優しい光に照らされながらも悲しげな瞳のローズ王女を見つめていた。
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