第三話
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陽一をいつも身近に感じられるこの特等席のお陰で毎日が楽しかった。
陽一は話題にこと欠かさず、何でも思うことを口にして真紀に話を振ってくる。
特に前夜に観たテレビ番組のことや、好きな音楽など、自分の好きなものは話したくてたまらないのか、真紀に事細やかに語りかけてくる。
そのために真紀は陽一の好きな番組を観たり曲を聴いたりと意識するようになったが、自分も同じ気持ちになりたいがために力を入れるのがいけないのか、陽一が夢中になれるほどあまり興味がもてないのが正直なところ。
陽一の好きなアイドルの名前が出たときは、そんな人がタイプだったのと驚いたものだった。
嫉妬も入ってるのか、自分の目からみれば、そのアイドルは好きじゃなかった。
思わず本音が口をついてしまう。
「えっ、あんな人がいいの?」
「なんだよ、悪いかよ。それなら岸島はどんなタレントが好きなんだよ」
「えっ、私は特にいないけど、でも映画だったらハリーポッターが好きかな」
「ああ、あれか。あれは面白いよな。俺もああいう世界は好き」
この時やっと共通の話題となった。
陽一は意外とファンタジーの世界が好きらしく、この他にも色々な本の名前がでてきた。
「俺さ、指輪物語とかナルニアとか読んだぜ」
「結構、本好きなんだね」
「まあな。姉ちゃんの影響が強いかもしれない。姉ちゃんが読め読めっていうからさ。岸島は読んだことあるか?」
「それらはないけど、ネバーエンディングストーリーは読んだことある」
「おっ、結構知ってるじゃん。あれは映画をDVDで観たことある」
「本の方が詳しい事が分かって面白かったよ」
「そっか、他になんか読んで面白いって本はあるか?」
「チョコレート工場の秘密も面白かったかな」
「それも『チャーリーとチョコレート工場の秘密』って題で映画になってるやつだな。映画もみたことないし、本も読んだこともないや。それってどんな話なんだ?」
「うーん、一言でいうのは難しいかも。チョコレートの中に誰もまだ見た事がない工場の見学ができる招待券が入ってあって、それを当てた子供達がチョコレー
ト工場の見学にいく話なんだけど、それがもう奇想天外な展開でさ…… うーん上手く説明できない。よかったらその本貸してあげようか」
「えっ、いいのか?」
「うん、いいよ。百聞は一見にしかずだし、読んでみて。明日もって来るね」
「俺もなんか貸してやりたいんだけど、姉ちゃんの本だから」
「いいよいいよ、気にしないで」
自分の持ってる本を貸すことで喜んでもらえるだけで真紀は嬉しかった。
二人が和気藹々と楽しく語っているとき、内山あずさはその様子を振り返ってちらりとみていた。
次の時間は体育の授業だった。
生憎の雨模様だったために授業は体育館でバスケットボールとなった。
男女別々だったが、先に男子が試合を始め、その間女子は準備運動やボールのパスのやり取りの練習を始めた。
男子は敵味方を区別するために片一方のチームはゼッケンをつけていた。
陽一は16番という数字を胸につけてコートの中を走り回って、楽しそうにボールを追いかけていた。
それを無意識で真紀は目で追ってしまう。
そしてその後あずさと目が合って、睨まれてしまいはっとした。
それからはまた大人しく無難に授業に参加した。
後半は女子がバスケットの試合を始めたが、同じように敵味方を区別するためにゼッケンをつけることになる。
真紀はつけないでいいチームだったが、ぱっと前をみたときあずさが16番のゼッケンをつけていたことに軽く驚いた。
あれはさっき陽一が身に付けていたものだったからだった。
偶然の出来事なのか、故意で選んでつけたのかその真意はわからない。
だが後者だったとしたら──。
真紀は急におどおどと動揺してしまった。
その時、誰かが真紀にボールをパスしたが、真紀は咄嗟に体が動かずそのボールを取り損ねてしまった。
「あっ」と思ったのも束の間、横から素早く誰かが現れてボールを手にすると、そのままドリブルでコートを走り抜け、その勢いついた機敏な動作でシュートを決めた。
あずさだった。
あずさは振り返り真紀を一瞥する。
一見無表情だったが、その目はとても冷たく感じられた。
真紀はここであずさも陽一が好きであることに気がついてしまった。
そしてあずさが自分に絡んでくる理由が明白になった。