第三話


 陽一は女の子たちを前にして教室の後ろの棚に体をもたげながら視線を落とし、無表情で話を聞いていた。
 女の子達は有無を言わさぬ迫力で強く言い放っている。
 一通り話した後、陽一の返事を待つように女の子達は黙り込んでいた。
 教室の後ろだけ違う空気が流れるように異様な雰囲気に包まれる。
 ジリジリと追い詰められる居心地の悪い不快感。
 陽一はうんざり気味だといいたげに、息を漏らすように小さなため息を言葉の代わりに出した。
 陽一が何も言わないことに痺れを切らし、イライラが募った女子達がまた言葉の攻撃を始めた。
「そろそろ返事をしてあげたらどう?」
「いい子なんだから付き合ってもいいじゃないの」
「ほんとは好きなんでしょ」
 話の筋から陽一は誰かに告白されて承諾しないまままらしい。
 その女の子達は告白した女の子と友達なのか、二人をなんとかくっつけたいと躍起になってるようだった。
 陽一は女子達に圧倒されつつも、落ち着いて対処する。
「俺、そういうの興味ないし、嫌だから」
 陽一ははっきりと断っていた。
 だが、女の子達も引き下がれないと粘りに粘って、何度も陽一に考えを改めさせようとしている。
 まるでどこぞの組織を思い出せるほど、それは脅しているようにも見えた。
 告白をしたその子がいくら一方的に好きだからといって、友達を用いて無理やりくっつけようとするそのやり方はみていて気持ちのよいものではなかった。
 陽一が本当に好きなら告白した時点で承諾しているはずである。
 そうじゃないからそれに応じれないだけなのに、関係ない第三者までがぞろぞろ集まって交際を強制するのは、万が一承諾したとしても最初から興ざめな付き合いになるのではないだろうか。
 それよりも、この状態が寧ろ逆効果で益々興ざめする展開だと気がつかない方がおかしい。
 真紀は嫌なものを見たような気持ちになってなんだか自分まで落ち込んでいくようだった。
 後ろ以外の教室内はいつもの放課後の雰囲気が流れている。
 真紀の視界に周りの生徒達が入った。
 教室に残っていた他の生徒達も陽一達の話を聞いていただろうが、見て見ぬふりをして構う様子はなかった。
 しかし、心の中では真紀が感じたようにどこか滑稽なものとして捉えていたことだろう。
 真紀はこれ以上ここにいても仕方がないとそろそろ帰ろうと席を立ち上がった。
 陽一達を避けるようにして前のドアから静かに去ろうと歩き出す。
 その時、また声が聞こえた。
「そこまで頑なに拒む理由はなんなの? もしかして好きな人でもいるの?」
 突然教室に響いたその質問はまた真紀の耳をピクリと動かした。
「そういう奴はいないけど、俺はそういうのとにかく嫌だから。放っておいてくれ」
 その陽一の言葉を聞いたとき、ほっとしたような、がっかりしたような、真紀にとっても複雑だったが、何も深く考えられないまま、真紀は教室を出ていた。
 陽一が最後に言い放った言葉は、語尾が強調され立腹している様子だった。
 しつこさに腹を立て、周りの女の子を蹴散らすように吐き捨てたのだろう。
 結局、陽一を怒らしたことは、告白した女の子にも何もプラスになるものはないと真紀は下校途中歩きながら考えていた。
 まだまだ中学生の子供じみた行動が、同じ中学生である真紀にもバカバカしく思えていた。
 だがその反面、勇気を出して告白した女の子や、その女の子の友達の友情は羨ましくも思える。
 自分は一人片思いしてウジウジするようなタイプだし、そうやって応援してくれるような友達もいない。
 人それぞれだから、何がいいとか全くわからないが、陽一はまだ誰のものでもないと言う事がわかったのはよかったことかもしれない。
 お陰で残りの時間、たくさん陽一と話せることに誰にも遠慮しなくていい。
 ただ、少し寂しく思うのはなぜなのだろう。
 真紀は心の底ではもしかして自分に気があるのではなんて望んでいた部分に気がついてしまった。
 そんなことはないとずっと否定してきたことなのに、こうやって近くにいて毎日話していると知らずと淡い期待を抱いていた。
 それが無性に恥ずかしくて、相手にされてないとわかっていたのに、知らずと自惚れていたことに自己嫌悪してしまう。
 自分でも処理のできない、持っていきようのない思いに潰されそうになりながら、真紀はため息を吐いていた。
 そして一体誰が陽一に告白したんだろうとそればかり考えていた。
 
 自宅に戻り自分の部屋に入ったとき、机の上のチョコレートに目がいった。
 それを手にとって暫く見つめる。
 笑っていた陽一の笑顔も一緒に思い出された。
 ちょうどこんな悲しいときに食べるにはいいタイミングなのかもと、ゆっくりと包み紙を開けていく。
 そして銀紙をびりっと破るが、なんだか普通のチョコレートではないものを感じた。
 そこにはチョコレートの他に文字が書かれたプレートのようなものが入っていた。
 なんだろうと思って取り出してみて、真紀は目を見開くほど驚いた。
inserted by FC2 system