第三話


 ヨッシーの大判振る舞いなお菓子のお陰で、お腹は次第に膨れていった。
「ああ、もうだめ。私これ以上食べられない」
「俺もだ」
 二人は力尽きたかのようにぺちゃんと地面に座り込んで、膨れたお腹を擦っていた。
「おやおや、もうお疲れですか。まだまだこの先続きますよ。それでは次行きましょうか」
 ヨッシーが口笛を吹くと白馬が嘶きながらどこからともなくやってきた。
「さあ、真紀さん、ここに足を掛けて下さい」
「えっ、この馬に乗るの?」
 ヨッシーがにこやかに髭を触って頷いていると、不安になっていた真紀の体は軽々持ち上げられるように簡単に馬に跨っていた。
 陽一も同じように体が軽くなって、真紀の後ろに乗った。
「陽一さん、真紀さんをしっかり支えてあげて下さいね」
「支えるも何も、俺、馬に乗ったことないし……」
 陽一の不安な気持ちなど気にせず、ヨッシーは馬のお尻を叩いていた。
「うわぁ!」
 馬が動き出し、真紀は咄嗟に馬の首にしがみつく。
 そして陽一も真紀の腰に無意識に手を回して掴んでいた。
 馬は草原を駆け巡るが二人は落ちる気配は全くなかった。
 慣れて落ち着いたとき、自分達がどういう状況かやっと気がついて、急にドキドキしだした。
 陽一が慌てて真紀から手を離そうとすると、急に馬が激しく動き出してしまい、陽一はまた真紀の体に手を回していた。
 二人は密着したまま何も言わずに馬に揺られていた。
 大きな扉の前で馬がようやく止まり、終点を知らせるように大きく嘶いた。
 陽一は素早く馬を下り、真紀が下りやすいように手を貸した。
 二人が下りると、馬は用事が済んだとばかりにさっさと去っていった。
「乗馬はいかかでしたか?」
 馬と入れ替わるようにヨッシーが現れる。
 真紀も陽一も言葉がでないまま、もじもじと照れながら笑っていた。
 ヨッシーはその初々しい二人にニコニコとせずにはいられなかった。
「それでは次にご案内しますね」
 扉を開くと、濃厚に甘い香りが漂ってきた。
 そこは全てがチョコレートやキャンディなどで出来ているお菓子の部屋だった。
 天井も床も壁も、また壁に掛かってある時計や絵も、ソファですら全てが食べられるという。
「さて、ここではどんな形のチョコレートも作れるんですよ。ここでお菓子作りに励んでいただきましょう。お好きなものを作ってみて下さい」
 参考になるようにとヨッシーは猫の形をしたチョコを粘土をこねくるように作った。
 かろうじて猫に見える形を作ると、それは独りでに動きだしてしまう。
「ここで作ったものはその形のイメージ通りの動きをします。チョコレートですけど形が出来上がるまで手はよごれませんので、安心して触って下さいね」
 特別な仕様で、これもヨッシーの魔法で都合よくなんでもできた。
 チョコレートになる材料はヨッシーが沢山出してくれる。
 必要な道具もリクエストでどんどん出てきた。
 そして陽一は車の形を作り、実際上に乗って遊びだす。
 真紀は次々に色んな動物を作っては、それを解き放して部屋を賑やかにしていた。
 イメージした通り簡単に作れるのはヨッシーも影で手伝っていたからだった。
 この世界ではなんでもありで、二人はすっかり慣れてしまい、思う存分楽しんでいた。
「さてお次は二人のお土産用にきっちりとしたチョコを作って下さい。真紀さんは陽一さんのために、そして陽一さんは真紀さんのために心に残るような素敵な チョコレートを創作して下さい。どんな味でも結構です。必要な材料があればなんでもお出しします。ただし、お二人とも相手にわからないように内緒にして 作って下さいね。これは貰った後のお楽しみチョコレート交換ですからね」
 それは楽しいと真紀は美味しいチョコレートを作ろうと張り切った。
 陽一も色々アイデアを振り絞りながら、考え込んでいた。
 お互い背中合わせになって相手にわからないようにチョコを作っていく。
「覗きはなしですよ」
 ヨッシーは間に入りながら二人を助けていた。
 チョコレートが出来上がると、それぞれ箱に詰められ、リボンを掛けられた。
 ピンクのリボンは陽一が真紀のために作ったもの。
 ブルーのリボンは真紀が陽一のために作ったもの
 それらはヨッシーが大事に手にした。
「それじゃこれは帰りにお二人にお渡ししますね。さあ、もっともっとここでしか出来ないこと一杯考えて下さい」
「岸島、他に何かしたいことあるか?」
「うーん、一杯食べたし、もう満足かも」
「もっともっと楽しもうぜ。だったら、俺、ボートに乗ってチョコレートの川くだりしたい」
「分かりました。今準備します」
 ヨッシーに連れられると、そこは星が沢山輝く夜空が広がっていた。
 ゴンドラが用意されているのに気がつくと、陽一がそれに飛び乗り、次に真紀に手を差し出し、乗り込むのを手伝った。
「それでは楽しんで来て下さい。私は下流で待ってますので」
 ヨッシーはすぐに姿を消した。
 静かな薄暗い場所で急に二人っきりになり、真紀はなんだか落ち着かなかった。
「俺の運転が信用ならないってか?」
「そんなことないけど、大丈夫?」
「もちろん、大丈夫。これでも運動神経はいい方だぜ」
 長いオールを手にして、繋いであった綱をはずすと、陽一は岸を蹴り上げた。
 船はゆっくりと動き進んでいく。
 緩やかに流れるチョコレートの川面が艶やかに光って揺れていた。
 どこからか静かなバイオリンの音が聞こえてきた。
 それに合わせる様に虫たちが軽やかに鳴きだした。
 ホーホーとフクロウの声まで時々聞こえてきては、色々と演出をしてくれている。
 影で何かと用意しているヨッシーを想像すると二人はおかしくなってぷっと吹いていた。
 二人はここでの楽しかった事を語り合う。
 不意に会話が途切れお互い黙り込んでしまうと、急に寂しさがこみ上げてきた。
「ここを出たら、また現実の世界が待ってるのか」
 ため息を吐くような物悲しさで真紀が呟く。
「うーん、ある意味、これも現実に起こったことだったじゃないか。周りのものに見慣れてないだけでさ。場所や状況が違っても自分がいる場所は全て現実なんだよ。そこでどう対応するかでモノの見方が変わってくるだけじゃないかな」
 陽一の言うことも一理あった。
「そうだよね。ここで楽しかったのも現実の出来事だったし、これからも楽しく過ごそうと思えばいいだけだよね」
「そうさ、まだまだこれから色んな楽しい事が待ってるかもしれない」
 二人はまた暫く黙り込んで静かになっていたが、心は満たされお互い笑みを浮かべていた。
 美しい音色のバイオリンの音を聞きながら、夜空の星を仰ぐ。
 ここが建物の中だと感じさせないくらい、それは本物にみえた。
 ゆっくりと時が流れるように、ボートも進んでいく。
 陽一の漕ぐボートは乗り心地よかった。
 穏やかな気持ちで真紀は陽一を見つめた。
 陽一は視線を感じると手元を止め真紀に向き合って真剣な目を向けた。
「なあ、岸島、俺さ今日のことは一生忘れないと思う」
「私も。こんないい想い出、絶対忘れたくない」
「なんか、この先も頑張ろうっていう気持ちにさせてくれるような出来事だったよな」
「うん、そうだね」
 陽一はまだまだ何かを言いたそうだったが、すでに下流が視界に入り、そこにヨッシーの姿が小さく見えていた。
 あまり時間が残されてないと思うと、なんだか焦って上手く考えが言葉として纏まらなかった。
 真紀も胸が一杯になって、陽一を見ているのが辛くなってくるほどだった。
 そうしてる内に終点に辿り着いて終わってしまった。
「お疲れ様でした。名残惜しいですが、私の役目はここまでとなります。私の案内はここまでで申し訳ないですが、この後はお二人でこの屋敷を出て下さい。出口には先ほど作られたチョコレートを置いてありますので、それを忘れずにお持ち帰り下さいね」
「あの、ヨッシー」
「はい、真紀さん、なんでしょうか」
「えっと、その、今日は本当にありがとうございました」
「いいんですよ。お礼なんて。それじゃ陽一さん真紀さんを頼みますよ。ではでは」
 陽一もお礼を言おうとしたが、その前にヨッシーは姿を素早く消してしまった。
「あれ、行ってしまった。だけど、出口どこだよ。それくらい教えてくれてもよかったのに」
 陽一は当たりをキョロキョロしだした。
 薄暗い中、草原がどこまでも続いている。
 でも真紀は落ち着いていた。
「多分ね、どこを歩いてもきっと出口に辿り着くんだと思う」
 なんだか急に名残惜しい気持ちが喉を詰まらせて声を小さくさせた。
「そっか、じゃあ、できるだけ遠回りしていこうか」
 その陽一の言葉にも真紀と同じ気持ちが含まれているようだった。
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