第四話


 ある日の真夏の夜のこと。
 日が落ちた後も、まだまだ不快感たっぷりのねっとりとした空気が漂う熱帯夜。
 時刻は夜の九時を過ぎているが、その街角の通りはコンビニがあるため、人通りは絶えず、またその煌々としたコンビニの店の明かりに見せられて、人が頻繁に出入りしていた。
 時折、車も行き来してはまだまだ宵の口らしく、賑やかな雰囲気がする。寝静まるには早い夜だった。
 同じくその通りを少し先に言ったところの隅っこ。
 大きなポリバケツのゴミ箱や、いくつか積み重ねられた段ボール箱と並んで、ぼやっと怪しげな光と共に、胡散臭い占い師がひっそりと静かに座っていた。
 『易』とかかれた看板を出していたが、シルクハットとタキシードの姿ではチグハグしていて、まだタロット占いと出していた方が似合っていたかもしれない。
 それでもそんな事お構いなしにじっと静かに座っていると、数メートル先の角の所で話をしている男女のシルエットが見えた。
 男性の方が手を振ってスタスタと先に去って行くと、残された女性はその場で佇みながらいつまでもその男性の後ろ姿を見つめているようだった。
 その後、女性はため息を吐きながらヨッシーの目の前を通り過ぎようとしていたので、ヨッシーは声を掛けた。
「そなた、今からコンビニに行こうとしてるな」
 突然声を掛けられ、女性は驚いて立ち止まり、ちらりとヨッシーに一瞥するも、ぼやっとした光の中で見る青白い肌と緑の髪の毛はなんだか気持ちが悪く、そこは何も見なかったように無視してまた足を動かした。
 ヨッシーは無視されても気にせず、身を乗り出して、女性の後ろ越しに言葉を掛ける。
「あのコンビニではガリガリ君は売り切れておるぞ」
 女性は、何度も声を掛けられて怖くなり、逃げるようにコンビニに駆け込んだ。
 中に入ってから振り返って外の様子を伺うも、追いかけて来ないことに少し安堵し、息を整えてアイスクリーム売り場に行った。
 アイスクリームの売られている入れ物の中を覗き込んでみたが、確かに『ガリガリ君』はなかった。
 暫く色々なアイスクリームを眺めながらも、先ほどの易者の事が頭から離れず、結局何も買わずに店を出て、元来た道を戻ってヨッシーの前で足を止めた。
 どのように声を掛けようか女性はまごついたが、ヨッシーの方から待っていたかのように声をかけたので、話がしやすくなった。
「何を躊躇っておるのじゃ」
「あんたさ、どうして私がガリガリ君を買いに行こうとしてたのが分かったの」
「ガリガリ君はおいしいからのう。こんな暑い夜には一番食べたくなるもんじゃ。さっきから皆買って、食べながらこの辺を歩いておったわ」
「ただの憶測だったの? でも売り切れってなぜ知ってたの?」
「いや、私がさっき買いに行ったらなかったから……」
「えっ?」
 なんだか女性は拍子抜けしてしまった。
 結局はからかわれただけだと思い、そのまま帰ろうと足を動かした。
「あっ、ちょっと待って下さいって。別に遊びであんなこと言ったわけじゃないんです。あなたは今恋をしておられますね。しかもとても辛い恋を。私、助けられるかもしれません。申し送れましたが、私、妖精のヨッシーと呼ばれている者です」
 その言葉で女性の顔つきが変わり、帰りかけていた足がヨッシーに突進しては、そこにあった安っぽいスツールに自動的にどしっと腰を下ろした。
「ねぇ、占い料はいくらなの?」
「私は占いはしません」
「じゃあ、一体ここで何してるのよ」
「ちょっと、導かれるものがありまして、ここで座って人々の妄想を見ていたんです。私、皆さんの妄想した恋愛を現実に変えてあげられまして……」
 それを言うや否や、女性の目は大きく見開き、藁をもつかむ思いでヨッシーに迫る勢いで顔を向けた。
「それってまじ?」
 ヨッシーは落ち着いて首を縦に振った。
 胡散臭い格好に、お人よしそうな柔らかい物腰。しかし害はなさそうだと女性はヨッシーの話に耳を傾けた。
 ヨッシーは自分の正体をさらりと告げて、一通りいつもの説明をした。
「あんたを信じていいの?」
「はい、もちろんです。それに御代は一切頂きません」
「金儲けじゃなかったら、一体何が目的なの?」
「それは、満足感です。私、折角、このような力を持ってるのに、使う機会がなくて、それに友達もいませんし、寂しいんです。できたらお役に立ちたい、ちょっと目立ってみたいとか思うようになって、それでボランティア活動始めたという訳なんです」
「ふーん、でも怪しいな」
「そんなにお疑いになられるんでしたら、別に無理にとは申しませんので……」
 ヨッシーが店じまいをするように片付けだすと、女性は急に慌て出した。
「わかった。信じるから」
「そうですか。そしたら名前とお歳、そして今の恋の現状を説明して下さい」
 女性は姿勢を正して、ヨッシーと真面目に向き合い、喉を一度鳴らしてから、自分の説明をし出した。

 佐倉杏里(さくらあんり)、20歳。
 地方の大学に通い、夏休みということもあり一人暮らししている姉の住むアパートに暫く転がり込んでいるが、元はと言えば姉の方から来てくれと誘われたのが発端だった。
 数ヶ月前に一度電話で誰かに後をつけられているような気がしたと聞いていたこともあり、姉のことを心配して夏休みを利用して来たものの、来てみたら最近できた彼氏を自慢したくて、自分は呼びつけられたのだと気がついた。
 杏里の姉は杏樹(あんじゅ)といい、妹の杏里と一字違いで名前も似ているが、姉妹のことだけあって二人は顔だちも良く似ている。
 髪型も多少の長さの違いはあったが、どちらもストレートで肩付近まで延びていた。
 強いて二人の違いは何かといえば、5歳年上の姉の方が社会人として働いているだけ、落ち着いて幾分か大人っぽい。
 ごく普通の姉妹で、子供の頃は喧嘩ばかりしていた時期もあったが、この年になるとお互い成長し、仲はいい方だった。
 だが、理由は何にせよ、杏里は姉の部屋に転がり込んだのを非常に後悔していた。
 というのも、姉に紹介された恋人、茨木隆道がとてもかっこよく、杏里は出会ったその日に一目ぼれをしてしまったからだった。
 仲睦まじく、また堂々と彼氏を自慢する姉に抑えきれずに嫉妬が時々起こってしまう。
 姉妹だけあって、嗜好や趣味が似ているのは時として酷になり、まさか姉の恋人に恋心抱くなんて杏里にはとても辛すぎた。

「そうですか。それは大変ですね」
 話をじっくりと聞いていたヨッシーは慰めるように相槌を打った。
「でしょ。こんなことって本当にないよ。お姉ちゃんも何も露骨に妹に羨ましがらせるようにしなくても。今日も隆道さんを夕食に招待したんだけど、少しでも二人っきりになれないかと思って、隆道さんが帰るとき、コンビニに行くのを理由にそこまで一緒に歩いてきたの」
「なるほど。杏里さんはもしかしたら自分を見てくれるかもって思ったんですね」
「そ、そうなのよ。さすがね。話が良く通じるわ」
「しかも、そう思ったのにも根拠があった」
「やだ、そんなことまで分かるの? ヨッシー、やっぱり占い師に向いてるわ」
「いえ、そんな。なんか褒められているみたいで照れちゃいます。それよりもその根拠をどうぞお話して下さい」
「あっ、はい。初めて隆道さんに会ったとき、隆道さん私の顔を見てとてもびっくりしたの。そりゃ私とお姉ちゃんは年は離れているけど姉妹だけあってよく似 てるからびっくりしたんだと思う。隆道さんお姉ちゃんがいないところで、私について色々訊いてくるし、お姉ちゃんがいても何度と目があったりしてなんだか 私を意識してたみたいだった。もしかしたら雰囲気は似てても隆道さんは若い私の方がいいのかななんて思ったりした。お姉ちゃんはどこか地味っぽいところが あるし、よく似てるっていってもはっきり言って私の方がお姉ちゃんより垢抜けてかわいいと思う」
「だからちょっと希望を持ってしまったんですね。でも結局は振り向いてもらえなかった」
「まさにその通り。さっき歩いているときに二人の絆を見せ付けられちゃったら、もうどうしようもないって思っちゃった。だってあの二人、同じマスコットのキーホルダーもってんのよ。しかも偶然の出来事で、それがきっかけで意気投合しちゃったらしいの」
「どんなマスコットなんですか?」
「黒猫を形どったフィギュアっぽいもの。ガチャガチャでよくある安っぽいものなんだけど、お姉ちゃん猫が好きだから何気なしにガチャガチャにコインを投じ たんだと思う。5種類くらいあったけど、一回で欲しかった黒猫が出てきたらからそれで満足してた。それを鞄に吊ってたら、隆道さんに偶然道で声掛けられ て、自分も同じの持ってるって目の前で見せたらしいの。隆道さんがかっこよかったっていうのもあるけど、お姉ちゃんすっかり隆道さんに魅せられて、それか ら何度と顔を合わして挨拶しているうちに二人は自然と仲良くなって付き合いだしたみたい。さっきも隆道さん、まるでこのマスコットから何かを嗅ぎ取ってく れと言わんばかりに、わざと私の目の前に垂らしてあてつけのように見せ付けるの。私、なんだか悲しくなったけど、気持ちを悟られないように無表情でそれを じっと見ていたら、隆道さんは私が二人の絆を理解したと思ったのか、黙ってそれをポケットに入れて去っていった」
「なんだか悲しいですね。それで思ったんですね、もし杏里さんの方がお姉さんの杏樹さんよりも早く隆道さんに出会っていたらって」
「そう! まさにそうなの。ヨッシーすごいわ。でもそんなことできるわけないもんね。いくら恋の妄想を叶えるヨッシーでもこんな妄想は無理でしょう」
「いえ、そんなことないですよ。できます」
「えっ? うそ。だってお姉ちゃんはすでに隆道さんに私よりも先に会ってるのよ、今更変えられるなんて……」
「だから、できるんです。杏里さんを過去にもどしてあげられるんです。但し、この技は過去に戻って現在に戻ってくる往復一回の一度限りしかできません。失敗したらもうやり直しはききませんが、それでも過去に戻ってチャンスを掴み取りたいですか?」
 杏里は無意識ですがるようにヨッシーの手を両手で固く包み込んでいた。
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