第一章


 隣で女子高生が私の話を聞こうとしてくれている。
 ウェンにこの博物館の事を教えられ、そしてつれてこられてから私は幾分気持ちが落ち着いた。宙を浮くウェンを見たときはびっくりしたけども、今日というこの日に、この博物館に来られたことは運がよかったのかもしれない。
 ここでは私の思いが物語になって、伝えたい人に伝わると聞いた。本当にそうなれば、私は長年の後悔から救われるのかもしれない。
 もしかしたらこの隣のお嬢さんが語り伝えてくれるのかも。そうであってほしいと、ずっと心に秘めていた事を私は隠さず話したい。
 あれから何年の月日がたったのだろう。かつて私も子供だった。子供だったからこそ我がままで、粋がってしまった。
 中学三年の時、調子に乗っていた私はクラスで顰蹙を買い、みんなから無視をされた。仲がよかった女の子とちょっとしたいがみ合いになったのが原因だ。子供の喧嘩だから一晩経てばまた元に戻ると思っていたが、次の日学校に来てみれば、みんなの態度がおかしかった。
 ふたりだけの問題がいつの間にかクラスを巻き込んで、いや、わざとそうなるように仕向けられてしまった。
 こうなると私ひとりが悪者に仕立てられ、もうひとりはみんなから同情を買いちやほやされた。なんてずるいんだと腹が立ってしまい、感情的に相手にどなりつければ益々相手の思う壺で泥沼化した。
 私は気の強いレッテルを貼られて、クラスで要注意人物となってしまった。それならばひとりでも構わない。私にだってプライドというものがある。しばらくはそんな強気でいたけども、休み時間に誰とも話さないでひとり席についている自分が惨めでたまらなかった。
 そんな時、佳奈ちゃんが声をかけてくれた。
 佳奈ちゃんは中立で偏見を持たない人だから、私がクラスで仲間はずれにされているのを見て疑問に思ったらしい。
「私といると、佳奈ちゃんも虐められるよ」
 側に来てくれた佳奈ちゃんに一応警告したけど、身も心もボロボロだった私を見かねて佳奈ちゃんは私の側にいてくれた。どれほど心強かったことだろう。
 佳奈ちゃんは私とは違うグループに所属して、あまりぱっとしない存在だった。
 もし私がトラブルに遭わなければ、絶対に仲良くする機会なんてなかったような人だった。
 ひとりぼっちの私は、相手してくれる佳奈ちゃんの存在が有難く、私はそれを受け入れた。
 私が苦しかった時、佳奈ちゃんは無償で手を差し伸べてくれた恩がある。
 佳奈ちゃんとはこの先も仲良くしていきたい。そのときは本当にそう思っていた。
「佳奈ちゃん、何かお揃いのものを持とうか」
 私が提案すれば、佳奈ちゃんは喜んでくれて、休みの日に早速一緒に買い物に行ったくらいだった。
 同じものを大切に持つ。それが友達の証しのようにも思えた。
 私たちは偶然にも同じ高校を受けることになり、どちらも一緒に受かった。
 佳奈ちゃんも喜んで、私たちは一緒に高校に通う。クラスも同じになってこの偶然が絆を深めるものだと信じてやまなかった。
 ところが、高校生になった私に悪い癖が出てしまった。元々自分は活発で派手な方だと思う。だから友達も同じようなタイプが集まってくる。中学ではそれが災いしてトラブルに巻き込まれたけど、ただ運が悪かっただけだ。
 でも高校生になって見知らぬものが集まり、中学の事がなかったことになった今、新たな友達ができてしまった。
 最初は佳奈ちゃんとも仲良くしてたけど、大人しい佳奈ちゃんと新しく友達になった子たちとは見るからに合わない。佳奈ちゃんも私以外の人たちと仲良くしようとしてたけど、なかなか思うようにいかなくて苦労していたように思う。
 そうしているうちに私は佳奈ちゃんから離れてしまった。新しくできた友達と一緒にいる方が楽しくて、男の子たちからも一目を置かれると私は一気にはじけてしまった。
 別に佳奈ちゃんが嫌いになった訳じゃないけど、私は自分で新しい友達が作れて自分中心にグループが動くと、もう佳奈ちゃんの事がどうでもよくなってしまった。
 佳奈ちゃんと話せなかった趣味の違った話題が、新しい友達と楽しく話せる事がわかると、もう歯止めがつかなくなった。体が勝手に佳奈ちゃんを敬遠してしまうのだ。
 私が佳奈ちゃんを避けていると感じた周りの女の子たちも、結局は影響されて同じようになっていく。
「佳奈ってなんか鬱陶しいね」
「はっきりしないっていうのか、一緒にいるとイライラする」
 教室の隅でひとりで席についている佳奈ちゃんを見ながら周りの女の子たちがこそこそ話し出した。
 それに気がついた佳奈ちゃんはどんどん私たちから離れていった。
 私にだけは何かの間違いであってほしいと、救いの目を向けていた。
 でも私はそれを見ないふりをする。
 あの頃の私は身勝手の恩知らずなのは百も承知だ。だけど、思春期で起伏の激しい感情に左右されやすい私は意地悪な心が勝ってしまった。
 よりを戻そうとしつこくつきまとってくる佳奈ちゃんが益々鬱陶しく感じ、それに対抗しようと私はどんどん粋がっていく。
 苦しい時に助けてくれたのに、佳奈ちゃんには本当に申し訳ない事をした。謝れるものなら謝りたい。
 でもそれができない。だって佳奈ちゃんは交通事故にあって死んでしまった。
 その命日が今日だ。
 佳奈ちゃんが死んで、私はことの重大さに気がついた。ずっとずっと後悔に苛まれながらこの歳を迎えてしまった。
 私も結婚して娘を授かり母親となった。もし自分の娘が佳奈ちゃんのように友達に裏切られて悲しい思いをしていたらと思うとやりきれない。
 また自分のように友達を裏切るような子に育ってほしくもない。母となって娘を持った今、自分の後悔がどんどん浮き彫りになっていく。
 佳奈ちゃんは私に裏切られたまま死んでしまったと思うと罪悪感でいっぱいだった。
 そんなときにウェンが現れた。
「名もなき博物館に想い出の展示品を寄贈したらね、いつかその物語が必要な人に伝わるんだよ」
 舌足らずなあどけない声だった。それが却って救いの声に聞こえてしまった。
 言われるままについてきてしまったけど、この博物館にはたくさんの展示品があり、みんな誰かに聞いてほしい物語があるんだと思うと、自分だけじゃないんだと少しほっとした。
 気持ちを吐き出せる場所。
 そして私は当時の佳奈ちゃんと歳の近い女の子に話している。
 隣に座っている女の子はこの博物館の状況をよく知っているのか、当たり前のように私の話を静かに最後まできいてくれた。
 全てを話し終えると、私はほっとした気持ちで再び展示品を静かに見つめた。

inserted by FC2 system