第二章


佳奈ちゃんへ

 勉強を教えてあげるなんて約束しながら、あまり役に立ってなかったけど、佳奈ちゃんと一緒に過ごせた時間はとても楽しいものでした。
 僕が急に来なくなってきっとどうしたんだろうと思ってることでしょう。
 僕は佳奈ちゃんに言わなかった事があります。
 佳奈ちゃんと初めて会ったあの日、僕にも辛い事がありました。僕が病院にいたのは偶然じゃありません。
 僕も入院患者だったのです。
 だけどあの時はまだ入院する前でした。どんな病院なのか見学していたのです。
 僕には持病があり、それは不治の病といわれるものです。いつ命がつきるかわからない、そんな病気でした。
 少しでも長く生きるためにはどうすればいいのか。明確な治療方法はありません。だから色々と治療方法を試すために病院に入院しなければなりませんでした。
 佳奈ちゃんの部屋がある階と違っていたので、僕が私服に着替えたら誰も入院しているなんて思わなかったのです。
 病気は体に潜伏しているので見た目は元気に見えました。
 でも、刻々と体の中では病気に蝕まれ、いつ倒れるか分からない状況だったのです。
 それでも佳奈ちゃんに会いに行かなければと思うと、力が出てその日の活力になりました。もっと長く一緒にいたかったけど、僕も病室を抜け出すのに制限があってままならなかったのです。
 佳奈ちゃんこそ僕を助けてくれました。そのお礼を言おうと思いながら、僕はまだこの病気と向き合う事ができずに佳奈ちゃんには正直に話せませんでした。佳奈ちゃんの前では僕は頼られる立場だったからです。
 僕を頼ってくれる人がいる。僕がしっかりしないと佳奈ちゃんが悲しむ。佳奈ちゃんが学校で虐めに遭っていたこと、僕は耳にした事がありました。
 佳奈ちゃんの力になれたら、僕もまた頑張れるのではないだろうか。その気持ちだけで毎日を送っていたように思います。
 僕が佳奈ちゃんの前に現れなくなったとき、それは僕の病気が進行してしまったということです。
 これを読んでるとき、もしかしたら僕はすでにこの世にいないかもしれません。
 今まで嘘をついていた事をどうか許してほしいです。
 佳奈ちゃんはとても強い人です。もう僕がいなくても頑張れます。
 どうか、この先佳奈ちゃんにたくさんの幸せが訪れますように。

 拓海


 ちょっと待って、これどういうこと。
 私はナースコールボタンを押し、看護師を呼んだ。駆けつけてくれた看護師に、半ばどなるような必死さで二条拓海という人がこの病院に入院してないか確かめてほしいと頼んだ。
 異常な私の態度を察して看護師は言う通りに調べてくれたけど、そういう名前の人はこの病院には入院してないということだった。
「もしかしたら、偽名だったのかも」
 結果を知らせに来た看護師が呟いた。
 私に会いにくるために、本名だと自分もこの病院に入院している事がバレる恐れがある。それを防ぐために偽名を用意していたのではと言った。
 それと、病気を忘れるために別人だと思い込もうとする心理も入っているかもしれないと付け加えた。
 別人になりきることで、私の前だけは病気の事を忘れることができたのかもと、看護師は拓海さんに同情する気持ちを抱いていた。
「それじゃ、誰か拓海さんの事を知ってる看護師さんはいないの?」
「誰かは知っているかもしれないわ。でも写真もないし、本名がわからないから訊き様がないわ」
「だったら、最近病気で命を落とした患者さんは?」
「それも調べたらもちろんいるかもしれない。でもそういう個人情報は教えられない。ご遺族の方だってそっとしてほしいだろうし、私たち看護師は一個人でそういう事をしちゃいけないのよ。ごめんなさいね。でも私がわかる範囲で何か情報を得たら必ず教えてあげるからね」
 看護師さんは慰め程度の事を言ったけど、きっと教えるつもりはないと私は思った。
 どうして、こんなことになるのだろう。
 拓海さんに声をかけられ有頂天になっていたら、やっぱり最後で落とされた。
 私はいつもいい事があると、それが裏目に出て悪いことへと向かってしまう。
 拓海さんに会いたい。まだ生きていると信じたい。
 そう願いながら不安な日々を過ごしていく。
 あれから何日経ったのだろう。時間の感覚がわからなくなっていた。
 そんなときに私のギプスがとれ、退院の日が決まった。

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