第二章


 物語は中盤に差し掛かかかった。一度ここで私はスクリーンの映像を止めた。
 「えっ」や「早くぅ!」と言う声が漏れ、話の中に入り込んでいたみんなは続きを期待している様子だ。
「さて、ここからが勝負よ。佳奈さんはこのあと、自分で拓海さんを見つけようとするの。彼はまだ生きていると信じてるわ。私だってそう簡単には死なせないわよ」
 少しだけ私のプランを話し、その反応を見てみる。
「そっか、そっか」
「そうこなくっちゃ」
 と言う声がそれぞれ聞こえてきた。
 私が作ったプロット通りに佳奈さんはBプランの人生を歩んでいるところだ。
 私の綴る物語は、コンピューターにインプットすればその物語の進行がスクリーンに映し出されてみんなが観られるようになる。
 書き換えされて変更された物語はこうやって私が修正できるのだ。
 ここにいるスタッフも本来の自分が持つ力を貸してくれることもあり、この博物館にある物語はまさに臨場感溢れ生きている話といえる。
 基本、展示物と本人が合わさるとそれは意味をなしてここへ訪れる人の物語が動き出す。
 それは私やみんなの力で演出されさらに興味深くなっていく。
 ここが私の腕の見せ所。クライマックスに向けて力が漲ってくる。きっと泣かしてやる。それが今のライトノベルの流行でもあった。万便に若者に受ける話にしたいと私は思っていた。
 例えそれが巷で溢れて飽和状態になってたとしても、受けを狙うことが読んでもらうために不可欠なのを私はよく知っていた。
 死をテーマに感動を入れて泣ける物語を作る。それが一般的にも出版社にも求められているものだ。
「おー、ミシロ、なかなかじゃ」
 髭をつまみながらウェアが気に入ったそぶりを見せた。
「ふーん、難病恋愛路線ね。きっとこのあと感動が待ってるのね」
 ウェンが乙女チックといわんばかりに目をパチパチとわざと開け閉めして態度で示していた。
「いい子だったから、佳奈には幸せになってほしいな。ねぇ、ハウちゃん」
 ワットもハウを腕の中で抱きしめながら行く末を見ている。ハウもつぶらな瞳をワットに向けて「キュー」とかわいい鳴き声を出して同意していた。
「僕はいいと思うよ。こういう感動路線の恋愛ものが好き。誰と誰が愛し合う。イェイ、イェイ」
 陽気にフーがはしゃいでいる。前回出番がなかったので、この時みんなと合流していた。少年の好奇心溢れるあどけない目がいつもキラキラしている。
「フーは楽観的しすぎ。この恋愛がスムーズに進むなんてありえないよ。拓海が不治の病なんだろ。だったら、最後は死んで号泣。チーン」
 フーとは対照的に暗く悲観的に語っているのがフーの双子のフームだ。
 二人の顔はそっくりだけど、フーは楽天的、フームは悲観的で性格が全く違う。いつもフーの陰にフームがいて影みたいになるのが気に入らず機嫌が悪かった。
 英語の文法でもWhomはWhoに取って代わられてきっちりと使ってもらえないのが不満らしい。でもこの博物館では同じ顔したふたりは味のある役割をしていると、少なくとも私は思っている。
「それで、この後どう話は展開するのじゃ」
 ウェアが催促してきた。私はここからもっと面白くなるのよと得意気に鼻を膨らませていると、メイド服を着たワイ(Why)がトレイにクッキーを乗せて騒がしくはいってきた。
「みなさん、ここらでちょっと休憩なんていかがかしら。クッキーを焼いてきたのよ。さあさ、どうぞ、どうぞ」
 ふくよかな体、風船のように膨らんでパンパンだった。誰よりも面倒見がよいおばさんだ。
 いきなり現れたワイにみんなは圧倒された。見るからに威圧感たっぷりにおせっかいで、関わると大事になるのをよく知っていた。
「あら、なぜ、クッキーいらないの、なぜ、なぜ」
 この通りワイは強引だった。
「わしらは今クッキーよりも、ミシロの話に夢中になって続きが気になるんじゃい」
 ウェアが言った。
「誰の話が気になるって?」
 続いてフーズ(Whose)がワイの後ろからワゴンを押してお茶を運んできた。
「ワイおばちゃん、このお茶でもいいよね。徳用サイズでパントリーにいっぱいあったんだ」
 フーズが持ってきたものは、私がアマゾンでタイムセールの時にまとめ買いしたものだった。
「あら、なんで、ウーロン茶なの。紅茶がいいのに。なんでなんで」
「えっ、ダメだった?」
 ウーロン茶がいいと思ったフーズは困った顔になっていた。
 このフーズは、フーとフームのいとこにあたる。
「別に何でもいいじゃない」
 ワットがフォローしていた。
「何でもいいですって。何で何で? クッキーには紅茶がよく似合うじゃない」
「ちょっと、ワイおばちゃん、アタチたちいまそれどころじゃないの」
 一番幼いウェンに言われるとワイはムッとしてしまう。
 それを見ていたフーズは自分の責任なので慌ててしまった。
「すみません、紅茶を持ってきます」
 慌てて動いたので、ワゴンからウーロン茶のボトルが落ちそうになっていた。
 みんなが「あー」と驚いているときに、パッと色気のある女性が入ってきた。
「ちょっとみなさん。私の存在を忘れていらっしゃいませんこと?」
 ウィッチだった。
「こういうときは、私にお任せを。飲み物よ、紅茶になーれ」
 魔法の杖でフーズが持っていたウーロン茶が、あっという間に無糖の午後の紅茶に変わった。
「ほーらこれで解決」
 ウィッチはWhich(どれ)とWitch(魔女)と発音が似てるためにどっちの意味も含んでいた。
 これで博物館にいる主要スタッフが一度に現れた。話が出来上がるときは、みんながこうやって集まってくれるのは嬉しい。
「折角だから、ワイおばさんのクッキーを頂きながら話の続きを観てちょうだい」
 私が提案すると、みんなクッキーを手にする。ワイは喜び、それを手伝うフーズもみんなに紅茶を配っていた。
「お前、いつのまに来たんだよ」
 紅茶のカップを受け取ったフームがフーズに向かって顔を歪ませた。
「フーム、相変わらず無愛想ね。あんたといとこだと思ったら悲しくなっちゃうわ」
「それがフームの個性だよ。僕はそれでいいと思うんだ。アハハハハハ」
 フーはフームの肩を組んで陽気に笑う。
 フームは気に入らなさそうにクッキーをかじっていた。いつものことだった。
「それじゃ、続き行くわよ」
 私はクッキーを頬張り、慌てて食べた後コンピューターの前に向かった。それを操作すれば、前方のスクリーンに再び佳奈さんの物語が映し出された。
 話はもうできている。クライマックスに向かおうと指を動かしていたときだった。
「どうせ、安っぽいお涙頂戴パターンになるんだろ。流行というのか、ワンパターンというのか」
 私が振り返れば、フーが喋っていた。
「フー、どういうこと? 何か気に入らないの?」
 私が訊くと、フーは慌て出した。
「違うよ、僕じゃないよ。なんだか分からないけど、口が勝手に動いて……俺がコイツに言わせてるだけだ」
 突然二重人格になったように話すフーはびっくりして自分で口元を押さえた。
「あーなるほど。フーは誰の役割を担うから、乗っ取られてその誰かの言葉を口にしてしまうんだ。ふーん。フーが憎まれ口叩くなんて、僕なんだか親近感感じちゃう」
 みんながビックリしているのに、普段悲観的なフームだけこの状況を楽しんでみていた。
「なんで僕が乗っ取られて、フームじゃないんだよ……つべこべ言うな、とにかく今はひっこんどけ」
 ひとり芝居になってしまい、フーは混乱していた。
「ややこしくなるから、フーはこの状況が終わるまで黙っていて」
 私がそういうと、フーは無言で首を縦に振っていた。
「それで、フーを乗っ取ったあなたは誰?」
「まだ気がつかないのか。俺が佳奈の物語を書き換えた人物さ」
 それを聞いて、みんなが驚きあたりはざわざわと騒がしくなった。

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