第三章


「ちょ、ちょっと待ってよ」
 スクリーンから佳奈さんが消えると私は叫んだ。
 みんなは佳奈さんに感情移入していて、すぐに言葉を発せないで、困惑して私を見ていた。
「一体この話は何なのよ」
 憤慨している私に、ウェアが腕を組んで唸っていた。
「これはこれで悪くなかったもんじゃが……」
 どう答えていいのか慎重になっていた。
「アタチはてっきり拓海が死んで佳奈がその死を受け入れて前を向いていくもんだと思ってたの。それはそれでよくあるパターンでしょ。でもこれも佳奈が傷ついた心で全てを受け入れて大人になっていくという意味では悪くなかったかも」
 ウェンもゆっくりと上下に飛びながら感想をいう。
「佳奈ちゃんって結構強い子なんだ。悲しい中にも真の強さに目覚めた感じでよかった。この後も佳奈ちゃんはくじけず頑張っていくような余韻を感じた」
 ワットがいうと、それに同意するようにハウも「キュー」と鳴いていた。
「意外な結末って感じでいいんじゃない?」
 フーがいった。
 フーズは「佳奈が可哀想」といいながら、ほくそ笑んでいる。この苦味のある結末が気に入ったようだ。
「なぜか、私もこれでいいような気がしました。それはなぜって聞かれたら上手く言えませんが」
 ワイも別に反対意見はない。フーズも「うんうん」と横で頷いていた。
「佳奈よりも、お母さんの気持ちの方にちょっと心打たれましたわ。あまり表ざたにはなってませんが、陰で娘の事を一生懸命支えようとした愛情が感じられました。その無償の愛でとどのつまり佳奈はいやされたような気がします。うふっ」
 最後に体をくねっとさせて色気を見せながらウィッチが言うと、「なるほど、そういう見方もできるのう」とウェアが頷いた。
「ちょっと待ってよ。これじゃ痛い話であって、お涙も感動もないじゃない。ここは拓海が死んでこそ佳奈が成長する話のはずだったのよ……」
 私は思わず立ち上がり不満を表した。
 書き換えられてしまった別の展開。それなのにみんなはこの展開でも悪くないという。でも私も中途半端に抵抗するだけで、語尾が尻すぼみになっていた。
「もし拓海が死んでたら、そりゃそれで悲しいだろうけど、本当にそんなんで泣かせられたと思うのか?」
 私が怖い形相で声の方を振り返ると、フーが目を丸くしながら首を横に振っていた。
「またあなたね」
 冷めた呆れた声だったが、態度ではフーに大丈夫だからと目で合図を送る。フーは操られている自分がいやで、顔を両手で覆った。
 するとくぐもった声がまた聞こえてきた。
「ああ、俺の結末は意表を突いただろう」
「ええ、書き換えられたら誰しも意表を突かれるわ。フー大丈夫だから、顔を隠さなくてもいいわよ。とりあえずこの場はあなたが必要よ」
 私の言葉でフーは安心し、その男に操られるのを仕方なく受け入れた。自分でもどうしようもないから成り行きに任せるしかなかった。
「でも大変だったんだぜ、ミシロの伏線をどう利用しようか考えてさ。なんとか上手くまとまっただろ。褒めてくれよ」
「褒める? 人の考えたプロットに手を加えただけで、完全にあなたが作ったものではないわ」
「はぁ、よくそんな事がいえるな。ミシロだって、流行のものだとか言って、他の奴が書いたヒット作品を参考にしているくせに。そっちこそ難病で死を扱うプロットは完全オリジナルじゃないぜ」
 鼻で笑われた。
「そうよ、売れる話を作るには、今何が受けて流行っているのか参考にしないといけない。そういうのを売れ筋と言うのよ。出版界にだって、二番煎じはいくらでもあるわ」
「おっ、開き直ってしまった。プライドを捨てたな。でもな、ミシロの話はそういう路線を真似しても受けないんだよ」
 はっきりといわれて私の心臓はずきっとした。
「まず、どれだけの読者がミシロにはついてるんだ? この話だって人が集まる場所に掲載しているだろ。でもブックマーク数を見てみろよ。毎日何回も更新し ても0のままじゃないか。アクセス数も見てみろよ。アップした時は興味本位でクリックされるけども、その数は非常に少ない。そして更新しない日々はずっと アクセス数は0だ」
 本当のことだからたちうちできなかった。ぐぐっとくぐもった息が喉から漏れる。
「ミシロの話は誰にも相手にされないのさ」
 みんなもヤバイと思ったのか、悲壮な顔つきになって私を見ていた。
「ひとりでも読んでくれる人が見つかれば私はそれでいい……」
 急に気持ちが沈んで言葉に力がなかった。
「そうとはいいながら、何度もアクセス数を見てはため息をついているじゃないか。本当はもっと読者がほしいくせに」
 ここまで言われると私も我慢できなくなってしまう。だけどその通りだから正直な気持ちが口から飛び出した。
「そうよ、ほしいわよ。自分では展開を工夫して伏線も詰め込み、どんでん返しも入れ読み手を楽しませようとしているわ。一度じっくり読んでもらえばはまる人だって少なからずいるの。ただそういう人たちが集まってこないのよ。私の作風はここには合ってないの」
「じゃあ、そのまま工夫して合うやつを書けばいいじゃないのか。でもそれができないんだよな。センスがないから」
 私は黙り込んでしまった。全くその通りだった。
 どうすれば人気が出る話が書けるのだろう。何度と思ったことだ。真似しようと思っても実はそんな話が作れないことくらい自分が一番知っていた。
 だから自分らしい話をつくる。自分にしか書けない物語がある。そうやって書けるだけ書いて来た。
「そうね、人によっては古臭い、鼻につく文章や、しつこい描写とも言われ、キャラクターが自分好みじゃなくて読むのをやめたとかもあった。そういう負のコメントばかりが目についたわ」
「そうそう、気軽に参加できるネットのコンテストでなぜか上位になったとき、一番誹謗中傷がひどかったな。あのとき相当落ち込んでたな。目立ったために納 得できない者たちが揚げ玉にする。ブログで堂々と上から目線でコケにされたこともあったな。あれはすぐに削除されたけどな」
 あれは私も不本意だった。
 当事たまたまブログで宣伝したらその時に限ってアクセスがあって、コンテストの仕様である登録先のポイントが急に増えてしまった。なぜあんなことになったのか自分でも不思議なくらいだった。
 まだネット小説が書籍化されるなんて珍しい黎明期。誰もが夢を持ってそのコンテストに挑んでいた。私もそのうちのひとりだった。
 そんな気持ちになったのも、あるメールがきっかけだ。
 自サイトで掲載していた小説をコンテストに応募してもらえないかと言ってきた。あまり人が集まらなくてただの宣伝とは理解していても、直接ウェブ出版社の編集者からメールを貰うなんていらぬ期待を抱いてしまう。
 それまでは趣味で書いていただけだったのが、急に認められたと勘違いして書籍化の夢を追うことになってしまった。
 だから調子に乗ってそこに参加した。
 でも結局、人を集めるだけのものにしか過ぎず、自分の小説なんて審査の対象にもならず編集者に読まれもしなかった。
 そして運悪く私は目立った事で陰で色々と言われた。あんなの参加するんじゃなかった。
 本当に後悔しかなかった。
 笑いものになり、悪名高きものと主催者側にも思われたことだろう。
 それでも負けてたまるかと思って書き続け、何作かはお薦めに選ばれたこともあった。
 それからネット小説はどんどん書籍化される時代がやってきた。
 懲りずにコンテストに参加して、一次に通ったけどもそれから先は全くの皆無だ。でもやっぱり書くことはやめられなかった。
 そしてやっと努力が実る時が来た。
「でもね、私の話でも認めてくれた人はいたわ」
「そうだな、それで賞を獲ったことも一度あったし、それが書籍化されて多いに喜んでたしな」
 すんなりとこの話を認めたからちょっとびっくりだった。
 こんな私でも書いた話が選ばれて本になったことがある。本当に奇跡が起こったことだった。
「そして、今ではそれが幻のようになって終わってしまった。その先が続かず、元々無名なのにさらにみんなから忘れられそしてなかったことに……」
「やめて!」
 私はたまらなくなった。
 一度書籍化されたら、どこかで次への布石になるかもという期待があった。でも、そこからが本当の苦しみとなってしまう。
 後からどんどんと選ばれた人たちが出てきて、人気がでて活躍していく。
 私にはそこへ進む力がなくて、必要とされているような物語が書けなくなっていった。そのうち私自身が必要とされなくなっていく――。
「どうだい、本当の事を言われる気持ちっていうのは」
「そうね、なんだか打ちのめされすぎて気持ちがよくなってきそうよ。あまりにも惨めで苦しくて、それがずっと続くととうとう麻痺して最後は快感が芽生えてくるような感じかもしれない。もう慣れっこになったわよ」
 開き直っていたけども、嘘じゃなかった。書いても書いてもことごとく読まれない事が当たり前になってきて、自分の実力のなさに情けなく悲しんでばかりいると本当に麻痺してしまって気がふれて変な笑いがでるような感じだ。
 全ては自分の実力がないことにつきる。
 他人を羨ましがったり妬んだりしても仕方がない。それならばそれに負けないような作品を作るしかない。
 そういう思いからこの『名もなき博物館』を設立して、私はキューレーターとなってたくさんの展示品とそれにまつわる物語をここに置くようにした。
 そうすることでいつか必要な人に物語が届くのではという希望があったからだ。
「ミシロ、息してるか?」
 黙り込んでいる私を貶めようとしてさらに奴は煽ってきた。
 みんなも私を庇いたいと思っていたかもしれないけど、全てが本当のことなので言い返せずに黙って聞いていた。乗っ取られたフーだけは目を赤くして泣きそうになっていたけど。
 私を庇ったところで、それはなんの助けにもならない事はみんなもよく知っていた。
「一体あなたは誰なの? 堂々と姿を見せたらどうよ」
「ミシロには俺が誰だかわかっているだろう。なぜ俺がこいつの口を借りてお前を攻撃するのか。その答えは自分で見つけな」
 その後暫く沈黙が流れ誰もがその行く末を見守った。でも奴はもう何も言わなかった。
 それを一番最初に感じ取ったフーは体の力が抜けてへなへなと床に倒れこんだ。さすがに弟のフームは心配して兄を支えると、それを助けようとみんなが集まった。
「フー、しっかりしろ」
 フームの声でフーは正気に戻った。
「フーム、怖かったよ」
 普段陽気なフーは弟のフームに抱きつき泣いていた。この時ばかりは兄を思いフームも優しくいたわっていた。
 私もフーと同じように倒れそうになっていたけど、かろうじて足を踏ん張っていた。
「大丈夫か、ミシロ」
 ウェアが側に来て気遣ってくれる。
「おっちゃん、大丈夫かって聞いたら大丈夫って答えるしかできないじゃないの。ミシロは大丈夫なわけないじゃん。アタチだったら泣いちゃう」
 ウェンは自分のことのように泣き出して私に抱きついてきた。
「ウェン、あなたが泣くことないのよ」
 私が慰める羽目になってしまった。
「ウェン、なぜ泣くの? 仕方ないわね、こっちにいらっしゃい。ほら、一緒にプリン作りましょう。こういうときは甘いものをたくさん食べることよ」
 ワイは私からウェンを預かると部屋から出て行った。
「プリン、僕も食べたい」
 顔を大きなプリンに形を変えてワットもハウを連れて後をついていくと、「うわぁ、美味しそうなでっかいプリン」とフーとフームも同じようにワットの後を続いた。
「言わせたい奴の口は押さえられないものがあると思う。私、ミシロの物語好きだからね。負けちゃダメだよ。今度私の物語も書いてよね」
 フーズはニコッと笑ってから部屋を出て行った。
 物語は一体誰のものになるのだろう。書き手? それとも読み手? ふと思ってしまう。
「あら、みなさんプリンを作りにいったのかしら。どっちかっていうと私はチーズケーキが食べたい気分かも。リクエストしてみようかしら。ミシロは何が食べたいの? ちゃんとワイおばさんに伝えておくわ」
「そうね、甘酸っぱいラズベリーのムースがあれば嬉しいかも」
「わかったわ」
 ウィッチはしなやかに体を動かして言ってしまった。
 全員が出て行ったと思ったら、まだ足元にウェアがいた。
「ミシロ、気を落とすんじゃないぞ。世の中は色んな奴がいて、時には自分の聞きたくないことも耳にする。世に作品を出すというのはそういうことだから」
「そうね」
「でもな、色んな意見を聞くのも大切じゃ。腹は立ってもな」
 ウェアはウインクしていた。そして自分で照れて去っていった。
 そうして私はひとりになった。
 またコンピューターの前に向かい腰掛ける。暫くぼんやりと座っていた。
 物語を綴り出してからこの今のときを振り返れば、辛い思いの方が多かった。喜びなんてあっても一瞬で消えてしまう。
 でもひとつひとつ物語を作って出来上がった時のあの瞬間ほど爽快なことはない。
 それは例えるなら苦しい思いをして険しい山を登りきって、そこから見る景色に感動するのと同じようなものだ。
 私は書き手でもあるが、同時に読み手でもある。毎日読書は欠かせない。小説書きに興味を持ってから勉強のためにと数千冊は読んできた。
 それだけ読めば全てが気に入る話でもなく、批判的な意見を抱くこともあった。
 一般的な万遍に受ける話なんてそうあるものじゃない。誰しも必ず気に入ったり気に入らなかったり好みは分かれるものだ。
 書くときは恐れちゃだめだ。思う存分自分の気持ちをぶつけていく。そこに摩擦が生じればまた何かの役にも立つだろう。その時は気づかなかったことに気づけて感謝しないと。例えどんなに辛くてもきっとそこから新たなものが生み出せるはず。
 この時ふと鼻から笑いが漏れ、独り言を呟いた。
「分かってるわよ、あなたが誰くらい」
 彼の正体は――。
 口に出すほどでもない。それよりもすべきことは物語を作ることだ。
 名もなき博物館で私が作りたかった物語はこんなのではなかった。もっといろんな訪問客を迎えて、心温まる話を見せたかった。これも今流行のほっこりっていうものだ。
 だけど作られた安っぽい感動なんて私には似合わない(作れないってのもあるけど)。もっと話にメリハリのある面白いものを作りたい。
 文章が綴れる。物語の構成が作れる。アイデアが溢れるように出てくる。最初の一文を書き出せば、イメージがどんどん膨らんで思いつかなかった事が目の前に次々現れ出す。そうやって私は物語を作ってきた。
 私はカチャカチャと忙しくキーボードをたたき出した。
 悩んでいる暇があれば物語を綴ればいい。
 博物館のたくさんの展示品。さあ、次は誰がそれを見に来るのだろう。
 あなたであってほしいと願いながら、私は首を長くしてその時を待っているわ。

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